表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】俺は義妹に嘘をつく  作者: 城野白
3章 嘘つきと蛇の物語
55/140

55話 キャンプ

 二日酔いになってからの一週間は、極めて平和に過ぎていった。

 あれからもほぼ毎日畑に顔を出し、重労働を乗り越え、待ちに待った休日。


「……じーっ」


 朝から落ち着かない様子で、悠羽がこっちを見ている。

 二度寝しようと布団に倒れたら、耳元で畳をぱんぱん叩かれた。なんとしても遊ぶという強い意志を感じたので、さすがに考えてやらないといけない。


 ゲストハウスとレストラン、という職場の都合上、俺たちの休みは土日ではないし、基本的にまとまってもいない。

 だからこの期間に一度だけある、二日続けての休日はとても貴重なものだ。

 それが今日と明日、というわけである。


「やりたいこととか、あるのか」

「なんかしたい」


「お前やば」

「やばって言うなー」


「考えなしに俺を叩き起こすの、どう考えてもやばいだろ」

「うっ……じゃあ、もうちょっと寝る?」


「おかげで目ぇ覚めたわ」


 あんまりにも遊びたいオーラを向けてくるから、眠気さんも自粛してしまった。また今夜会おうねって言ってたから、あと半日は眠くならない。


「村のガキ共と遊ぶってのは――無しだよな。わかった。わかったから怒らないでくれ」


みるみるうちに膨らんでいく悠羽の頬に気圧されて、すかさず謝罪へ切り替える。このへんの危機管理能力は、もう一流だ。


「じゃあどうするよ。ドライブってのもひねりがないよなぁ」


 ただの散歩なら、仕事が早く終わった時にもしている。これでも悠羽は女子高生。そんな老後みたいな休日は嫌だろう。


「ドライブ!」

「や、俺が無理だ。今日は疲れてる」


「ドライブ……」

「そういう鳴き声かよ」


 目に見えてがっかりするあたり、よほど気に入ったらしい。

 そのへんはまた、気が向いたときに連れて行ってやるとしよう。


「せっかくの連休だからな。ちゃんと考えとけばよかったな」


 今更後悔しても遅い。昨日までは帰ったら体力が尽きていたし、悠羽も祭りの手伝いで忙しかった。今日になってようやく「そういえば二日続けて休みじゃん」と気がついたのである。


「いきなり言っても難しいよね……ごめん」

「まあそう気を落とすなって。なんか考えるから」


 あまり金を使うことはできないし、そもそもこんな田舎じゃ散財のしようもない。

 平凡な案がいろいろと浮かんで、結局、有識者に聞いてみることにした。加苅の出番である。


 今日はレストランが定休日なので、彼女はゲストハウスで働いているはずだ。

 レストランの方を趣味とし、ゲストハウスを手伝いとする彼女に休日はない。そもそも本人に、労働だという意識すらなさそうだ。仕事を面倒がる姿は、見たことがないし想像もできない。


 メッセージを送ってみると、返信はすぐに来た。


『キャンプ場とかいいんじゃないって、お婆ちゃんが言ってたよ!』


「……だそうだけど」


 画面を悠羽に見せると、ぱぁっと表情が明るくなる。

 蛍光灯も点けず、ほの暗い室内でその笑みは際立つ。


「行く! 行こ! 行きたい!」

「レッツゴー三段活用かよ。んじゃ、キャンプ場の人に電話してみるか」


 話には聞いていたが、女蛇村には元々キャンプ場があるらしい。昨今のブームに合わせて、去年リニューアルしたんだとか。

 リニューアルするといっても、基本的にはテントを張って寝るだけの場所なのだが。


 文月さんのゲストハウスとは、また違った客層を集めて上手くやっているらしい。テントの貸し出しもしているようだし、バーベキューも手ぶらでできるという。

 なるほど完璧な案だ。


 電話をして、対応してくれたのは知っている人だった。

 ゲストハウスに子供を預けた親の一人だ。相手が俺とわかると「あら、ロクお兄さん? ぜひいらっしゃい。バーベキューのお肉なんて、今から用意すれば間に合うんだから。マシュマロもつけとくわよ」なんて調子で歓迎してくれた。

 サンキューガキ共。お前らの相手しててよかったぜ。


「――というわけで、いろいろ急だがキャンプに行くか」

「やったー」


 無邪気に喜ぶ悠羽を横目に、立ち上がって伸びをする。


「一時間後に迎えに来てくれるらしいから、準備して玄関集合。できるだけ長袖長ズボンな。虫除けは俺が持ってくから、あとは自分で必要なもん持ってくるように」

「はいっ」


 背筋を伸ばして敬礼。くるりと回れ右して、自分の部屋に戻っていく。


 それを見送ってから、俺も着替えをする。

 白シャツの上に、麻でできたベージュのワイシャツを重ねる。下はネイビーのズボン。こっちも麻でできている。麻の生地は夏場において最強。


 着替えは終わり。歯ブラシとタオル、洗剤セットは売店で買うとして、夜のジャージと着替えを入れれば準備完了だ。


 遊びに行くまでの時間は、勉強でもしていよう。

 テキストを取り出して英語を読み込む。大まかなテーマを掴んだら、斜め読みで全体を把握する。与えられた問題に答えながら、内容をより深く理解していく。


 毎日のように繰り返しているから、さすがに脳が慣れて速くなってきた。単語力は緩やかにしか伸びないが、意味を類推する力はそれを底上げする。

 ここ最近は、読解問題でようやく力がついてきたのを感じる。


 そんなことをしていたら、一時間はあっという間に過ぎた。

 荷物を持って、外に出る。


 淡い水色のカーディガンに、ジーンズ姿の悠羽は俺より先に外で待っていた。よほど楽しみだったのか、手に持ったトランプを見せてくる。


「これ、夜やろ」

「修学旅行かよ」


「似たようなものでしょ」

「そうか?」


「そうなの」


 力強く首肯する悠羽。まあ、彼女がそう言うならそうなのだろう。

 修学旅行か……。言ってはみたが、もう昔のことすぎて思い出せない。高校を卒業してから、今年で三年だ。時間の流ればかりが早い。


 俺が高校を出て、そして今年は悠羽が高校を出る。

 きっとすぐに彼女も20歳になって、立派な大人になっていく。そうしていつか、俺の元を離れ……離れるのだろうか。


 ――好きだからさ。そんなことは、特別な相手にしかしない。


 利一さんの言葉が、頭をよぎった。


「ろくろー」


 目の前に、悠羽の顔がある。大きな瞳の水晶に、難しい顔をした俺が映っていた。


「どうかしたの?」

「さっき読んだ英文の訳し方が納得いかなくてな。考えてただけだから」


「どんなの?」

「環境問題についての文章だな。割り箸を使わないことで得られるメリットは、実はあんまりない、みたいな文章」


「それを英語で読むんだ。すごいね」

「ほんとはもっと難しいのを読まなきゃいけないんだよなぁ。がっつり専門用語とかが出てくるようなのを」


「六郎はさ、英語が好きなの?」

「日本語と同じで、好きでも嫌いでもないけど」


 ただ嘘をついただけなのに、なぜかそこから話が広がっていく。

 俺の嘘、あまりにも自然すぎるだろ。年季の入った巧さで、我ながらドン引きだ。


 もう収拾がつかないので、このまま続けることにした。


「ただ英語を教えてくれた人に感謝してる。それだけだよ」

「そっか」


 目を細めて悠羽が笑う。真夏の太陽が、彼女の真上で燦々と光る。


「それだけでこんなに頑張れるから、熊谷先生は六郎が好きなんだね」

「男に好かれたって、別に嬉しかないけどな」


 苦笑いして答える。


 じゃあ女に好かれたら嬉しいのか、とくだらない自問自答を無意識にしてしまう。


 本当にくだらない。

 問いかける自分に、内心で吐き捨てた。


 エチエチお姉さんしか興味ねーよ。

女蛇村編もだいたい後半戦、キャンプ編です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 嘘つきは自分の心にも噓をつくかあ。 素直にそれを認めるのはいつのことになるんだろう。 なんかあまり遠くない気もする。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ