表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】俺は義妹に嘘をつく  作者: 城野白
2章 泥まみれの希望
23/140

23話 盲目と慧眼


 ――勝負しようよ、六郎くん。

 ――私を好きになったら、君の負け。私が君を嫌いになったら、君の勝ち。

 ――そういう勝負は、得意でしょ?




 小牧寧音とは、高校二年で初めて同じクラスになった。

 入学当初から可愛いと有名で、一年の頃はバスケ部の先輩と付き合っていたらしい。だが、先輩が卒業するのを機に別れた。


 彼女がフリーになったと聞いて、学校中の男子はほぼ全員がそわそわしたという。


 当時の俺はといえば、義父との軋轢にいよいよ生命の危機を感じていた。学生生活を謳歌する精神的余裕はなく、そのせいで周囲の生徒からは〝浮いた”存在になっていた。


 こっちは命が懸かっているから勉強しているのに、ただファッションで好成績を目指すやつらに目の敵にされる。

 少しこければ嘲笑われ、勝てば裏で陰口をたたかれる。進学校において、成績の上位争いには面倒な人間関係が絡みがちだ。


 ……お前らなんて、勉強しなくたって生きられるくせに。

 ……塾に行って、バカみたいに金捨ててんのに俺と張り合ってんのかよ。


 そんなことを、常に思っていた。

 心は常に荒れ果てていた。


 そもそも、高校に進学できるかすら怪しかったのだ。

 中学三年で一気に成績を上げて、「こんなに頭がいいんだから、それを活かさないともったいない」と周囲の大人に言わせることで親を頷かせた。


 全部、勝ち取らねば得られなかった。

 人の協力は、騙さねば得られなかった。


 熊谷先生に英語を教えてもらうようになったのだって、始まりは嘘からだ。


「一番わかりやすいの、熊谷先生なんですよね。この間、代わりにうちのクラスで授業やってくれたじゃないですか。あの時にそう思ったんです」


 当時の俺は、一度も熊谷先生の授業を受けたことがなかった。

 彼が代わりに授業をしたのは、俺のいないクラスだ。熊谷先生の担当は、別の学年だったのでバレないと踏んで嘘をついた。


 だから当然、『一番わかりやすい』という部分も嘘になる。


 英語教師で一番暇そうで、生徒を大切にしていそうな人だったからターゲットにしただけ。利用できそうだから、俺は熊谷先生に近づいた。

 恩師との出会いですらそれだ。


 俺にとって嘘は薬で、真実は身を滅ぼす毒だった。生き続けるには、薬を飲み続けるしかなかった。


「先生の前でだけいい顔して、うぜーやつ」


 廊下ですれ違いざまに、昼休みの教室で聞こえよがしに、そんなことを言われたりもした。腹が立ったから、そいつらの黒歴史を調べ上げて晒してやった。

 女子に気色の悪いラインを送っていたり、飲酒をSNSに載せていたり、探せばいくらでもボロがでた。


 そういうことを繰り返していたら、いつの間にか周りには圭次しかいなくなっていた。


 そんな日々の中で、小牧寧音との出会いは唐突に起こった。







「お待たせー」


 トレーにクリームをたっぷり使った飲み物を載せて、目的の人物はやってきた。

 適度に色の抜けたジーパンに、白い半袖のブラウス。緩いウェーブのかかった髪は肩の下まであって、ただでさえ綺麗だった顔は化粧によってさらに整えられている。愛すべき巨乳は健在。椅子に座ろうとかがんだときの圧がとんでもない。


 おいおい……あそこからまだレベルアップするのかよ。


 高三の終わりに別れた彼女は、すべてにおいて当時を凌駕していた。

 別れた男に後悔させてやるんだ、と言わんばかりに――ってのは自意識過剰だとは思うが。そう。軽く後悔するぐらいには、綺麗になっていた。


「久しぶりだな」

「そうだねー。卒業してから、六郎くんの情報ぱったり途絶えちゃったから」


 飲み物を手に取ると、ストローで一口。ちらっと外を眺める所作すら、妙に様になる。写真に撮ったら、雑誌の表紙になりそうだ。

 ストローから口を離して、小牧が口を開く。


「元気してた?」

「それなりに。そっちは」


「毎日充実してるよ」

「そうか」


 こうして対面する彼女は、以前にも増して陽の気が強くなっていた。きっと今でも、人前に出たり、誰かのことを思って生きているのだろう。

 大人になったら、社会のためになることがしたい。

 というのは、ほとんど彼女の口癖だった。


「悠羽ちゃんとの生活はどう。変なことしてない?」

「あー……お前は知ってるのか」


 このタイミングで呼ばれたから覚悟はしていたが、バレちまっているらしい。

 隠したからなんだってものではあるが、小牧は俺と悠羽の血が繋がっていないことを知っている。兄妹で暮らしていると言っても、普通の人とは受ける意味合いが変わるだろう。


「六郎くんはスケベだからね」

「花の女子大生が昼間っからスケベとか言うなよ」


「エッチだから」

「それもなかなか怪しいんだがな」


「じゃあ、なんて言えばいいんですかぁ」

「そういう話題を避けろって言ってるんだよ」


「ちぇ、つまんないの。だったら夜にすればよかった」

「夜はだめだ。悠羽を留守番させるわけにはいかん」


「なんか六郎くん、シスコンが悪化してるね。昔もけっこう重症だったけど、もう末期って感じがする」

「ほっとけ」


 アイスコーヒーの氷が溶けて、グラスの中でからんと音を鳴らす。

 プラスチック容器のドリンクを持って、小牧は薄い笑みを浮かべる。


「結局私は、悠羽ちゃんには勝てなかった」

「しらふで意味のわからないことを言うな」


 うざったくて払い落とそうとするが、彼女はこの話題をやめる気がないらしい。目をじっと見てきて、居心地が悪い。


「六郎くんは、どうして私のことが好きだったか覚えてる?」

「なんで別れて二年して、今さらそんな話をしなきゃいけないんだ。……まさか、ヨリを戻したいって話でもないだろ」


「うん。ただの興味」

「お前の興味は怖いんだよ」


 くりっとした小牧の目は、初めてちゃんと会話したあの日となにも変わっていなかった。


 小牧寧音は見た目が良く、性格が良く、彼女にするのにこの上ない相手だった。

 だが、それだけなら俺はそもそも近づけていない。当時の俺は、今ほどエチエチガールに対してフレンドリーではなかったから。


 彼女は、頭のいい女だった。



 ――三条くんはさ、性格が悪いから嫌われるんじゃないよね。嫌われるから、性格が悪いように振る舞ってるんだよね。



 核心を突かれるとは、ああいうことを言うのだろう。


 生まれて初めて、こいつには勝てないと心の底から思った相手。

 それが俺の、初恋の相手――小牧寧音だ。


続きが気になる、面白い!

と思った方はブックマーク、☆評価などで応援してくださると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 確かに、とても強そうな元カノ。さらに強くなって。 隣に立ち続けるのはとても大変かもしれない。 義妹とのやり取りを見ると、想いが全く残っていないというわけではなさそうだけれど。
[良い点] キャラ設定も魅力的で、ストーリーも背景も丁寧で今日のお昼から読み始めましたが、一気に読み切ってしまいました。もっとこの作品を読みたい、更に評価されて欲しいと本気で思っています。素敵な作品を…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ