25話 嘘つきの君へ、とびきりの本当を
「三条くんはさ、性格が悪いから嫌われるんじゃないよね。嫌われるから、性格が悪いように振る舞ってるんだよね」
大して話したことのないクラスメイトに、いきなりそんなことを言われたら、誰だっていい気分はしない。ましてそれが、図星ともなればなおさらだ。
「なんだ、お前」
高校二年の夏休みが終わり、文化祭間際の九月。
その準備で永遠に資材運搬をしていたときに、彼女は話しかけてきた。
くりっとした目とボブカット、細いシルエットの中で、目を引く膨らんだ胸。
小牧寧音に話しかけられて、あれほど不機嫌な返答をしたのはきっと俺だけだ。他の男なら、どれだけ不幸のただ中にいようと、彼女の前では笑顔を取り繕っただろう。
けれど、俺はしなかった。他の馬鹿なガキどもに向けるのと同じ目で、クラス一だか学年一だか、あるいは学校一かもわからない女をにらんだ。
「私は君に、興味があります」
小牧は一切気にするそぶりを見せずに、続けた。
「ねえ、友達になってくれないかな」
「断る」
なんとなく、その時に嫌な予感はしていた。
――こいつは危険だ。
懐に入れれば、きっとこの女は俺の全てを暴くだろう。この身を守るために積み上げてきた嘘を、薄汚れたクズの内面を。
だから遠ざけることにした。
その日から、彼女との戦いは始まった。
まずは文化祭期間中。準備の時間はもちろん、本番から片付けに至るまで、気がつけば小牧は横にいた。俺一人の時は「どっかいけ」とあしらえばよかったのだが、圭次がいるときはそうもいかない。
「おいサブ! 小牧さんを無碍にするとは何事だ! 死んでわびろ!」
などとうるさいのである。それに便乗して小牧も、
「そうだよ。あんまり冷たくされると、私だって泣かされたって先生に相談しないといけなくなるんだからね」
とか言い出して追い払えなかった。
不本意なことに、その年の文化祭で撮られた写真には俺と小牧のツーショットが何枚かあった。
閉会式で流されたスライドショーでその様子が全校に知れ渡ると、それまで楽しそうにしていた男子生徒達が一斉に崩れ落ちていった。
「俺の文化祭が……ッ」
「脳が破壊される……」
「もうやだこんな人生……」
さめざめと泣く彼らの姿を見て、性格最悪な俺は、もちろんそれを笑顔で見ていた。人が絶望する姿を見ると、心が晴れ晴れする。
そしてその隙を、小牧は逃さなかった。
「どう? 私と一緒にいるのも、悪くないでしょ」
「そうかもしれないな」
あいつは、俺の性格が終わっていることも知っていた。その上でまだ友達になるのを諦めていないみたいで、おまけに俺のことを優しいと評価している。悪鬼羅刹しかいない修羅の国で育ったのだろうか、とわりと本気で心配したものだ。
文化祭が終わってからも、ゆるゆると不思議な関係は続いた。
さすがにずっと横にいたわけではないが、ふとした瞬間に横に来ては、軽く話をする程度にはなっていった。気がつけば、圭次がいなくとも二人でいるくらいには、心を許していた。
ボブと巨乳が嫌いな男は存在しないので(誇大表現)、初期の不信感が消えてからは悪い気はしなかった。
小牧は本当に長い時間をかけてくれた。
最初の方はひたすらに俺を呪い殺そうとしていた圭次ですら、途中からは「もう好きにしろよお前ら」みたいな顔を始めるくらいには。
クリスマスを素通りして、新年になって、二年生の終わりになって、関係性の変化は訪れる。
終業式のあと、非常階段に呼び出されて告白されたのだ。
「好きだよ。付き合って」
「断る」
当時の俺は、既に小牧寧音に惚れていた。向こうもきっと、気がついていた。
両想いなのは二月頃から薄々気がついていて、それでも恋人になりたいとは思わなかった。むしろ逆だった。
好きになればなるほど、俺は彼女を遠ざけたくなっていた。
きっとその葛藤ですら、小牧は予測していたのだろう。驚いた様子も、傷ついた様子もなく、静かに頷いて、
「わかった。じゃあ、勝負しようよ、六郎くん」
「勝負?」
「私を好きになったら、君の負け。私が君を嫌いになったら、君の勝ち。
そういう勝負は、得意でしょ?」
アホらしくて言葉が出なかった。だって、その勝負なら俺は既に負けている。
返答を待たずに、小牧は続けた。
「嘘つきの君に教えてあげる。この世界には、どんなことがあっても君を嫌いにならない人がいるってこと。私の気持ちが、本当に本当だってこと」
「そんなことはわかってる。わかってるんだよ、そんなことは……」
空を仰いで言った。不思議なことにこの女は、俺がなにをしても嫌いになる姿を想像できなかった。――俺が小牧に嫌われるようなことをするのも、想像したくなかった。
手を組んで下を向く。
「俺はお前に、なにもしてやれない」
「頼んでないよ、そんなこと」
「誕生日だって、ろくに祝ってやれなかった」
「おめでとうって言ってくれたじゃん」
「デートだってどこにも行けないんだぞ。他の女がカフェ行ったり、プリクラ撮ったり、遊園地で風船持ってる間、お前はどこにもいけないんだ。俺と付き合うってのは、そういうことなんだよ」
「今だけだよ、そんなの」
なんてことはないと、俺の全てを彼女は笑い飛ばした。
先の見えない真っ暗な闇を、全て吹き飛ばすように。力強く。
「いつかきっと、行けるようになるよ。カフェだってプリクラだって、遊園地だって。その時にとっておこうよ」
「いつかって、いつだよ」
「いつかはいつかだよ。必ず来る、未来の話」
「その時まで、お前は一緒にいてくれるのか」
「もちろん」
「……そっか。わかった、俺の負けだ」
心から信じられる人なんて、俺には悠羽しかいなかった。信じたいと思った人も、信じられたいと思った人も。
彼女が二人目だった。
なにもかもを嘘で塗り固め、人を寄せ付けないようにしていた俺に手を伸ばして、掴んでくれたのは。信頼に足るだけの時間を、想いを、小牧は俺にくれた。
「俺からも、好きです。付き合ってください」
「うん。よろしくね」
こうなることは、最初からわかっていた。そんなふうに、彼女は笑っていた。
◇
「はぁ……なにやってんだ、俺」
思い出に浸っているうちに、日が傾き始めていた。グラスの縁は乾ききって、店内も閑散としている。
バッグを持って立ち上がり、グラスを片付けて店を出た。
結局俺は、付き合っている間に一度だってあいつとカフェに行かなかった。
今日になって、当たり前のようにカフェで集合して。400円するアイスコーヒーを飲みながら、話ができるようになって――
やっと来た未来に、小牧は隣にいない。
センチメンタルな気分になるのも、馬鹿みたいだ。二年経った。傷ならとうに塞がっている。
あとで圭次のアホに電話でもしよう。どうせあいつのことだ、今だって奈子さんの話がしたいに決まっている。あのうざい声を耳にすれば、どんな感情だって吹き飛んでしまうだろう。
少なくとも、悠羽の前でこんな顔を見せるわけにはいかない。
人に好かれたいなんて思ったことがないから、笑う演技は苦手だ。




