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【書籍化】俺は義妹に嘘をつく  作者: 城野白
Ex 造花のような日々を笑って
137/140

3話 Absence makes the heart grow fonder.

 ホテルに併設されているカフェは、小洒落ていて客の年齢層が高い。学生のグループがいないおかげで、休日であっても落ち着いて作業ができる。


 重たい頭をカフェインで刺激して、抱えている仕事を片付けていく。時差ボケは軽い方だが、それでも移動の疲労は大きい。熊谷先生と会ったところで緊張も緩んで、今はだいぶグダグダモードだ。そんな状態でも、仕事は仕事。最高の成果を上げ続けるのが義務。


 自分でも呆れるほどの仕事好きだ。寝ても覚めても仕事仕事。休みの日には勉強会。付き合いで飲みに行ったりも嫌いじゃない。


 いきなり異国で営業職にされたときは驚いたが、結果を見れば最善だった。おかげで英語の勉強にも身が入ったし、交友関係を広げる動機にもなった。高校時代からは考えられないほど、今の俺には友人が多い。


 変わった。

 俺が変わった。状況が変わった。環境が変わった。

 結果として、笑ってしまうほど充実した日々を送っている。


 カップを持ち上げて、作製した資料を確認。問題なし。コーヒーを飲み干す。メールに添付して送れば、今日の仕事は終わりだ。パソコンをしまって、荷物をまとめる。


 会計を済ませて部屋に荷物を置き、ショルダーバッグにスマホと財布だけ入れて外に出る。駅までは徒歩で三分。信号待ちをしていると、電車が到着するのが見えた。目当ての電車だ。といっても乗るわけではないので、ゆったりと進んでいく。


 改札から溢れてくる人。少し離れたところに立つ。

 人混みの中に、ほんの一瞬だけ見えた横顔。


「……いた」


 小さく呟いてしまって、口元が緩む。嬉しいような、悔しいような、不思議な気分だ。

 どんな場所にいたって、俺は必ず悠羽を見つけられる。世界の誰より早く、彼女の元へたどり着ける。そんなことが、どうしようもなく嬉しくて。その一方で、いつになっても心を奪われたままなのが悔しくて。


 むず痒さに、数秒だけ目を閉じる。

 顔を上げると、既に彼女も俺を見つけていた。キャリーバッグを引っ張って、一直線に向かってくる。


 どんな言葉をかけよう。考えているうちに、声の届く距離。

 久しぶりに、はっきりと顔を見る。よく手入れされた綺麗な髪は高校時代よりも長く、覚えた化粧はいっそう彼女の魅力を際立たせている。


「……」

「久しぶり」


 普通に見蕩れていたら、普通に挨拶されてしまった。気の利いたことを言うのは諦めて、ポケットから手を出す。


「疲れてないか?」

「へーき。さっき紗良さんと会ってきた。六郎は昨日、熊谷先生と会ったんだっけ」


「ああ。元気そうだったよ」


 右手でキャリーバッグを受け取り、左手で悠羽の右手を掴む。


「ホテルはこの近くな。荷物置いて、ゆっくりしてから飯食いに行こう」

「エスコート上手だね」


「社会人だからなー」

「関係ある?」


「あるだろ。引きこもりのフリーターだった頃とはわけが違う」


 会社に入って、人と働くようになった。おのずと気を回す癖がついて、相手の求めていることを予測するようになった。観察は昔からの習慣だが、それをいい方向に使うようになったのは悠羽と再会してからだった。


 握った手のその先で、俺は変わった。


「悠羽も雰囲気変わったな」

「そう? そうかなっ」


「……いや、気のせいだったかもしれん」

「気のせい!?」


「見た目は、大人っぽくなったな」

「ちゃんと中身も変わってるし!」


 雰囲気まで大人っぽくなったかと思えば、反応は以前のままだ。嬉しそうににこにこして、心なし歩みが早くなる。素直な感情表現は、いつになっても眩しい。


 ゆっくりと息を吸う。


「悠羽」

「なーに?」


 やっぱりこの言葉は、彼女に向けて言うのがしっくりくる。


「ただいま」


 目を細めた少女が、一拍の間を置いて答えてくれる。大事そうに、そっと。


「おかえり」


 やっと今、帰ってきた。

22日発売です!

解像度上がるようにしっかり手を加えたので、ぜひお買い求めください!

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です。電子ですけれど、ぽちっておきました。 一応の結までで4冊分程度でしょうか。やはり本にするからには区切りまで行ってほしいですね。 サブタイの慣用句は、実は知りませんでした。…
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