3話 ダウト
「ふっ、こいつ完全に騙されてるな」
悠羽から送られてきたメッセージを見て、勝利を確信する。
朝の仕事に一段落ついた昼の十二時。飯を作ろうと立ち上がって、キッチンで特売のパスタを茹でながら、スマホをチェック。
『サブローさんって、休日はなにをしてるんですか?』
なんて送ってきている。ほうほう、そんなにサブローさんのことが気になるか。
だが残念! それはお前の兄だ!
ふははは! すまんな、写真の中の俺が、お前好みの男になってしまって。
「休日にしてること、か……まあ適当でいいな」
マッチングアプリは初心者だが、ここでどうやって答えるべきかはわかる。
本当のことを言うのはよくない。相手が喜ぶことを言うのだ。たとえ嘘であっても。
女が喜ぶこと、それはオシャレ趣味である。
つまり、ここで俺が返すべきメッセージは、
『お休みの日はカフェでモーニングを食べて、海辺を散歩して、昼は韓国料理店に行き、古着屋さんやスイーツめぐりをして、夜は買った食材で簡単なコース料理を自作します。連休はハイキングやキャンプをしますが、家でごろごろしているのも好きです!』
『ゆうさんはなにをしているんですか?』
よし、これで完璧だな。
◆
「ダウト」
六郎から送られてきたメッセージを見て、悠羽は即断する。
あの男は昔から平気で嘘をつく人間だった。それは保身というか、もっと邪悪な意図によるもの。
相手の自分への好感度を調節するためだったり、自分の思い通りに物事を進めるために。一つの手段として、嘘を使うのだ。
だが、このメッセージは誰がどう見ても嘘だとわかる欠陥品だ。
こんな休日を過ごしている男がいるなら、そいつはきっとマッチングアプリなんてやっていない。既に彼女と幸せな生活を送っているはずだ。
悠羽はため息をついた。
「こんな嘘ついて、虚しくないわけ……?」
兄の見栄っ張りに得も知れぬ悲しさを感じるが、これはまさしく、六郎が騙されている証拠でもあった。引っかけようとしているから、わざわざ怪しい嘘をついているのだろう。
「私の魅力で、おかしくしちゃったのカナ?」
ここにいない兄を煽りながら、上機嫌に返信を打つ。
『私は学校の友達とショッピングしたり、カラオケに行ったりです。カフェとかキャンプ、大人っぽくて憧れます!』
年下という利点を最大限に活かした憧れアピール。
これは我ながら可愛い、と思って送信。
「――ま、友達なんていないんだけどね」
ベンチの上にスマホを置く。
制服の彼女がいる場所は、学校ではない。
人気の無い、住宅街の公園。
◇
「ダウト」
悠羽のメッセージを見て、一発で嘘だと確信する。
夕刊の配達をして、晩ご飯の買い物を終えてからスマホを確認。他の女からの〝いいね”は一件もなく、ただ義理の妹からの返信だけが来ていた。
なるほど、これが人生ってやつか。なかなか厳しいもんだ。
今日も今日とて、乱雑に〝いいね”をばらまいていく。
既に義妹という最悪のカードは引いているので、逆に言えば、これ以降は義妹とマッチングする可能性はない。安心して恋活に集中できていい。なんだこの一周回ったリスク管理。
義務いいねを済ませてから、改めて悠羽のメッセージを確認。
どうせこいつも、可愛い女の子アピールをしているのだろう。血は繋がっていないが、さすがは俺の妹といったところか。なかなかにいい性格をしていやがる。
昔から悠羽は、買い物に興味が無い。服は安物でいいと言うし、他の子が持っているようなオシャレアイテムには目もくれない。カラオケは好きなのかもしれないけど、あいつが好きな歌とか、あんまり想像できないな。
二年も会っていなければ、多少は変わるのだろうか。
「……ん、じゃあショッピングももしかして本当か?」
高校三年にもなれば、ちょっとは女らしくもなるのだろうか。流行とかに敏感になって、SNSに自撮りをあげたりしていたら、それはそれで面白くはあるけど。
どうなんだろう。
実際のところは、よくわからない。
まあいいや、さて、次はなんて返そうか――
っていうかあいつ、返信早いな。
トーク画面を眺めていて思った。こっちからメッセージを送って、30分以内には返信が来ている。対して俺は3、4時間後の返信。
前にちらっと見たサイトでは、こういうリズムは相手に合わせたほうがいいと書いてあった。
じゃあ、30分おきに確認するか?
メッセージの左下にある時間を見て、ここからどうやって騙し続けるかを考えて……
「あいつ…………、もしかして」
嫌な可能性に、気がついた。
◆◇
『学校は楽しいですか?』
『はい。楽しいですよ、とっても』
――ダウト
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