4話 キューピット
悠羽と合流した翌日から二日間、俺たちは一泊二日の旅に出た。
お互いの近況は伝え合っているから、会話の内容はいつもと変わらない。ハンドルを握った俺の隣で、悠羽が活き活きと口を開く。
「美凉さんと利一さんって、いつ結婚するのかな」
「さあな。利一さんは相当な堅物だから、ずるずる遅れていきそうだけど」
女蛇村の二人は、紆余曲折あった末に正式に付き合うことになった。あの夏にいい雰囲気になってから一年後。去年のクリスマスに、利一さんから伝えたらしい。
そのときの加苅の喜びようときたら。太平洋を泳ぎ切って、アメリカまで伝えに来そうな勢いだった。「ロクくんのいる西海岸なら近いよね!」とか言っててマジで怖かった。ニューヨークに引っ越すか検討したもんな。
利一さんの名誉のために加えておくと、主な原因は加苅が大学と起業で忙しかったかららしい。あの人は堅物だが、意気地無しではない。覚悟を決めて実行する人だ。
「美凉さん、最近すごく結婚したそうなんだよね」
「あいつはずっと結婚したそうだろ」
「輪をかけて」
「利一さんの胃に穴開くんじゃないか?」
加苅美凉とかいうバイタリティお化けの全力求婚。並みの男なら根負けして即日入籍してしまうところだが、そこは理性の人、大高利一。石橋を叩きながら、加苅の猛攻を受けることを選ぶ男だ。ストレスで倒れないことを願う。
「でも利一さんも、まんざらでもなさそうだよ」
「まんざらでもなくなっちゃったかー」
「いつ頃結婚するのかな、あの二人は」
「どうだろうな。……入籍くらいは一年以内にしそうだけど、でも、挙式とか一緒に暮らすとかは、加苅の会社が落ち着いてからじゃないか」
「ロクペディアだね」
「あることないこと書き込んでるからな」
悠羽にしか使えない辞書は、俺の偏見でできています。閲覧される方は、嘘で塗り固められていることをご了承ください。
「六郎はさ、いつか日本に戻ってくるんだよね」
「戻るよ。アメリカは面白いけど、住むのは難しいから」
「いつ頃になりそう?」
「いつまでなら待てる?」
「私が聞いてるんだけど」
甘えたことを聞いたら、咎められてしまった。悠羽は相変わらず、俺に手厳しい。
車線変更して前の車を追い越す。走行車線に戻ったところで、決意が固まった。
「四年後がいいかなと思ってる」
「どうして?」
「うちの会社が日本に進出しようとしてるみたいでさ。そのメンバーにならないかって、社長に言われてるんだ。今の環境で学べることは多いし、それまでは向こうで働きたい」
「うん。いいよ」
曇りのない表情で、悠羽は頷いてくれる。なんの迷いもなく待っていてくれる。嘘つきだった俺を、信頼し続けてくれる。その強さに、何度も救われてきた。
「帰ってきたら結婚しような」
「もうしてるんですけど」
「式を挙げよう」
「盛大に?」
「俺側はあんまり呼べる人いないから、頼むぞ」
「アメリカから呼びなよ」
「じゃ、ハワイで挙げるか」
「来る人の負担がすごいよ!」
頬を膨らませて反論する悠羽に、肩をすくめて冗談だと示す。
「日本だよね! そうだよね! 文月さんも呼ぶんだから、遠いところはだめだよ!」
「わかってるよ」
文月さんが来てくれるというなら、日本は確定だろう。これが圭次ならブラジルまで来させるのだが。
そうなると、ダニーを初めとする愉快な外国人ズを呼ぶことになるわけだが。
「日本に来てくれそうなやつは……けっこういるなぁ」
社長が日本人なだけあって親日家は多いし、鬼のようにフッ軽なやつらが集まっている。陽キャ過ぎて時々怖くなる。
「でも、六郎の友人代表は圭次さんでしょ」
「残念ながら。悠羽は?」
「悩むけど、美凉さんにお願いすると思う」
「圭次と加苅か。……マジで?」
急に不安になってきた。やっぱり式は少人数で決行するべきかもしれない。
「友人代表で思い出したんだけど」
嫌な予感がした。俺を見る悠羽は、底なしに明るい表情をしていた。
「スピーチ、もう出来上がった?」
「うっ……」
自分の苦い顔がルームミラーで見える。運転中だと気を引き締め、ハンドルに力を込める。
スピーチ。その依頼が来たときは、二つ返事で引き受けたのだが。いざ本番が近づいてくると不安で押しつぶされそうになる。
高校時代の恩師と、元バイト先の恩人。二人の結婚式でするスピーチ。
振り返れば、二人が出会ったのも俺と悠羽がいたからで、つまりキューピットというわけで。俺がキューピット? 悪魔の間違いでは?
まあそういうわけで、大役を任されたのだ。
「……いちおう、考えてはある」
俺の様子が意外だったのか、悠羽は心配そうに声を小さくした。
「が、頑張って」