124話 なにを願う?
賽銭箱に続く道は行列で、進む速さもゆっくりだ。時間も遅いので眠気もあり、俺たちは適当な会話をして時間を潰した。
アメリカの飯はどうなんだろとか、大学の研究室がどうとか、そんな話をしている間に自分たちの番が回ってくる。
五円玉を入れて鈴を鳴らし、作法に則って頭を下げ、手を鳴らし、最後に拝む。
そのまま流れでおみくじを引くことに。
「こういうのって、ちょっと緊張するよね」
「そうか?」
手に持ったおみくじを開けずに持っている悠羽の前で、さっさと開封する俺。さて、今年の運勢はどんなもんかね。
「お、末吉だ」
「わっ。えっと……それってどうなの?」
ざっと全体を眺めるが、特にたいしたことは書いていない。上手い具合に頑張れ、って感じか。
「まあいいんじゃね。悪いことは書いてないし」
「恋愛はなんて書いてある?」
のぞき込んでくる悠羽に見えないよう、さっとおみくじを隠す。素早くたたんでポケットの中に。
「え――変なこと書いてあった?」
「いや別に。いいからお前の開けてみろよ」
「待って!? 絶対ダメなこと書いてあったでしょ」
「書いてねえって。心配しないでいいってさ」
必死になる悠羽に、つい面白くなって口元が緩んでしまう。はてさて、本当はなにが書いてあるのかね。正解は闇に葬ってしまおうか。
むずむずする悠羽に、もう一度自分のを見るよう促す。
「ほら、開けないと買った意味ないだろ」
「うぅ……」
渋々開いて、中身を確認する。ぱっと目に入ったのは短歌の方だったようで、しばし首を傾げて内容を把握する。
裏返して、ぱっと表情が明るくなった。
「大吉!」
「おー」
「で、六郎のはなにが書いてあったの?」
「切り替え早いなおい」
大吉はどうした大吉は。
「だって気になるんだもん。ねえ、見せてよ」
「別にこんなの、わざわざ信じるもんでもないだろ」
「やっぱり悪いこと書いてあったんだぁ」
ポケットから取り出して、見たがっている部分を顔の前に出してやる。じっと見つめる悠羽。その先には、『恋愛:時期を待て』と書いてある。
「微妙だろ」
「な、なんとも言えない……。別にこれなら隠さなくてもいいじゃん!」
「隠したら悠羽が面白くなると思って」
「性格悪っ! あーもう新年から悪い人!」
「クズは大掃除じゃ捨てられなかったからな。あれなにゴミなんだ?」
「外に出すと迷惑かかるから自分でなんとかして」
「じゃあ、死ぬまで育てるしかねえや」
年を重ねるごとによりずる賢くなっていけたらいいな。痛みを感じさせない毒のような、使い勝手のいい嘘を身につけていきたい。
「圭次はどうだったんだ?」
離れたところから戻ってくる最中の男に聞くと、首を横に振って手を揺らす。
「吉。書いてあることもてんでダメ、縛ってきてやった。奈子ちゃんは?」
「三年連続の中吉です」
「めずらしっ! 中吉ってそんなに入ってたっけ」
なに食わぬ顔でレアカードを集めているの、しっかり奈子さんって感じだ。中吉とか俺も一回か二回しか見たことがないぞ。
「ってことは、悠羽ちゃんが最強ってことか」
「さいきょう」
「真に受けるな。ただのおみくじだろ」
「べ、別にそんなんじゃないし!」
「はっはっは。破局しろサブだけ」
「それはまた難易度の高い願いだな」
軽快な笑いからすっと俺の不幸を願うの、あまりにも自然な動作すぎる。サイコパス感エグい。
圭次は俺と悠羽を眺めて、くしゃっと顔をゆがめる。
「バカップルが」
「鏡を見て言えよ」
「え、俺と奈子ちゃんがバカップル!? やったね奈子ちゃん」
「ふふ……」
言い返してやったと思ったら、それすら利用してきた圭次。だが、そのテンションについていける人間はいない。半歩下がる奈子さんに、悠羽がぽそっと呟いた。
「奈子さん、ちょっと引いてますよね」
「悠羽ちゃん! 冷静に言われるのが一番傷つく!」
「いいぞ悠羽。ついでに『キモいですよ』って言え」
「六郎に?」
「圭次にだよ」
なぜ俺に矛先が向くのか。悠羽はにへっと笑って、勝ち誇ったようにする。
「あーあー、ダメだダメだ。やっぱ女の子には勝てねえなぁ」
肩を落とす圭次に、悔しいが俺も同感だ。結局のところ、俺も圭次と代わらず尻に敷かれている。どれだけからかおうが、最終的に強いのは悠羽なのだから。
時間を確認すると、もうすぐ一時だ。年末の番組も終わってくる頃合いだ。
名残惜しいが、どうせまたすぐ会うだろう。
「そろそろ解散するか」
◇
「うー、寒っ!」
二人になった帰り道。夜は一層温度を下げて、風は切りつけるように冷たい。寄り添うように歩いても、体温は上がってくれない。
鼻を赤くして、悠羽が口を動かす。
「帰ったらお風呂入りたいね」
「先入っていいぞ。俺は茶でも飲んでるから」
「風邪引かない?」
「俺、風邪引かないからな」
「嘘つけ。ついこの間引いてたじゃん」
頬を膨らませる悠羽は、体調に気遣えと目で訴えてくる。わかってるよ。それは俺も反省してる。
「六郎は健康じゃないとだめ! さっきだって、神社でお願いしたんだから」
「俺の健康を?」
「そう。だってアメリカって、病院高いんでしょ」
「自分のはどうしたんだよ」
「私のことは、私がなんとかするからいいの。そういう六郎だって、どうせ自分のことお願いしてないんでしょ」
「まあ、な」
いまさら驚きはしないが、ちゃんとバレているのは気まずさもある。
「悠羽が無事でいられるように――ってお願いしといたよ。察しの通り」
「もう。六郎は私のことが大好きなんだから」
「そうだが」
「はいその手にはもう乗りません。こ、こんなことでいちいち嬉しくなっちゃうような悠羽ちゃんはもういないんだからね――ってニヤニヤするな!」
「実にチョロいな」
「チョロい禁止!」
「簡単」
「類語もだめです!」
笑い声がこぼれそうになって、かみ殺した。もう遅い時間だ。あたりはすっかり寝静まっている。
ひとしきり笑ったら、安堵のため息が出た。
「なんか、大丈夫そうだな」
「なにが?」
「俺たちだよ。別に離れてても大丈夫だって思った」
首を傾げる悠羽に、やはり俺は笑いかけるのだ。
これまでも、きっとこれからも。彼女を前にすると、心が丸くなって、力が抜ける。
だから俺は、ここに帰ってくるのだ。
「だって、こんなに想ってる」