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【書籍化】俺は義妹に嘘をつく  作者: 城野白
3章 嘘つきと蛇の物語
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53話 膝枕事件

 目が覚めたのは、まだ真っ暗な時間だった。部屋はしんと静まりかえって、覚えのない枕と髪の毛が擦れる音が聞こえた。いつの間にか、腹に布団までかけられている。

 電気も消えているし、悠羽がやってくれたのだろう。


 枕と掛け布団はあるが、敷き布団は離れたところにある。それも、俺ではない誰かがやってくれた証拠になる。


 おぼろげに、なにかの夢を見た気もするが……ぼんやりして思い出せない。

 飯を食ってる夢だった、ような気はする。


 後頭部をくしゃくしゃと手でならす。わずかだが違和感があるのだ。枕が妙にしっくりこない。

 ――まるでもっと、寝心地のよいもので眠っていたかのような。


 それこそ夢か。


 音を立てないように移動して、布団に潜り込んだ。疲労は未だ残り、すぐに睡魔が襲ってきた。







 翌朝、洗面所で歯を磨いているところに悠羽がやってきた。

 寝起きの跳ねた髪を手櫛でとかしながら、ぱちぱちと眠そうな目を開閉している。すぐに俺に気がついたらしく、目が合う。


「昨日、ありがとな。おかげで疲れとれたよ」


 枕と布団を用意してくれたおかげで、首を痛めずに済んだ。

 純粋なお礼のつもりで言った。だが、途端に悠羽の目が泳ぎ出す。なにかまずい話題を出されたかのように、目をしばたかせる。


「え、も、もしかして気がついてた?」

「いや、そりゃ気がつくだろ」


 畳の上に枕と掛け布団だけで寝ていれば、誰だってわかる。


「ってことは、わざとだったの」


 なにを言ってるのだろうか。もしかして、俺が机で寝たことがわざとだと思ってるのか?

 そんなはずがない。ただ、どうしようもなく疲れていたのだ。


「不可抗力みたいなもんだろ」

「ふ、不可抗力……」


 じりっ、と悠羽が一歩下がる。その表情からは、とっくに眠気が払われていた。


「抗えるもんじゃなかったからな」

「そ、そうなんだ……あれって、そんなにすごいんだ」


 農作業の過酷っぷりは、想像を絶するものがある。二年前の俺は、ほぼ毎日駆り出されていたのだが……その時の俺、バケモノかよ。


「まあ、すごいっちゃすごいな」

「な、なんで六郎はそんなに普通なの? もしかして、私が知らないだけでこれって普通なの?」


「まあ、慣れれば」

「慣れてるんだ……」


 さーっと血の気が引いていく悠羽の顔。今の発言に、なにかショックを受けるような要素があっただろうか。

 悩んでいると、悠羽はむすっと唇をとがらせ、見る間に不機嫌になっていく。


「なあ、お前なにか勘違いしてるんじゃ……」

「六郎のバカ! 女たらし!」


 俺が確かめようとするより早く、臨界点に達してしまった。

 首にかけたタオルをぶんぶん振って、彼女はどこかへ行ってしまう。


 なんだか最近、こんなことばっかりだ。すっかり慣れてしまった俺は、やけに落ち着いた気分でうがいをする。歯ブラシをしまって、腕組み。


「ふむ。難しいことになった」


 ドタドタ元気な足音がして、二人目が飛び込んでくる。


「ロクくんおっはー! 元気なった?」

「お前は簡単でいいよな」


「朝からバカにするとは、今日も今日とていい度胸だね! この性格ラビリンス!」


 とりあえず一発喧嘩しておいた。ラジオ体操みたいなもんだ。







「あうぅ……うわぁ…………」


 仕事の休憩時間、店の裏で外の空気を吸いながら、悠羽はうずくまっていた。

 気分は朝から最悪だ。なんとか仕事できているのは、奇跡と言ってもいい。


 今回の件に関しては、完全に自分に非がある。なぜなら、膝枕に誘ったのは悠羽だからだ。寝ぼけていた六郎が無防備で、今ならいけるんじゃないかと思ってしまった。

 今ならこの一線を越えて、兄妹なんてしがらみをうやむやにしてしまえるんじゃないか。そんなことが頭をよぎったら、自然に口が動いていた。


 だが、実際に六郎が体を預けてきたとき、自分でも理解できないほど驚いてしまったのだ。ドキドキが、限界値を超えてしまった。


 一緒に眠ったときに一度あった、腕枕事件ですらあそこまでじゃなかった。

 あの頃とは、悠羽の心理も変わっているけれど。それにしたって違いすぎる。


 きっと、六郎が普段は自分からこないせいだ。いつも手を伸ばすのは悠羽からで、少し困ったように微笑む六郎を見ているのが好きだった。


 逆になったときの耐性がないことに、今更気がつく。

 もし頭を撫でられなどしたら、沸騰してつむじから湯気が出るだろう。手など握られた日には、熱くなって六郎を火傷させるかもしれない。


(さすがにそれはないか……)


 こんなにパニックになっているのは、自分だけ。そう思うと途端に虚しくて、ため息が出てくる。


 六郎は昨日のことを覚えている。

 それでいて「疲れがとれた」とか「不可抗力」とか、落ち着いた顔で言う。照れている様子は一ミリもなかった。おまけに膝枕を、慣れているという始末だ。


 寧音に飽きるほどされたのか、それともやはり、二年の間に悠羽の知らない女がいるのか。

 なんにせよ、恥ずかしくて腹立たしい。


「悠羽さん、どうしたんだい。体調悪い?」


 後ろから声を掛けてきたのは、店長の利一だった。客足が止んだらしく、エプロンを外してリラックスしている。


「いえ、あの……そういうわけじゃないんですけど」

「うん」


 焦げ茶の髪をした男は、優しげに目を細める。

 きっと彼は、ぼかして言えば上手く流してくれるだろう。美凉に相談したいが、なにせ相手は実の兄だ。ややこしい話だと思われたくない。


 その点利一は大人で、余計な詮索をするタイプに見えない。そういうところは、六郎と似た雰囲気がある。悠羽が上手くやれば、気がつかないでいてくれるだろう。


「あの、えっと、なんというかですね」

「うんうん。僕でよければ、なんでも言って。労働環境の改善は、雇用側の使命だからね」


「仕事のことじゃないんです」

「そうなんだ。じゃあ、美凉のがいいかな」


「いえ。利一さんだと助かります」


 その言葉で彼はなにかを察すると、ポケットに手を入れて悠羽から視線を外した。


「どうぞ。僕のことは、その辺に生えている木だと思ってくれていいよ」

「男の人って、膝枕には抗えないものなんでしょうか」


「んー……」


 利一は目を細め、話の軸を読み取ろうとする。だが、彼の脳が結論を得ることはなかった。ひとまず、当たり障りのない答えを選ぶ。


「憧れる男は多いだろうね」

「それは……ろく……利一さんもそうなんですか」


 思いっきり名前を聞き取ってしまったが、大人の優しさで聞かなかったことにする。

 ちなみに今の一瞬で、なんとなく全て察してしまった利一は複雑な表情。


 いろいろと考えてしまう脳を停止させて、目の前の問いに答える。


「僕はそこまでかな。足が痺れそうだなぁって思うから、素直に楽しめなさそうだ」

「そんなに痺れないですけど……いえ、なんでもないです」


 六郎に膝枕をしたんだな、と確信する利一。

 そしておそらく、そのことでなにかあった。この感じからして、六郎が無神経なことを言ったのだろう。


「なるほどね。なかなか難しい問題を抱えているみたいだ……ちょっと電話する用事があるから、僕は行くよ」

「あ、はい。すいません」


 利一はふらりとその場を離れ、スマホを取り出す。最近登録した番号にかけると、相手はすぐに応じた。


「利一さん? 悠羽になにかありましたか」

「ロク、今晩呑むぞ」


「え、あ、はい。ちょうど俺も相談したいことがあったので……仕事終わったら行きますね」


 どうやら六郎も六郎で、思うところがあるらしい。


「あの、利一さん。今聞いておきたいことなんですけど」

「どうした」


「膝枕する側の心理って、なんなんですかね」

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― 新着の感想 ―
[一言] 朝は気づいていなかったのに… 誰かがご注進したのかな。 実際、そんなにいいものだろうか… とは思う。少なくとも正座の膝枕は高すぎるだろうな。自分でセルフ腕枕は、かなり頻繁にしているけれど……
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