47話 無価値、ゆえに親友
「奈子ちゃんをお泊まりデートに誘えないんだよサブぅ」
「100年後も同じこと言ってそうだなお前は」
深々とため息を吐く。我が悪友、新田圭次は今日も今日とて愛する彼女に翻弄されているらしい。
「お泊まりデートがしたいでござる……」
「そもそもお家デートはできたのかよ」
「侮るなよ雑魚非リアが」
「今から車で轢きに行くわ。五時間後に集合な」
この感じだと、自宅へ招き入れることはできたらしい。その上で特になにもなかった無力感は、想像に難くない。
家まで来てもらってなにもないというのは、しんどいだろうな……。
まあ、同情はしないが。
「なんだかんだキスはいけたんだから、時間の問題だろ」
「かなぁ……」
「なんで一々絶望的なんだよ。メンヘラかよ」
「サブはわからんかもしれんが、恋すると人はヘラるんだ」
「たりぃな」
「たりぃって言うなよ! 親友の一大事だぞ!」
「へいへい。大親友様の一大事とな」
「どうしたサブ。なぜ笑わない……こんなに俺が苦しんでるのに、なぜお前は爆笑しないんだ」
「お前の親友観はどうなってんだよ」
自分が困ってるときに爆笑するやつじゃなきゃ満足できないって、完全に壊れてやがる。広い世界を探しても、適任は俺くらいしかいないだろう。
……うわぁ。
「俺の人生が最悪なとき、笑うのはお前の役目だろう!」
「奈子さんみたいな彼女がいる時点で最悪じゃねえつってんだよ!」
「へへっ」
「殺意……っ」
あからさまに照れた笑い方をする圭次。ガチでキモい。法律で禁じてほしい。
「ま、そうだよな。奈子ちゃんと付き合えてる時点で、俺は勝ち組。人生の勝者。世界を統べる者だもんな」
「一刻も早く破局して絶望しろ」
この調子の圭次が別れを切り出されたら、本当に立ち直れなくなるんじゃないだろうか。酒を持って俺の家に通い、連日連夜泣きながら酒を飲みそうな予感。
一人暮らしのときだったら、酒と食料を買ってこさせればよかったが……今は俺だけじゃないからな。結局、奈子さんとは上手くいってもらったほうがいいんだよな。
どうして俺は、親友の幸福を願わなきゃならんのだ。力いっぱいに妨害し合っていた高校時代が懐かしい。
圭次は軽く笑って、ふざけた調子を取り払った。さっきよりいくぶん真面目なトーンで、呟く。
「奈子ちゃんと別れたら俺、生きていけねえかもなぁ」
「付き合ってる間は、誰だってそう言うんだよ」
「そうか?」
「どんだけ大切でも、別れりゃ慣れる」
柄にもなく、圭次相手にちゃんとしたことを言ってしまった。俺たちが本気で語り合うのは、非常事態か酒の席だけと決めているのに。
辛気くさい空気を感じ取ってか、圭次はいつものようにちゃらけた声に戻る。大学デビューしたての頃に身につけた、調子のいい口調。
「んじゃ俺、別れねえように頑張るわ」
「せいぜい頑張れ。そのほうが俺も呪い甲斐がある」
「そっちの生活はどうなんよ。田舎は快適かい」
「そっちにいても遊ぶ金はねえからな。逆にこっちのが娯楽は多いかもしれん」
半端に物がある場所だと、なにをするにも金がかかる。対してこの村には、金はなくとも自然がある。
ドライブや散歩が好きで、遊ぶ金のない俺にとってはこっちの方が向いているのかもしれない。
「圭次は夏休み、なにやってんだ」
「バイトにバイトにバイトにバイトよ。奈子ちゃんと夢の二人旅を叶えるため、そしていつか指輪を買うために」
「キッショ中学生かよ」
「恋愛観が純粋でなにが悪い!」
「ハートのネックレスとかプレゼントしてそう」
「なぜわかった!?」
「お前みたいなのはすぐハートをあげるんだよ。生物基礎の教科書にも書いてある」
「習性だったのか……」
衝撃の事実に愕然とする圭次。だが、すぐに気を取り直して咳払い。
「奈子ちゃんは可愛いから、ハートが似合うんだ。だから買っているに過ぎない!」
「……ぐっ」
リア充の持つ聖なる光によってダメージを受ける醜い化物、俺。吐血しなかったのが唯一の救いだ。
痛みを感じた脇腹を押さえて、なんとかスマホを握り直す。
「つーか、サブには悠羽ちゃんがいるだろ」
「あいつをお前にとっての奈子さんと一緒にするな」
「シスコンって、彼女みたいな感覚じゃねえの?」
「エロマンガ読みすぎて頭おかしくなったんかお前は」
「違うかー」
あっけらかんと意味不明なことを言う圭次。深々とため息を吐く俺。
「そんな単純な話だったら、苦労しねえよ」
頭一つ撫でるのだって、苦労するのに。
言われたから挑戦してみて、けれど変な空気になって。俺マジでなにやってんだろって気分になる。
妹ってのはそういうもんなんだ。そういうもんなのかな。俺がだいぶ特殊なケースのような気もするが、とにかく、圭次の言うものとは異なる。
「じゃあサブ、今でも彼女欲しいとか思うのか」
「エチエチお姉さんへの憧れは永遠」
「そんなあなたにマッチングアプリ」
「もう使ってねえよ。有料会員の期間も終わっちまった」
「結局釣れずじまいか。ドンマイ (笑)」
「…………」
悠羽が釣れたとは口が滑っても言えないので、適当に悔しがるフリをしておく。なに、その傷ならずいぶん前に乗り越えた。
メッセージのやり取りができなくなったアプリは、それでもスマホの隅にある。
払った金は惜しいが、それでも悠羽とのアホみたいなやり取りはいい思い出だ。オリーブオイル五種類持ってた頃の俺が懐かしい。
「ま、サブに必要なのは彼女とかじゃねえのかもな」
「どういうことだよ」
「大した意味じゃねーよ。んじゃ、そろそろ切るぞ~。奈子ちゃんとの電話タイムだ」
「へいへい。んじゃな」
通話が切れて、静寂が戻ってくる。
部屋だと悠羽に声が筒抜けになるので、庭の一角で電話をしていた。
圭次との電話でなにかを得ようとは思っていないし、なにも得られはしなかった。それでも、いくぶん気が楽になるから不思議だ。
悠羽との気まずい空気も、頑張ればなんとかなる気がする。
ふわっとあくびをすると、ぬるい夜風が吹き抜けた。頭上には月と星々。
――星の綺麗な場所で一夏なんて、夢みたい。
額に手を当てて、少し考え込む。
「誘ってみるか」




