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【書籍化】俺は義妹に嘘をつく  作者: 城野白
3章 嘘つきと蛇の物語
43/140

43話 弱点

 文月さんの家に帰って、夕飯を食べ、風呂に入って自分の部屋に戻る。

 それ以降はいつもと同じように、英語と格闘だ。明日には、文月さんが言っていた外国人の客が来るという。どこまで自分の英語が役に立つのか、試してみたい。


 勉強だけじゃ、結局足りないんだろうな。とは思っている。

 大人のための英会話教室。なんてのも最近はあるくらいだし、紙の上で学べることには限界がある。


 その意味で、明日からの数日は大事にしたい。

 観光案内の依頼もされているので、ちびたちの相手はその間お預けだ。


 辞書を片手に英字新聞を読んでいると、入り口がノックされた。悠羽の部屋からではない。障子に映るシルエットで、加苅だとわかった。


「ロクくん、今からお話しできる?」

「もうちょい待ってくれ。キリついたら行く」


「ほほーい。居間で待ってるよん。悠羽っちは来れる?」

「はい。大丈夫です」


 夜なので加苅の元気も控えめだ。ずっとああだったら、もうちょっとあいつとも仲良くやれる気がする。

 ま、これ以上仲良くしたいとかは思わないので、どうでもいいのだが。


 政治に関して書かれた文章をいちおう最後まで読んで、立ち上がる。

 理解できたのは甘く見積もって四割くらいだ。向こうの情勢について、基礎知識がないと読めない部分が多すぎる。


 英語で仕事をとろうと思ったらそういう知識も必要なんだろうな。


「時間が足りねえ……」


 学ぶべきことは山のようにあるのに、一日に進められる量は微々たるものだ。こればっかりは仕方がない。仕方がないが、焦りはある。


 ため息を吐いて部屋を出て、居間へ移動する。

 ちゃぶ台を囲んで、悠羽と加苅が向かい合っていた。


「でねでね、利一さんがね……」


 と、加苅が熱心に話しているのは彼女の思い人についてだ。他の女子もそうなのかもしれないが、加苅の恋バナは特に熱量が凄い。付き合っているわけでもないのに、一生惚気続けてくる。俺なら3分で限界がくるハイカロリー。


 だが、悠羽も女子だから耐性というか共感というか、なにかがあるのだろう。こくこく頷いて、真面目に加苅を受け止めていた。


 そんな中に俺の登場。ちょっと気まずい。


「終わったから来たけど、タイミング悪かったか?」

「全然そんなことないよ。ロクくんにも聞いてみたいんだけど、利一さんの髪型って、結んでないときのほうがキュンとしない?」


「男にキュンとしたことがないからわからん」


 気を遣った俺が馬鹿だったらしい。スペースが三等分になるような場所に座って、あぐらをかく。


「じゃあさじゃあさ、あたしは結んでるのとそうじゃないの、どっちがいい?」

「興味ねえなぁ」


「すーぐそうやって心を閉ざす! 世界は君に笑いかけてるぞ!」

「俺が暗いみたいな言い方やめろ」


 興味のないやつに興味ないと言っているだけだ。他意はない。


「なら悠羽っちの髪型だったら、なにがいいと思う?」

「悠羽……?」


 二人分の視線を受けて、少女はぴっと背筋を伸ばしていた。口もきゅっと結んで、少しばかり緊張しているようだ。


「そういえばお前、髪結ばなくなったよな」


 久しぶりに会って以来、悠羽が髪型を変えているところを見ていない。最近では少し伸びてきて、セミロングとロングの中間くらい。そのままでも似合ってはいるが、なにか心境の変化でもあったのだろうか。


「せっかくだし、悠羽っちの髪型で遊んでみよう!」

「あの、なにかお話があるんじゃ……」

「加苅の言うとおりだ。おい、リボンと髪留めありったけ持ってこい」


「らじゃらじゃザウルス!」

「え、六郎まで?」


 勢いよく居間から飛び出していく加苅と、びっくりした顔の悠羽。なんだその、マトモ枠だと思ってた人が変人だったことに気づいちゃった。みたいな顔は。


 確かに普段の俺の行動からは、想像できないだろう。だが、これはいい機会なのだ。


「今後の参考にするから。ちょっと加苅のオモチャになってくれ」

「なんの参考にするもり」


「俺が傷つくから言えない」

「そんな雑な逃げ方ある!?」


 必要とあらば、こういう雑な手段も使います。ほんと俺って最低。


 本当のことをいえば、悠羽へのプレゼントを選ぶときのためだったりする。

 よくよく考えれば、もう彼女も成人したわけだし。それくらい、祝ってやりたいとは前々から思っていたのだ。

 その下調べに、このチャンスを活かさない手はない。


 廊下を疾走して、加苅が戻ってくる。


「これ、ありったけです!」


 机の上にどさっと置かれる髪留め、シュシュ、ただのゴム紐、あとなんかいろいろ。男の俺には、ぱっと見で着用時のイメージができない。


「利一さんがくれたやつじゃなかったら、何個かあげられるよ」

「へえ、そんなのプレゼントされたんだ。けっこう脈ありそうじゃん」


「ふふふ。クリスマスの半年前から圧をかけてもらったのじゃ」

「脈潰れちまうって」


 なんでそこで猫かぶれないんだよ。秘めろよ恋心。恥じらえよ乙女。


「六郎も、私にプレゼントしてくれるの?」


 目をぱちぱちさせて、悠羽が小首を傾げる。まずい。バレた。


「…………」

「じーっ、あ、これ図星の顔。あたしわかるよ、ロクくんのこの顔は、完全にやられた時の顔だって」


「うるせえうるせえ。誰もそんなこと言ってないだろ」

「ふへへ。そんな恥ずかしがらないで、素直に言っちゃえばいいのに」


「笑い方キモいんだよ。オタクかお前」

「ひひひっ」


「化物じゃねえか」


 山姥みたいな笑い方をする加苅から遠ざかれば、反対側にいるのは悠羽だ。せっせと髪を結んで、見せてくる。

 後ろで縛った束を、左肩から垂らす。喫茶店にでもいそうな、洒落た髪型。


「どう?」

「いや、だから別に、そういうのを買うとは一言も言ってないわけで……」


「違うの?」


 一転してめちゃくちゃ悲しそうな顔をする悠羽。

 慌てて両手をばたつかせて否定する。


「いや買う。買うから。めっちゃ参考になってるから、今」

「似合う?」


「ああ。似合ってる。その髪型もたまにやったらいいと思うぞ」

「そっか。うん、やってみる」


 俯き気味ではにかんで、大事そうに髪を撫でる少女。その頬が、ほんのりと赤い。なぜかは知らんが、よほど嬉しかったらしい。


 無様に動揺して、普段なら絶対に言わないことを言ってしまった。なにやってんだ俺。ああもう、ほら、加苅がとんでもないビッグスマイルを浮かべている。


「へえ、ロクくんって悠羽っちにはこんなに弱いんだ。いいこと知っちゃったあ」

「それ以上調子に乗ったら、利一さんにあることないこと吹き込んで、お前の印象を地の底にたたき落とす」


「そんなのあたしと利一さんの仲には通用しないもん! 運命の赤い糸をなめるな!」

「運命の、赤い、糸だぁ? んなもんあるわけねえだろうが。メルヘンも大概にしやがれ。じゃないとお前、近いうちにメンヘラになっちまうぞ」


「あーでたでた。上手いこと言ってやったシリーズ。すーぐ調子乗っちゃってわかったようなこと言っちゃってさ。世の中には、素敵な夢とラブとピースがあるんですぅ」

「小学生と戯れてたら、思考まで小学生になっちまったかぁ。まるで話が通じねえや」


「ムキイィッ!」

「グギギギッ!」


 流れるように言い合いに発展する俺たちの間に、悠羽が両手を差し込む。


「ストップ! 二人とも落ち着いて!」


 情けない俺たちは、いつも通り年下に仲裁してもらって落ち着く。

 まじでなんなんだ、こいつの絶対喧嘩したくなるなにかは。相性が悪すぎるのか、良すぎるのか。少女マンガだって最近はここまでやらんぞ。


「六郎はしばらく黙って! 美凉さんは、そろそろ話をしてください!」

「そうだよ! そのために集まったんじゃん」

「加苅が変なこと言うから」


「六郎!」

「……っす」


 ぴしゃりと叱られたら、黙るしかない。そんな俺の様子を見て、加苅はまたけらけら笑っている。非常にムカつくが、俺は大人なので見逃してやるとしよう。そう。俺は大人ななのだ。

 こんなクソガキと、同じ土俵で戦ってやる必要はない。


 大人しく腕組みして黙る。加苅は正座に組み直して、背筋を伸ばした。

 その顔は、さっきまで喧嘩していたとは思えないほど真剣だ。


「ロクくん、悠羽っち。二人とも、お祭りを作る側になってみない?」

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― 新着の感想 ―
[一言] こういった、軽いやり取りは別作のテイストだなあ。 大人か、という点から見れば、まさにどっちもどっち。 運営側に回って、はたして何を得ることができるのだろう。
[気になる点] いま夏休みで、半年前からプレッシャーかけて、どうやってクリスマスのプレゼントもらったん?
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