4話 彼女の近況
悠羽から送られてきたメッセージは、彼女が通う高校ではまだ授業時間だ。
授業中にスマホを弄っているという可能性もあるが、あの学校はそれができるような場所じゃない。市内ではそこそこの進学校なので、授業態度には厳しいのだ。
俺も昔通っていたので、そのへんはわかっている。
数日間メッセージのやり取りをして確信した。
「あいつ、学校行ってねえな」
返信ペースが完全にニートのそれである。
こっちが仕事の隙間にメッセージを送ると、いついかなるときでも三〇分以内に返信してくる。これは食いついているというより、単純に暇を持て余しているのだろう。
このマッチングアプリも、暇だからやっているのか……。
あるいは、どこかに逃げ場を求めているのだろうか。男を作って、守ってもらおうとしている?
はたまた、シンプルにグレてしまったか。だとしたら、もうちょっとプロフィール写真とか自己紹介に出そうなものだが。
本当にヤバいやつは写真の加工具合が半端じゃなかったり、自己紹介で『私わブスでデブだけど性格わ明るいってゆぅタイプです笑』とか言ってる。
それと比べれば、悠羽のそれは落ち着いたものだ。
写真の加工も一部をぼかして、ほんの少し空間を歪めることで顔を小さくしているだけ。この程度なら、パッと見て本来の顔を予測することなど容易。あまり俺のクズスキルを舐めないでもらいたいね。
じゃなくて、悠羽だ。
自己紹介はテンプレートを少し弄っただけだし、マッチングアプリに対する本気度はあまり感じない。
切羽詰まっている様子も、遊んでやろうという意志も見えてこない。
となると、本当にただの暇つぶしだろうか。
……まあ、そのあたりが一番濃厚か。
悪い世界に染まるか染まらないかの過渡期。そんなところだろうと、結論づける。
「俺があいつの心配をする義理なんてないわけだが……」
気になってしまうものは仕方がない。そうだ、これは好奇心だ。決してお節介などではない。
誰に向けてしているかわからない言い訳を重ねて、唯一と言っていい友人にメールを送る。高校時代にやっていたSNSは辞めてしまって、連絡のつく相手は、あの腹立たしいリア充――新田圭次しかいない。
暇だったのか、数分後に電話がかかってきた。
「ようサブ。急に高校のことが知りたいって、未成年にでも目覚めたか?」
「仮に目覚めたとして、なんで母校を狩り場にしなきゃいけないんだよ」
「そういう時こそ、アプリ使えよ。18歳だと高校生だってちょこちょこいるはずだろ。十七歳以下だと、SNSの方が手っ取り早いらしいけどな」
「なんでそんなこと知ってるんだよ……」
聞いてもいないのに、成人していない女子との出会い方について学んでしまった。残念ながら俺、年下よりも上派なんだよな。
「そりゃあ、バイト先の先輩がよくJK食ってるから」
「この世の終わりみたいな情報どうも。でも、今はそっちじゃないから」
「不純な動機じゃないってなると――ああ、悠羽ちゃんか」
「んむ」
電話の向こうで、圭次が理解する。
俺と悠羽は三歳差で、学校の在籍期間は被っていない。圭次が知っているのは、文化祭のときに俺たちの教室に遊びに来たからだ。
当時中学生だった悠羽は、圭次にとってドストライクだったらしく「一個下なら狙ってた」と熱く語っていたのを覚えている。あの時の圭次、ガチでキモかったなぁ。
「あの子のことだから、美人になってるんだろうなぁ。発育の方はどんな感じよ」
「ぶっ殺すぞお前」
「冗談だって冗談。マジギレすんなよサブちゃん」
「前も言ったけど、あいつとはずっと会ってない。一人暮らしだし、俺」
「んじゃあ、なんで急に悠羽ちゃんのことになるわけ?」
軽快な口調ではあるが、しっかり詮索する意思を感じる。
マッチングアプリでマッチして現状が気になった。とは言えるはずもないので、代わりの嘘を用意してある。
「ちょっと親から頼まれててさ。あんまり学校に馴染めてないっぽいんだよな」
「なるほど。悠羽ちゃんって部活入ってたりする?」
「中学では軟式テニスやってたけど、高校ではわからん」
「軟式了解。んじゃ、後輩繋がりで聞いてみるわ」
「すまんな」
「お安いご用。ったく、サブは悠羽ちゃんのことになると人が変わるよなぁ」
「…………」
けろっとした口調で圭次は引き受けてくれた。こいつはカス野郎だが、相談相手としては優れている。今度なにか礼をしよう。
電話を切ろうとしたが、「ところで」と遮られた。
「出会い系の方、どんな感じよ。もうデートとかした?」
「そりゃあ当然」
当然していない。
それどころか、何日経ってもメッセージが続くのは悠羽だけだ。他の女はマッチしても音信不通だったり、なんの前触れもなくブロックされたりだ。
社会というのは、俺に甘くはできていない。
「さすがサブ! やっぱお前、パッと見だけは悪くないもんな。性格終わってるけど」
「友達にはふわふわ言葉を使えよ」
「そんな友情はいらん。んじゃ、なんかわかったら報告するぜ」
「おう。頼んだ」
バッサリ斬り捨てられ、ついでに通話も終わりになった。
流れで通知を確認すると、『ゆう』からメッセージが来ている。今回も早い返信だ。
最近の会話は料理についてで、俺はバルサミコ酢やオリーブオイルを駆使して華麗にイタリアンを作るということになっている。おかげで、一回返信するために十個くらい料理サイトを見ないといけない。
最近の女は肉を食べないとか、低糖質がどうとか言うらしいのでそっちの理解もあるふうを装う。大豆ミートも糖質制限も、ここ数日でだいぶ詳しくなってしまった。
面倒だと思いつつも、悠羽からのメッセージを確認。
『サブローさんって、料理にすごく詳しいですよね。料理人だったりするんですか?』
今回は簡単に済みそうだ。
『いえ、料理動画を見るのが趣味なだけです』
『ゆうさんは、料理するんですか?』
まあそんな動画を見たことはないのだが、今更一つや二つ嘘が増えたところでなにも変わりやしない。相手は顔面を加工し偽っているのだ。こっちも堂々と内面を偽らせてもらおうじゃないか。
送信を押して、一つ息を吐く。スマホの角で前頭部を叩いた。
「はぁ……なにやってんだろ、俺」