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【書籍化】俺は義妹に嘘をつく  作者: 城野白
3章 嘘つきと蛇の物語
30/140

30話 ようこそ!

 加苅美凉という女は、平たく言ってしまえば『うるせえ女』だ。

 デシベルがどうとか、高さがどうとかじゃなくて、単純に言ってることがうるせえ。彼女が声をかけてきたとき、その三割近くの返答が「うるせえ」になるくらいにはうるせえ。


 やかましさ日本代表があったら、絶対に選抜されると思う。選ばれなかったら、俺が全力で推薦してやる。


 そんな加苅は、ポニーテールをぶるんぶるんと振り回し、


「ねえねえロクくん、髪の毛伸びたでしょー」

「ガチでどうでもいい」


「はぁ? ムカつく! くらえっ、髪の毛ビンタ!」


 軽快なステップで近づいてきたかと思うと、くるっとターンして頭を振る。ポニーテールの束が、左頬を打った。

 痛くねえのにめちゃくちゃイラッときた。なんだこれ。


「からの普通にビンタ!」

「くらうか」


 余裕で右手をキャッチ。手でビンタする気はなかったのだろう。めっちゃ遅かったし。


「おい……頼むから家に連れてってくれ。もう疲れて倒れそうなんだ」

「あたしは元気だよ」


「ぶっ飛ばすぞお前」

「あー、この人、女の子に向かって『ぶっ飛ばすぞ』とか言った! ねえ、酷い人だと思わない、悠羽ちゃん!」


「ええっと……」


 ひたすら困り顔の悠羽。なんとかしてくれと俺を見てくるが、すまん、加苅は見ての通り、新田圭次をも凌ぐバケモンだ。


「おい加苅。お前の相手は俺がしてやるから、とりあえず悠羽だけでも休ませてくれ」

「それもそうだね。おいで二人とも、お婆ちゃんがご飯作って待ってるよ」


 やっぱり俺は逃がしてくれないらしい。初日からカロリーが高いな。

 先導する加苅について、彼女の祖母が所有する家の敷地に入る。周りが薄暗くて今はよく見えないが、けっこうな大きさの平屋で、歴史も長く立派なお屋敷だ。


「なんかすごそう」

「わかる」


 IQ3の悠羽の感想に、俺も同意だ。アパート暮らしの俺たちとは、文字通り次元が違う。

 横開きの玄関扉を開け、「ただいまー!」と加苅が中に入っていく。


「「おじゃまします」」


 その後ろから俺と悠羽も入る。

 石畳の玄関と、長い板張りの廊下。手前の左側にあるのが居間で、突き当たりにあるのが台所と食堂。個人の部屋は、廊下が枝分かれした先にある。


 二年前に来たときも、この家で暮らしていた。鼻先をかすめる蚊取り線香の匂いが、懐かしさを呼び起こす。


「ロクくん、荷物を居間に置いて食堂に来て。家の案内はしなくていいよね」

「おう。なんなら家までの案内もいらなかったけどな」


「この男は一言余計なんだよなぁ」


 ぶつぶつ言いながら、一足先に加苅は台所へ。

 後に残された俺たちは、靴を脱いで手前の居間に入る。今時珍しい、ちゃんとした畳の部屋を前に悠羽は瞬きを何度かする。


「ねえ六郎」

「ん」


「お婆ちゃんちって、こんな感じなのかな」

「そうなのかもな」


「来たことないのに、なんでだろうね。懐かしいって思っちゃう」

「原風景ってやつなんだろ。心の中にある、ふるさとのイメージみたいな」


 蚊取り線香の匂いも、遠くで響く虫の声も、網戸を抜ける風の涼しさも。俺たちの普段暮らしている街とは、どこか違っている。


 荷物を置いて、悠羽はどこか遠い目をしていた。

 彼女は自分の祖父母に会ったことがない。不倫で生まれた子供だからと、遠ざけられているからだ。彼女はもちろん、そのことを知らない。

 物心ついた頃には「お爺ちゃんとお婆ちゃんは死んでしまった。お父さんとお母さんは一人っ子だから、従兄弟もいない」というふうに言い聞かせられている。


 ……まあ、スタートが養子の俺には最初からなにもないのだが。


 この村での経験が、彼女の穴を埋めることになればいいなとは思う。


「食堂行くぞ。文月ふづきさんに挨拶しないとな」

「文月さん?」


「加苅のお婆ちゃんで、この家の主」

「7月生まれなんだ」


「よくわかったな」

「学校で勉強したから」


 生まれた月を名前にするのは、定番の一つだ。文月は旧暦の7月を示すので、悠羽の発言は正しい。


 居間から出て、廊下の奥へ。暖簾をくぐると、暖かい和食の匂いがする。

 文月さんは、流しのところに立っていた。背が低くて白髪の綺麗な、可愛らしいお婆さんだ。振り返って、老眼鏡を持ち上げると優しい声で言う。


「あらあらロクちゃん、大きくなったわねえ」

「ところがどっこい、身長は一ミリも伸びてないんだな」


「あらそう。おっきくなって見えたわぁ」

「久しぶり、文月さん。元気そうでよかった」


「はい久しぶり」


 手を洗ってタオルで拭くと、文月さんはこっちに歩いてくる。料理はその後ろで、加苅が引き継いでいた。


「そちらが妹さん?」

「はいっ。三条悠羽です。お世話になります」


 文月さんは悠羽に顔を近づけて目を細める。


「顔はあんまり似てないのね。でも不思議と……ロクちゃんの家族ってわかるわ」

「似てないとは、よく言われます」


「いいじゃない。見た目なんて、大して問題じゃないわ。家族というのはね、心なのよ」

「そうなんですか」


 返す悠羽の表情は、少し険しい。

 家族の話題は、できれば俺としても避けたかったので、会話に入る。


「文月さん。俺が使う部屋は前と同じでいい? 今回は二人だから、もう一部屋借りられると嬉しいんだけど」

「襖で仕切った隣の部屋なら空いてるから、自由に使いなさいな」


「ありがとう。助かるよ」

「いいのよ。こっちも賑やかになって嬉しいわぁ。ねえ、美凉」


「もちろん!」


 ポニーテールをびたんっ、と振って背中を向けたまま加苅が同意する。ああ見えてあいつ、もう20歳じゃなかったっけ。学年では俺が一個上だけど、数字だけなら同じだ。すっごい違和感。


「さ、二人とも座って。今日は疲れたでしょうから、ご飯食べてお風呂に入ってゆっくりしなさい」

「ロクくんはあたしとお話するんだよ」


「だめよ美凉。ロクちゃんが凄く嫌そうな顔してるわ」


 表情筋を総動員してアピールしたところ、文月さんが助けてくれた。命の恩人だ。


「明日なら時間あるだろ。今日は休ませてくれ」

「しょうがないなぁ」


 心の中でガッツポーズ。

 どうせ加苅の話は『蛇殻祭』というものについての相談だ。聞く分にはいいが、頭を使えと言われると今日は厳しい。


「さ、ご飯にしましょ。いっぱい作ったから、二人ともたくさん食べてね」


 大皿と小鉢に盛られた旅館のような和食を前に、悠羽が小声で聞いてくる。


「これって今日、歓迎会だから多いんだよね」

「いや、毎日この量」


「太っちゃう……」

「そのぶん働こうな」


「うん」


 美味しそうではあるが、むしろそうだからこそ悩みもあるのだろう。

 乙女ってのは難しいもんだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 部屋数といい、食事といい、田舎の感覚は都会とは違うという事はありますよねえ。 美凉さんは年下でしたか。彼は案外年上からもかわいがってもらえるかも。いじりすぎると噛みついてくるかな?/w
[一言] 死ぬほど面白かったです。アニメ化してもおかしくないです。ファンになりました
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