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【書籍化】俺は義妹に嘘をつく  作者: 城野白
3章 嘘つきと蛇の物語
49/140

49話 ちょっとだけ

 右手の熱は、家に帰った後も残っていた。

 布団で寝転がって天井に手を伸ばし、悠羽は指を曲げ伸ばしする。


 あの坂道で繋いだ六郎の手は、大きくてごつごつしていた。骨の硬さが直に伝わってきて、小さな手は簡単に包まれた。

 この手に守られていたいと思った。


 暗闇の中で不器用に笑っていた六郎の顔も、からかって突き放すあの態度も、なにもかもが完璧だった。


 病にかかったのだと、自覚する。

 もう戻れない感情が、芽生えてしまったのだ。あまりに淡く、あまりに強く、悠羽の心の真ん中に居座って動かない。


 ため息すら熱っぽくて、嫌になる。


 どうせ隣の部屋の男は、今頃のんきに眠っているのだろう。人の気も知らず、勝手なものだ。

 そんなに鈍感だからモテないんだと言ってやりたい。だけど、モテたら困るので言えない。六郎の悪いところは、ちゃんと残しておかないと。


 この感情が許されないものだと、悠羽は理解している。

 けれど今日くらいは、幸せな気持ちで眠りたいのだ。







 ――結局、頭撫でられてねえな。


 布団に寝転がって思い出して、眉間にしわが寄った。

 天井を眺めて腕組み。本日の反省点を考える。


 まず、選んだ場所はよかった。天の川がくっきり見える空は、カレンダーの写真よりも綺麗だった。


 では、いったいなぜ俺は悠羽の頭を撫でることができなかったのか。

 シンプルにタイミングがなかった。


 強いて言えば夏の大三角形について話した後に、おさらいみたいな感じでなぞらせて、「よく覚えられたな。えらいえらい」とやるくらいだったか。

 だがそれはちょっと、小馬鹿にしてるというか。あんまり良くないタイプの褒め方だと思うんだよな。


 ……まあ、仕方なしか。


 とりあえず話はできるようになったし、日常生活での不安はなくなった。撫でるとか撫でないとかは、また機会があったらにしよう。

 考えるべきことは、きっといろいろあるけれど。


 せめて今日くらいは、頭を空っぽにして眠りたい。







「ハロー! マイネイムイズ美凉加苅!」

「こんにちは。私はクリスです」


 場所は利一さんが営むピザ屋のテーブル席。

 日本語上手すぎアメリカ人と、英語下手すぎ日本人、奇跡の邂逅シーンである。


 もしかしたら、クリスさんのほうが日本語も上手いかもしれない。どうする加苅、お前の国籍が不明になってきたぞ。


 なんて俺が考えていると、そこは優しいクリスさん。表情筋を大きく使って笑うと、加苅に合わせて英語を使う。


「I am glad to see you」

「…………ロクくん」


「ギブアップ早すぎんだろ」


 自分から英語で仕掛けておいて、なんだそのざまは。

 ただ「あなたに会えてうれしいです」って、教科書に載ってる挨拶をされただけだろう。


 その様子を見て、クリスさんは声を上げて笑う。申し訳なさそうに、縮こまる加苅。


「大丈夫。私、日本語ちょっとだけ喋れます」

「謙遜の仕方が日本人みたい!」


 大きな声で驚く加苅が、どうやら嬉しかったらしい。クリスさんはますます楽しそうに笑った。

 そんな二人の横で、めちゃくちゃ浮きまくっているのが俺。笑うタイミングを完全に逃してしまった。三人以上で会話するとき、これが一番メンタルにくるんだよな。


 焦って割り込むのは悪手なので、黙ってタイミングを待つ。


「クリスさんは、どうして女蛇村に来ようと思ったんですか」

「日本の田舎をビデオに撮りたい、思いました。でも、有名なところは他の人が撮っています」


「なるほど。これから人気になる場所を探していたんですね! そうです! ここ、これから一気にポピュラーになります!」

「私もそう思います」


「なんでも聞いてください! なんでも答えます!」

「ありがとうございます」


 ふむ、これはあれだな。

 俺、いらんな。


 しれっと立ち上がって、昼のラッシュを過ぎた店内を歩く。悠羽は休憩時間らしく、今は姿が見えない。

 カウンター越しの利一さんに声を掛ける。


「暇になっちゃいました」

「さすがのロクも、美凉と外人さんの二人同時は厳しいみたいだね。空いてるし、座りなよ」


「ありがとうございます」


 カウンター席に座って、グラスを拭く利一さんを見る。

 焦げ茶色の髪を後ろに縛って、シンプルな制服に身を包んだ優しい大人。なるほど、加苅が夢中になるのもわかる。世の女性が掲げる『優しい人が好き』とは、こういう人を指すのだろう。


「なにか飲むかい? 奢るよ」

「じゃあ、コーヒーを」


 ゆっくり男二人で話でもしよう。利一さんとは、二年前からお互いに募る話もある。

 そう思っていたら、後ろからポニーテールが迫ってきた。


「ロクくん! 日本語伝えるの難しい!」

「お前の母語は何語やねん!」


 キレすぎて関西弁になってしまった。俺の実の親は関西人なのかもしれない。


「ははは。いってらっしゃい」

「てめえ……俺と利一さんの時間が」


「ロクくんは勤務中なんでしょ! 仕事、仕事だよ!」

「へいへいへいへい」


「へいは十回!」

「しんど」


 威勢のいい居酒屋でもそこまでは言わねえよ。

 テーブル席に戻って、加苅の横に座る。クリスさんは荷物もあるので、二人席を一人で使っている。


「今ね、女蛇村の名前の由来について話してたんだけど。あのお話、どうやって伝えればいいかわかんないんだよね」

「なるほどな。確かにそれは難しそうだ」


 それで俺の出番とは、光栄なもんだな。


「クリスさん、日本語と英語、両方使っていいですか。俺も、英語ちょっとだけ喋れるので」

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― 新着の感想 ―
[一言] お医者様でも直せない病。芽吹いたら、後は大きくなるだけ。 兄でなく六郎としてあろうとしたから、なおさら彼女にとって一人の男感が育っていたのかもしれないなあ。
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