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【書籍化】俺は義妹に嘘をつく  作者: 城野白
3章 嘘つきと蛇の物語
32/140

32話 初恋10周年

 たくさんの皿が並んだ朝食の席で、文月さんが仕事の振り分けを発表する。ある程度は事前に言われているのだが、いちおう確認のためらしい。


「ロクちゃんには、前と同じでゲストハウスの手伝いをお願いしようかしら。今年は外人のお客様もいらっしゃるから、対応任せるわね」

「……それだけ?」


「ふふふ。私からはそれだけよ」

「なるほどね」


 含みを持たせた文月さんの言い方に、苦笑いしてしまう。


 ゲストハウスの仕事は、実際のところそこまで多くはない。

 だが、文月さんの知り合いがたくさんやってきては、やれ「野菜の出荷手伝いをしろ」だの「病院まで車を出してくれ」だの、しまいには「孫とビデオ電話がしたいが、やり方を教えてくれ」などという依頼まで届くのだ。そういった雑事をこなすのが、よそから来た労働力たる俺の仕事だ。


「ゆうちゃんには、レストランのスタッフをお願いするわ。山奥にある、知る人ぞ知るピザの名店って、最近有名なのよ」

「はい! 頑張ります!」


「美凉も一緒に働いているから、二人で頑張ってね」

「…………」


 幸せそうにご飯を頬張っている加苅は、身振り手振りで「私に任せなさい」とアピールする。生意気なリスみたいで、少し面白い。

 悠羽もなぜか無言で会釈して、「お願いします」と伝えていた。謎の律儀さだ。


 にしても、こんな田舎にピザのレストランね……。


「――なあ加苅、もしかしてその店って利一りいちさんのか?」


 加苅は痙攣するように激しく頷く。今日も今日とて、ポニーテールがびったんびったん揺れる。両手をぐっと握って、ふんすと鼻を鳴らすと、熱のこもった口調で一息に言う。


「そう! 利一さん、ついに自分のお店を持ったんです! これがもう大人気! 地元の山菜を活かした創作和風ピザを代表に、本場イタリアで学んだ本格マルゲリータも絶品! 皆さん是非一度ご来店ください!」

「宣伝されなくても行くって」


 首を傾げてきょとんとする悠羽に、捕捉しておく。


大高おおたか利一りいちさんっていう、めちゃくちゃいい人が店長だってさ。よかったな」

「そう。利一さんはね、すっごく優しくて格好いいんだよ! ロクくんとは大違い」


「流れ弾の威力が高えって」


 うっかりで俺の腹に風穴空いてる。致命傷もいいところだ。

 悠羽は手で口元を隠して考え込むと、ゆっくりと尋ねる。


「えっと、もしかしてなんですけど、美凉さんって……」

「うん。利一さんが好きだよ」


 言い終わる前に、加苅は肯定した。にっこり笑ったその表情に、一切の曇りもためらいもない。

 その横で、文月さんがやれやれと笑顔で首を横に振る。


「美凉はねえ、ゲストハウスを手伝ってって言っても、あっち行きたいって聞かないから……ロクくんたちが来てくれて助かったわぁ」

「ごめんお婆ちゃん。この恋は譲れないの」


「はいはい。あんたは昔っから、これと決めたら譲らないんだから。まったく、誰に似たんだかねえ」


 ふくふくと笑う祖母と孫に、見ているこっちまで癒やされる。

 加苅はうるさいやつだが、根が真っ直ぐな憎めないやつだ。だからどうしても嫌いになれなくて、それゆえ苦手だったりする。


 8つも年の離れた利一さんに恋をしたのは10歳の時らしく、今年で片想い10周年のメモリアルイヤー。

 こんなにパワフルな彼女が未だに告白をしていないのは、利一さんの夢が叶うまで邪魔したくないという、なんともいじらしい理由である。


 人の不幸を主食とし、人の幸福が致死の毒となる俺ですら応援したくなる。お前はもう幸せになってしまえ。呪うかどうかはその後で検討する。


 そんな彼女の様子を見て、悠羽はなにかを思ったのか、ぽつり呟いた。


「なんか、いいなぁ」


 IQ3。







 六郎がゲストハウスに向かうのを見送ってから、悠羽も美凉と一緒に家を出た。

 歩いて行くには遠いからと、庭にあった自転車を足にする。のどかで車通りの少ない農道を、少女二人は並走する。


「悠羽っちはさ、あ、悠羽っちって呼んでいい?」

「いいですよ」


「よかったぁ。あのさ、アルバイトって初めてなの?」

「はい。うちの学校は原則禁止なので、今まではやったことないんです」


「へぇ。じゃあ、わくわくするね」

「はい」


 悠羽たちの家庭事情には触れず、美凉は前向きにペダルを漕ぐ。六郎とは相性が悪いようだが、悠羽は彼女に好感を抱いていた。


 これくらいうるさいのも、女子同士なら珍しいことではない。相手が元気なら、悠羽もそれに合わせるだけだ。


「美凉さんは、普段なにをしてるんですか?」

「大学生。今は夏休みだから帰ってきてるの」


「町おこしのリーダーだって、六郎から聞いたんですけど」

「おっ! 悠羽っちも興味ある? メンバーは随時募集中だよ~」


「興味というか……六郎も昔その中にいたんですよね。そのお話が聞きたくて」

「あははっ、ロクくんのこと気になるんだ」


 何の気なしに放たれた言葉に、刹那、悠羽の頭は真っ白になる。

 気になる、きになる、木になる、きになる、気になる?


「べ、別にそんなんじゃないですけど! ぜんぜんっ、あんなの気になんかならないですけどっ」

「そう? お兄ちゃんのことを知りたいのって、普通だと思うけど」


「あ――」


 それで、自分が妙な勘違いをしていたことに気がつく。

 最近、変だ。特に今日は、さっき美凉の真っ直ぐな恋バナを聞いてしまったからか、なにかがおかしい。思考がどうしても、そっちの方に寄ってしまう。


(そっちの方って、なんだ)


 悠羽は小さくため息をついた。あっちもそっちも存在しない。六郎はただの六郎で、兄と呼ばれたくないだけの、ただの兄だ。それ以外の何者でもない。


「なんでもないです。教えてください」

「オッケー。じゃあ、やることが終わったら二人でガールズトークしよ。今日は定休日だから、悠羽っちにお仕事教えるだけだし。時間には余裕あるよ」


「ありがとうございます」


 ガールズトークという響きは久しぶりだった。同級生は今、受験勉強のまっただ中でそれどころではない。不登校だったこともあり、半年ぶりに聞く単語だ。


「さ、見えたよ。あれが私たちの職場です」


 自慢げに指さす先には、お洒落な煙突のついたレンガの建物。なにも書かれていない看板と、砂利の駐車場。

 入り口のところに、痩身の男が立っていた。焦げ茶色の髪を後頭部で結んだ、男にしては長髪な髪型。二人に気がつくと、手を振って合図する。


「利一さーん! おはようございます!」


 途端にギアを上げ加速して、一直線に美凉が突撃していく。

 その後ろ姿を見ながら、再び悠羽は呟いた。


「なんか、いいなぁ」

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― 新着の感想 ―
[一言] おやおや、美凉さんには想い人がいるかあ。では彼は完全にいじり要員なのか。 そんな二人のそばにいると、IQどんどん低下していきそう。 何が良くて、何が欲しいのか。ちゃんと考えるときっと嵌って…
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