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【書籍化】俺は義妹に嘘をつく  作者: 城野白
3章 嘘つきと蛇の物語
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34話 女蛇神社

 利一と別れ、約束通り悠羽は美凉とガールズトークをする運びになった。


「普通はカフェでやるもんだけど、今日は天気もいいし、飲み物買ってあそこ行こっか」

「あそこって、どこですか?」


「女蛇神社。家の近くだから、帰るついでに行けるしね」


 そういうわけで、途中の自販機で炭酸を買ってやってきた。


 家から少しだけ行ったところにある山の入り口に、広い参道があった。最近修復されたものだろう。石畳はがっしりしていて、足下に不安は少ない。

 参道を進み、階段を上ると鳥居があって、左手に手水舎、正面に拝殿という簡素な配置の神社がある。人の気配はなかった。手水舎の水の音すら聞こえるほど静かで、蝉の鳴き声すら遠い。


「この村の子供はね、ここに集まって遊ぶんだ」


 美凉が上を向いたのにつられて、悠羽もそうした。木々が開けて、青空が見える。日光が届かないおかげで涼しいし、そこまで暗くはない。十分な広さもあるし、子供の遊び場にちょうどいいのだろう。


 脇の方に置いてある切り株みたいな椅子に座って、二人はペットボトルを開けた。ぷしゅっと炭酸の抜ける音。

 一口飲んで、美凉が切り出す。


「ロクくんのこと話すんだっけ。なにから聞きたい?」

「私、本当になにも知らないんです。六郎はなにも自分から言わないから……だから、どんなことでも知りたいなって」


「そっか。じゃあ、その話の前に――悠羽っちは、この村に伝わる嘘つきと蛇の物語を知ってる?」

「嘘つきと蛇……知らないです」


 聞いたことのない組み合わせに、悠羽は首を傾げる。嘘つきと聞いてすぐに思い浮かぶのは、自らの兄であるあの男だ。


「そんなに長くないから聞いてくれるかな。観光客向けに、暗記したんだ」

「ぜひお願いします」


 美凉は頷くと、静かにに唇で物語を紡いでいく。


「昔この村に、男と女がいました――」


 想い合った二人が、一度は大人達の事情によって引き裂かる。女は憎しみで蛇となり、男は彼女に愛を伝え続ける。長い年月の果てに、呪いが解けて二人の関係が周囲に認められていく。


 それは身分違いの恋の物語。

 それは裏切りと復縁の物語。

 それはただ、一途な愛の物語。


 語り終えるまでの間、悠羽は自分が息をしていることすら忘れていた。それくらい美凉の語りは流麗で、引き込まれた。


 末永く幸せに暮らしました。


 その一文が物語を締めてからしばらく、悠羽は黙っていた。

 美凉がふうっと息を吐いて、現実に引き戻す。


「どうだった?」


 ぼうっとしていた悠羽は、その瞬間にペットボトルの冷たさを思い出す。


「素敵な話だと思いました」

「だよね。10年もずっと毎日『愛してる』って言われるなんて、そんな幸せなことないよね」


 力強く共感を示す美凉に、悠羽は少し戸惑ってしまった。


「あ、すいません。そこじゃなくて、女の人が蛇になるのがいいなって思ったんです」

「あれ? そこにグッときたパターンなんだ」


 意外そうに言う美凉に、悠羽は曖昧な笑みで頬をかく。


「変ですよね。自分でも、変だって思うんです。……でも、大切な人がいなくなるとき、蛇になってしまうくらい悲しめるのって、すごいことだなって」


 二年前、六郎がいなくなったときのことを思い出していた。

 初めて喧嘩をして数日後、突然彼はいなくなった。仲直りの暇すらなく、悠羽はただ混乱しているだけで。いつか帰ってくるだろうと思っていたのに、気がつけば六郎のいない生活が当たり前になっていた。


 受け入れた自分と、受け入れられなかった物語の女。

 どうしてもそれを意識してしまって、おかしな感想になってしまった。蛇になるなんて、普通は憧れることじゃない。


 だが、美凉は目を輝かせていた。


「ううん。おかしくないよ。そういうのも、ありだと思う」

「え」


「そっかそっか。そういう考え方もあるよね、うん。利一さんにフラれたら、あたしも蛇になっちゃいそうだし。なんかわかるかも」

「なるんですか?」


「気持ちの問題だよ。なろうと思えば、人はなんにだってなれる!」

「そういう話でしたっけ」


 恋物語が、いつの間にか根性論にすり替わっている。美凉はそういうのが好きらしい。

 しっとりしたラブストーリーより、熱血アクションの方が好きそうではあるが。


「ちなみに、ロクくんは『くだらねえ』って言ってたよ」

「ほんとに最低ですね」


 気に入らなかったにしても、あの男はもうちょっと言葉を選べないものか。


「あの頃はトゲトゲしてたし、今聞いてみたらちょっとは違う答えが返ってくるかも」

「どうでしょうね。私は変わらないと思います」


「なんで?」

「なんとなくです」


 確固たる理由みたいなものは思いつかない。けれど悠羽には鮮明に、六郎が「くだらねえ」という姿が想像できた。


 美凉は何度か瞬きして、納得したらしい。


「悠羽っちがそう言うなら、そうなんだろうね」


 ペットボトルを振る。残ったあと少しの炭酸が抜けていく。


「というわけで、この村にはそんなお話があるってこと」

「はい」


「でね、私たちが運営する『学生町おこし隊』は、それを使ってどうにか観光客を集められないかって考えてたんだ。夏の終わりには、この神社で『蛇殻祭』っていう行事もあるし、絶対なんとかなるって思ったから。

 子供達皆で集まって、必死にいろいろ考えて、大人達に提案してみて――全部却下されたのが、二年前」


 具体的な数字に、悠羽の集中力が高まる。話の流れが変わった。否、本題に入ったというべきか。


「どうにか状況を打開したくて、外から来たロクくんに相談してみたんだ。それが、あたしと彼の始まり」

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― 新着の感想 ―
[一言] 共に居れば関係も想いも変わっていく。では離れていれば想いは変わらない? それとも静かに風化していく? もし恋人が毎日来てくれなかったら、蛇になった女はずっと想い続けて蛇であり続けたのだろうか…
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