表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】俺は義妹に嘘をつく  作者: 城野白
1章 クズと義妹とマッチングアプリ
14/140

14話 完全(に俺は悪くない)犯罪

「まさか大雨に感謝する日が来るとはな」

「絶好の誘拐びよりだぜ」


 車から降りて傘を差し、俺の実家に当たるマンションを見上げる。

 誘拐びよりなんて物騒なことを言うのは、新田圭次。


 用意した車は二台。俺が運転してきたレンタカーと、圭次の車だ。

 俺たち二人から少し遅れて、圭次の車から女性が降りてくる。なんだかんだ仲直りに成功した、彼女の荒川奈子さん。


 喧嘩の理由を聞いたら、アダルトビデオの履歴がバレてドン引きされた。とのことだったので、俺にはなにも言えなかった。結局、「奈子ちゃんが一番エロい」とか言って解決したらしい。なんで解決したの?


 その奈子さんは、すっと圭次の傘の中に入る。


「うふふ。私、こういう悪いことに、ちょっと憧れてたんです」

「奈子ちゃんって、意外とアグレッシブだよね。そういうとこも魅力的だよ」


「もうっ、圭次さんったら」


 今日もほんわかして可愛らしい。あのカスの彼女にしておくにはもったいない人だ。

 つーか隣でいちゃつかないでくれ。ライフがえげつない速度で減る。もう既にスペランカーくらいの体力しかない。


 ポケットに手を入れる。固い手触り。二年間出番はなかったが、持っててよかった家の鍵。

 こういうのを回収しないから、クズに悪用されるんだって教えてやらなきゃな。


「行こうか。さっさと終わらせて、飯でも行こう」

「サブの奢りか?」


「いや、普通に圭次の奢りで豪遊」

「殺す気かよ!」


「ケイジ、豪遊!」

「賭博黙示録すんじゃねえ!」


 少し後ろで上品に笑う奈子さんと三人で、マンションに入っていく。オートロックもなんのその。いとも容易くターゲットの家にたどり着く。


 鍵を開けて、中に入る。玄関のところに、悠羽は立っていた。動きやすいよう、ジャージを着るように伝えてある。学校指定の、上下長袖。ちょっと懐かしい。


「おはようございます」


 ぺこっと頭を下げると、片手をあげて圭次が応じる。


「久しぶり、悠羽ちゃん。俺のこと覚えてる?」

「新田さんですよね。兄の唯一の友達の」


「おい悠羽、流れるように俺を傷つけるな」


 抗議する俺を無視して、圭次は鷹揚に頷く。


「大親友と言えば聞こえはいいが、そもそもサブには俺しか友達がいないからな」

「……まあそうだな。他に選択肢がないから、取りあえず親友って呼んでやってるだけだ。いつでも降格させる準備はある。友達があと三人できたら、お前は晴れて他人だ」


「そんなこと言うなよぉ。俺が悪かったって」


 突き放そうとすると、情けない声を出す圭次。こいつ、彼女の前だから格好つけようって意識はないのかな。

 男二人が言い合いをしている横から、すっと奈子さんが前に出る。


「はじめまして。圭次さんとお付き合いしている、荒川奈子です」

「あ、はじめまして。六郎の妹の、三条悠羽です」


「悠羽ちゃんと呼んでもいいですか?」

「はい。ええっと、奈子さんでいいですか?」


「ええ。お好きなように」


 二人はお互い少し戸惑ったように、けれど同性がいることに安心しているようでもあった。打ち解けるまでに、それほど時間はかからないだろう。


「どうしよう六郎、まだあんまり準備できてない」

「仕方ない。あいつらに勘づかれたくないから、連絡も直前にしたんだしな。とはいえ、俺と圭次が部屋に入るのは嫌だろうから……奈子さん、手伝ってあげてくれないかな」


「もちろんです。そのために昨日、徹夜でレポートを終わらせてきたんですもの」

「女神か?」


 ふんわりした顔で力こぶを作る奈子さん。ほんまに圭次の彼女でええんか? もっとええ男ならぎょうさんおるで、の心になる。


「悠羽ちゃん、お部屋に入ってもよろしいですか?」

「はい。お願いします」


 女性組は荷物の整理をするために部屋に入っていく。


「んで、俺らはどうするよ。サブ吉くん」

「段ボールが俺の部屋にあるはずだから。それを出して、準備ができたものから下に運ぶぞ」


「アイアイサー」


 悠羽の部屋のすぐ隣にある、元俺の部屋。どうせ今は物置になっているんだろうなと思いながら、ドアを開ける。

 嗅いだことのない匂いが、鼻を刺激した。ねっとりと甘い、香水の匂い。


 部屋は思ったより整頓されていた。ベッドと勉強机、本棚の配置は昔と変わっていない。ただ、そこにある物は全体的に女物らしくなっている。


「この部屋、今は母親が使ってるのか」

「ま、離婚の話が出てるのに同じ部屋で寝るわけねーよな」


「確かに」


 圭次には、うちの事情を話してある。といっても、離婚がどうのという部分だけで、血縁関係には触れていない。俺と悠羽が本当の兄妹じゃないとわかったら、なにを言われるかわからないからな。

 脳の九割がエロに侵食されている圭次 (診断メーカーしらべ)は、義理の兄妹というワードが大好きなのだ。


「んで、段ボールはどこだ」

「クローゼットの上にぶち込んどいたはず。引っ越しで使わなかったやつ。母親じゃ手が届かないから、残ってるんじゃないか」


「おけい」


 開けっぱなしのクローゼットを確認する圭次。すぐに「おっ、あるある」と声が消える。

 その間、俺は部屋を軽く見て回る。


「なにやってんだ、サブ」

「探偵ごっこ。悪いけど、先にちょっと運んでてもらえるか?」


「うい。任せな」


 圭次がいなくなった部屋で、やっと俺も全力を出せる。まずは机の調査だ。すべての引き出しを開けて、中身をチェック。ベッドの布団をどかして、シーツを剥がして、ここにもない。


 俺の知識と直感が正しければ、見つかるはずなんですよねえ。

 この先の行動で強力なカードになる〝証拠”ってやつが。


 気合いを入れて、部屋中を徹底的に調査する。知らない人の家でやったら、立派な犯罪行為だ。だが、今回はそうじゃない。


「残念ながら俺は『家族』だから。罪には問われないんだよなぁ」


 暗くて湿度の高い笑いが漏れた。

 仮に母親が通報したところで、家族の中でのもめ事としてあしらわれるだろう。あいつらは俺を追い出しこそしたが、縁を完全に切ったわけじゃない。


 その詰めの甘さが、命取りになるとも知らずに。


「みーつけた」


 一つ見つけたら、ざくざくでてきた。まるで宝の山だ。その中から、小さくてバレにくそうなものを一つ拝借。残りは、この部屋だとわかるように写真を撮る。

 これだけのものがあれば、あの二人を不幸にするには十分だ。


 人の不幸は蜜の味。それが嫌いな人間ともなれば格別だ。


 清々しい気分で部屋を出ようとして、ふと、入り口近くに置いてある写真に気がついた。

 小さな写真立てに入っているそれには、三人映っている。


 真ん中にいるのは、今よりだいぶ若い母親で、その両側に抱きかかえられているのは、俺と悠羽。満面の笑みが三つ。

 これは確か、家族四人で遊園地に行ったときに撮ったものだ。悠羽の手には、水色の風船が握られている。


「……だからなんだよ」


 奥歯を強く噛みしめた。

 今更、幸福な記憶なんて思い出したくもない。






 父親が使っているだろう主寝室も調べてみたら、そっちからも胸くそ悪い物がでてきた。ゴミ箱の中身も確認して、写真を撮ってからリビングに行く。


 その頃には、悠羽の片付けもだいぶ進んでいた。

 出ていくとはいっても、引っ越しとは少し違う。大きい家具は持って行けないので、それほど大変な作業ではないのだ。一時間くらいで、必要なものはあらかた整理できたらしい。


「六郎はなにやってたの?」

「空き巣」


「え?」

「金目の物があったら持ってこうと思ったけど、なんもなくてがっかりだ」


「悠羽ちゃん、こいつ嘘ついてるってわかるでしょ」


 ぽんと圭次が肩を叩いてくる。余計な真似を。


「お前は知らなくていい。いつも通り、ろくでもないことだから」


 訝しげにする悠羽に、答えないぞと視線で伝える。

 不承不承ながら彼女は頷くと、


「これが最後の段ボール」


 と言って、さほど大きくないものを指さした。

 玄関に置いてあるぶんも確認する。あとは四人で一回降りれば、余裕で運び出せる量だ。


「圭次と奈子さんは、先に降りててくれるか? すぐに俺たちも行くから」


 頷いて、二人はすぐに家から出ていった。本当に、後でなにかお礼をしないといけない。圭次は肉でいいとして、奈子さんはなにがいいんだろうか。


「私はなにかやることあるの?」

「俺と一緒にいるって書いてほしいんだ。それがないと、警察が動くかもしれん」


「わかった」


 メモ帳を一枚破って、ボールペンと一緒に渡す。

 リビングの机で、さらさらと悠羽が手を動かす。


『六郎と一緒にいます』


「これでいいの?」

「おう」


 ボールペンを受け取って、その下に俺の電話番号を書き加える。これでやることは全部やった。


 目立つ場所に置いて、家を出る。鍵を閉めるのは忘れずに。俺以外の悪人が入ると困るのでね。

 外はまだ強い雨が降っていた。空はどんよりと暗い。真っ昼間だというのに、街灯は煌々と光っている。


 エレベーターで下に降りて、抱えた荷物を車に詰め込む。

 圭次に合図して、車に乗り込む。エンジンを入れて出発すると、後ろに圭次たちの車が追従する。


 一つ目の信号に捕まったところで、悠羽が口を開いた。


「六郎は、いろんなことを隠してるよね」

「まさか。俺ほどオープンな人間もそういないだろ」


「でも、全部私のためだってわかってるから」


 完全に無視されてしまった。酷い扱いだ。

 仕方なく口を閉じて、ハンドルに体重を掛ける。まだ信号は変わらない。大通りに侵入するから、赤の時間が長いのだ。


「いつか、もういいかなって思ったら……教えてよ。そうじゃないと、私はちゃんとお礼が言えないから」

「礼なんかいらない。俺が勝手にやってるだけだ」


「それを決めるのは、私でしょ」

「…………」


 まったくもってその通りだ。

 信号が青になる。ブレーキから足を離して、アクセルを踏む。


 いつか俺は、悠羽に伝えるのだろうか。彼女と自分が、血の繋がらない兄妹であることを。彼女が――であることを。


「わかったよ。考えとく」


 こんなに強い雨の中では、先のことなど見通せない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 別にAVぐらいいいじゃない、っていうのは思う。 妹は知らないのか。それでは理由も判らないままに距離を置かれたのだな。色々と思う所は有って不思議じゃないけれど。 いずれ告げた時にどうなるか。…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ