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【書籍化】俺は義妹に嘘をつく  作者: 城野白
3章 嘘つきと蛇の物語
28/140

28話 夏休み



 ――昔あるところに、一組の男女がいた。

 男のほうは平凡な農夫の長男で、女のほうは村長の娘であった。

 彼らはお互いに愛し合っていたが、村長は婿を隣村から連れてくる予定であった。


 身分の違いを自覚した男はある日、女に嘘をついた。

「私は近々、隣村の女性と結婚することになった」

 それだけ言い残して、彼は村から姿を消した。


 女は裏切られたと思い、激しく怒り、憎しみ、妬んだ。やがて彼女の姿は、醜い蛇と成っていた。

 蛇は村人たちを襲い、取り押さえられた挙げ句に洞窟へと幽閉された。


 しばらくして、噂を聞いた男は村に戻ってきた。一連の話を聞くと、男は女の閉じ込められた洞窟へ向かった。


 男は「愛している」と言った。蛇になった女は「信じない」と言った。

 男はそこに座り込むと、翌日も「愛している」と言った。女は「信じない」と言った。


 日が沈み、日が昇り、草花が枯れ、咲き誇り、何年も何年も、男は愛を口にし続けた。

 十年目の春に、女は言った。「愛している」と。

 途端に彼女の体からは鱗が剥がれ、元の美しい姿へと戻っていった。


 村長は男を認め、正式に彼を次の村長にすると宣言した。

 二人は晴れて家族となり、末永く幸せに暮らしたという――







「ただいまー!」


 その日、悠羽は正午を少し過ぎた頃に帰宅した。

 7月も後半に入ってしばらく経ち、無事に終業式を迎えたのである。


 期末テストの結果は上々。赤点を回避することはもちろん、なんとか平均近くに食らいつくことができたのである。約一ヶ月半の不登校があったとは思えないほどの結果に、熊谷先生は「やはり兄妹だな」と頷いていた。


 積極的に質問しに行き、授業にも積極的に参加した。教師の間でも悠羽の家庭事情は共有され、「それならば仕方がない」という空気感にすることができた。

 夏休みから、アルバイト解禁である。


 事情があれば許されるとはいえ、応援されるのとされないのでは心持ちが変わってくる。悠羽を指導した先生たちは、「三条なら両立できるって信じてるぞ」と背中を押してくれた。


 その嬉しい報告もあって、下校中にはずっと鼻歌を歌い、今日の晩ご飯は少し豪華にしようと計画して――元気よく帰宅したのである。


 そんな彼女のハイテンションとは真逆に、リビングで腕組みしている六郎のテンションは低い。眉間に手を当てて、銀行の通帳とスマホを穴が開くほど見つめている。

 悠羽が帰ってきたのに気がついても、目だけで確認して動かない。


「お帰り」

「六郎六郎六郎!」


「おうおうおう、どうした」


 だが、今日の悠羽はハイテンションだ。六郎がどんな反応をしようが、この喜びをぶつけるまでは止まらない。


「アルバイトしていいって!」

「……そんなに嬉しいか?」


「嬉しい! 嬉しすぎ! お祝いしてもいい!?」


 テーブルに手をつき、ぴょんぴょん跳ねながら全身で喜びを表現する悠羽に、六郎は気圧されて体重を背もたれにかける。


「あー……っと、じゃあ今夜は外食でも行くか」

「いいの!?」


「たまにはいいだろ。つっても、大したとこには行けないけど」

「やった! じゃあ、可愛い服に着替えないと」


「どんなモチベーションだよ。ただのファミレスだぞ」

「いいの!」


 首を傾げる六郎を傍目に、悠羽は部屋に戻ってお気に入りの服を手に取る。

 白無地のTシャツに、ベージュのワイドパンツ。肩からバッグを掛ければ、デートにでも行けそうな格好である。


 リビングに戻って、六郎の前に立つ。


「どう? どう?」

「どうって……見たことあるやつじゃん」


「そうじゃなくて、今日はちょっと違うの!」

「なにが」


「気持ちが!」

「わかんねえよ」


 相も変わらず女心に疎い兄に、悠羽は大げさなため息をつく。


「おい、だからモテないんだよって目をするな。言わなきゃいいって問題じゃないんだぞ」

「そういうとこばっか鋭いから、輪を掛けてモテないよね」


「やめろ……っ」


 割と図星だったようで、六郎は腹を押さえて呻く。気づいてほしいことには気づかないくせに、余計なところはちゃんと気がつく自覚はあるらしい。

 まあ、それも含めて彼らしいと言えばそうなのだが。


「昼ご飯まだ食べてないでしょ。作っていいよね」

「頼む。ちょっと今、考え事してるから」


「なに考えてるの?」

「冬のこと」


「まだ夏なのに、もうそんなこと考えてるんだ」

「まあな。いろいろ買い物しなきゃならないからさ」


「そっかぁ」


 難しいことは六郎に任せて、悠羽はキッチンに入る。今日は米が余っているのでチャーハンを作ろうと決めて、洗練された動きで調理を開始する。もはやキッチンは、彼女の縄張りと言っても過言ではない。


 刻んで冷凍しておいたネギをレンジで解凍し、油で熱したフライパンに米と一緒に投入。よく火を通したら鶏ガラスープの素で味付けして、最後に卵を加えてよく混ぜる。

 パラパラにはならないが、しっとりした優しい味のチャーハンが出来上がる。六郎も悠羽も、店の塩辛いチャーハンよりこっちの方がいいと思っている。


 皿によそって盛っていくと、六郎は通帳とスマホを横に置いて「美味そう」と呟く。反射的にこぼれるその反応を見るのが、最近の悠羽の楽しみになっていた。


 いただきますをして食べ始め、そこで悠羽は今後の予定について尋ねる。


「出発って、明後日だよね」

「そうだな。忘れ物があっても取りに帰れないから、ちゃんと準備しとけよ」


「はーい」


 この話をしている間、悠羽はずっとウキウキしていた。今日は嬉しいこともあったし、笑顔は大満開。ひまわりのようにご機嫌だ。


 二人はこの夏を、女蛇村という山奥にある村で過ごす予定だ。

 そこはかつて六郎が住み込みで働いた場所であり、加苅美凉という少女が住んでいる場所である。


 この間受けていた仕事から発展して、また長期間のアルバイトをすることになったのだ。


「……そんなに嬉しいか? ただの仕事だぞ」

「六郎と旅行できるなんて思ってなかったから、ずーっと楽しみにしてた」


「いやだから、仕事なんだって」

「こういうの、リゾートバイトって言うんでしょ」


「わりとマジでただの田舎だぞ」

「星の綺麗な場所で一夏なんて、夢みたい」


「まあ、星は綺麗だけど……」


 大量の虫と格闘する日々が待っている、とは言えない六郎であった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点]  リゾートバイト‥‥‥うっ頭が‥‥‥。 [一言]  ここから若干ホラーとかミステリアス風味になるのだろうか?  まあ六郎と悠羽のイチャイチャが見られれば良いか。
[一言] バイトと言っても、同行していく先のそれが、バイトなのかな。夏休み行ったっきりなら、他のバイトはできないだろうし。 彼は力仕事(?)でもIT仕事でも出来るだろうけれど、義妹には何をさせるのだ…
[良い点] タイトルで敬遠しなくてよかった、いい作品や。
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