表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】俺は義妹に嘘をつく  作者: 城野白
3章 嘘つきと蛇の物語
35/140

35話 クズとクソガキ

 二年前の五月から、六郎と美凉の関係は始まった。


 高校を卒業した六郎が、女蛇村で暮らすようになって最初の一ヶ月、彼は生活の全てを労働に捧げていた。万年人手不足に悩まされる田舎だから、少し足を伸ばせば、どこにでも困っている人はいた。ゲストハウスの掃除や受付業務をしながら、彼は他の仕事も山のように引き受けた。


 毎日早朝には家を出て、夜遅くに帰ってくる。

 美凉にとって六郎は、「忙しそうな居候」でしかなかったのだ。


 当時は美凉自身も、今より忙しかった。高校三年生になって受験を控え、おまけに町おこしのためにも奔走していた。来年からは一人暮らしで村を出るから、なんとか今年中に結果を出しておきたい。そういう意味で、焦りもあった。


 中学二年生のときに結成した「学生町おこし隊」は、彼女を中心に村の子供で構成されたものだ。五年かけて少しずつ、どんなふうにこの村を活性化させるか考えてきた。

 ネットを使って村をPRしたり、難解な昔の言葉で書かれた村の伝承を、今の言葉に直したりもした。彼女たちの活動は一定の注目を浴び、時には新聞に取り上げられることもあった。


 少しずつではあったが、彼女たちの話を聞いてやってくる観光客も現れるようになった。


 ――跳ねるなら、ここしかない。


 徐々に盛り上がっているこの空気を、爆発させるタイミング。それが、二年前だと美凉は思った。


「蛇殻祭を大々的にやろう。うちの村の観光の目玉にするの」


 前年の祭が終わった段階から、大人たちにそう持ちかけた。

 蛇殻祭は、屋台が数軒並ぶ程度の小さな夏祭りだ。地元の子供として参加するぶんには楽しいが、外から来た人を満足させることはできない。


 それは皆が感じていたことのようで「なら来年は屋台を増やして、花火でも打ち上げてみるか」という話になった。

 祭りに向けて、美凉たちの活動も以前より熱が入っていった。パンフレットを作成して、PR動画なんかも作ったりして、SNSでの広報も毎日した。


 愛を巡る物語は、若い層にウケた。初めてバズった時には、全員でドキドキしてパソコンの画面に食いついたものだ。

 だが、その全てが――四月の中旬に崩された。


「祭りは例年通りに行うことになった」


 村のことを取り仕切る大人たちから、一方的に告げられたその言葉で、子供である彼女たちの努力は簡単に吹き飛んだ。


 美凉は怒った。他の子供たちも怒った。

 だが、なにひとつ変わらなかった。


「あたし、大人が嫌い!」


 昔からそうだ。大人という生き物は頑固で融通が利かず、子供の言うことを簡単に否定する。

 父と母がそうだった。彼らは仕事で忙しいとかで、美凉との約束をほとんど守らなかった。どれだけ楽しみにして、何日前から準備していても。その日の朝に「ごめん、仕事が入った」と言えば崩れる。そのことがどうしても許せなかった。だからこうして田舎で、祖母と二人暮らしているのだ。


 数年ぶりに、大人たちへの怒りに火がついて――それで初めて、三条六郎という男に焦点が合った。

 なにか事情があってこの村に来たという彼は、感情を殺した目をしていた。


 噂で聞いた話では、それなりに実績のある進学校に通っていて、その中でも成績上位だったらしい。その彼が大学に行かず、この村にいるというのはきっと、大人に夢を奪われたからなのだろう。そう推測するのは容易いことだった。


 美凉は六郎に共感を覚えて、だから話を持ちかけた。

 頭がいいという彼なら、どんな意見を言ってくれるだろうか。そう思って帰りを待って、夕飯後に話しかけてみた。


 結果は端的に、


「ガキのわがままが断られてキレてんのか」


 だけだった。著しく興味のない顔で、六郎はあくびをして、


「じゃあもう寝るから」


 とだけ言って自分の部屋に戻っていった。


 美凉はぽかんとしてしまった。自分の想像とは全く違う反応に、驚きが隠せなかったのだ。六郎が部屋に戻ってしばらく居間で固まって、ようやく自分がなにを言われたのか理解した。


 ――ガキのわがまま!?


 顔を真っ赤にして拳を振るわせ、般若のような形相で机を睨み付けた。村の大人たちに匹敵するほど、否、この瞬間においては、全人類の中で最も三条六郎に対して怒りを感じていた。

 目に涙を浮かべ、美凉は心の中で誓う。


 絶対にあの男を引きずり込んで仲間にしてやる、と。







 その日から、美凉は六郎にひたすら絡むようになった。朝起きる時間を早くして、家を出る前に話せる時間を作った。帰ってくる時間を待って、一緒に夕飯を食べた。


「なんでお前は嫌いなやつと生活リズムを合わせんだよ」

「嫌いだから!」


「答えになってねえ……」

「あ、そうだ。六郎って名前ちょっと長いからロクくんって呼んでいい?」


「長さ変わってねえ」


 どっちにせよ四文字だし、四文字はさほど長くないだろう。と思う六郎に、美凉は、口をへの字にする。


「気持ちの問題ですぅ。馬鹿にはわかんないだろうけど」

「クソガキの分際で人を馬鹿呼ばわりか。だからいつまでもガキなんだよ」


「だぁかぁらっ! なんであたしがクソガキになるのさ!」

「それがわからないからクソガキだっつってんだろ!」


「ぐぎぎぎっ」

「めんどくせえ」


 思いっきり睨み合って、ふっと目をそらす。


「ふんっ、また次回!」

「なんで次があるんだよ。意味分かんねえ」


 顔を合わせるたびに喧嘩するくせに、何度も何度も話しかけてくる美凉に六郎は戸惑っていた。真意が読めない。怖い。怖すぎる。

 一週間が経つ頃にはさすがに精神が参ってきて、六郎は深々とため息をついた。


「なんだお前、俺に謝ってほしいのか? だったらそう言えよ」

「違う。謝罪なんかいらない」


 そしてその頃には、どうして自分が彼に突っかかるのか、美凉も理解していた。


「ガキのわがままって言われて、あたし、最初はふざけるなって思った。でも、ただふざけるなって思うだけなら、それで流せるんだ。流せないのは、ロクくんの言ったことが図星だからなの」

「は?」


 心底意味がわからないというふうに、六郎は呆けた顔をする。美凉は構わない。


「なんとなく、『そうなのかもしれないな』って思っちゃった。でも、どうしてわがままなのかわからない。だからそれを教えて。お願い、あたしたちの仲間になってよ」

「…………はぁ?」


「仲間になって」

「嫌だ」


「仲間に」

「嫌だ」


「仲間」

「嫌だ」


「な」

「嫌だっつってんだろ!?」


「嫌だが嫌だって言ってるでしょ!」

「んんん!?」


 困惑に喉を詰まらせる六郎。ここが好機だと言わんばかりに、美凉はたたみかける。


「あたしの周りには、あたしを否定してくれる同年代の人がいないの! だからロクくんみたいな人が必要! わかる!?」

「わかんねえ」


「じゃあ、わかるように来て。私たちの会に参加してから決めて」

「えぇ……」


 そうして強引に、六郎は学生町おこし隊へと参加することになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 地方で他者との交流が少なければ、井の中の蛙にもなってしまうか… その天狗の鼻を折ってくれた人、なのだと。
[一言]  まんまクソガキなw  達観諦観してさめた思考をよしとする訳では無いけど高3でこんなでは‥‥‥六郎も変なのに絡まれたな。  勢いがあるのは悪い事では無いけど一概に良いとも言えぬ。  祭りでた…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ