122話 年末
クリスマスが終わってから年末までは、やることを消化していたらあっという間に過ぎてしまった。悠羽も目標に向かって本格的に動き始めたようで、自室にいる時間が長くなっていた。
いろいろ片付いたのが31日の夕方。慌ててスーパーに駆け込んで蕎麦と正月の食材を買い込み、帰ってくる頃にはどっぷり日が暮れていた。
で、帰宅してからというもの。
「おーい、そろそろ離れろ。左腕取れる」
「せっかくだし、取り外してこれだけ日本に置いていって」
「なんだその猟奇的な置き土産は」
「これを六郎だと思って、毎日頑張るから」
「俺の腕だから俺なんだよ、頑張って思い込まなくても」
「ずっと一緒だね……」
「急にバッドエンドなんのやめろ! 浮気もしてないのにその仕打ちは俺が可哀想だろ」
「うぅ~、離れたくないぃぃ」
「長期的には俺もそうだが、短期的にはさっさと離れてほしい」
「ダウト! 照れ隠しだ!」
「いいえ」
「六郎は嘘つきなんだから。私じゃなかったら騙されて泣いてるよ?」
「嘘確定で話を進めるのやめてくれないか」
「えぇー。利き手じゃないからいいじゃん」
「腹は見えないから殴ってもいいみたいな理屈だな」
「もう……はい。離れたよ」
「また後でな」
「なにするの?」
「ああ、ちょっと浮気のほうを」
「浮気!?」
「年末だし、なんとなく」
「年末って浮気するものなの!?」
「なわけないだろ。年明けの仕事を確認するだけだよ」
目に見えて動揺する悠羽に、苦笑いが漏れる。
「もうメンタルやられてんのかよ。パソコン持ってくるから、そこで待ってろ」
「ぬん」
ノートパソコンをダイニングテーブルの上で開いて、今年最後のメール確認。年始にやるべきことをリストにして、漏れがないようにしておく。
作業が終わるまでの20分ほど、悠羽は静かにスマホを見たり、俺の腕をつんつんしてきたりしていた。
「終わった?」
「終わったぞ」
「やったー」
パソコンを閉じるのと同時に、また左腕を占拠してくる悠羽。まあ、トレードで考えれば向こうは全身。俺は左腕なので割のいいやりとりではある。そうか?
「年越しそば、何時から食う?」
「まだ……あと2時間」
「俺の腕はこたつか」
あり得ないほどリラックスした顔でくっついている。このまま眠ってしまいそうだ。
「六郎の匂い、落ち着く」
「ついに変態になっちまったか」
「そういうものなんですー。私だけじゃなくて、みんなやってるし!」
「みんなって?」
「美凉さんとか!」
「……すげえやってそうで嫌だ」
利一さんのシャツに犬のごとく鼻をこすりつける姿が想像できて、眉間をつまむ。軽くつねって、痛みでイメージを消した。
「圭次さんもやってそう!」
「あいつマジでキモいな。絶縁するわ」
「あわわっ、今のは適当に言っただけだから! 奈子さんにそんな隙ないでしょ?」
「確かに」
ノリで絶交しようとしたら、悠羽が慌てて訂正する。ちなみに本当にやっていた場合、俺とあいつの今後の関係に影響は出る。
そういえばあのカス野郎。クリスマス以降連絡がきてないな。こっちもいろいろあってゴタついているが、あっちもいろいろあって大人になったりしたのだろうか。
……やべえ。マジで連絡したくなくなってきた。
「渋い顔して、なにかあった?」
「全然違う話だけど、きなこ買うの忘れたなと思って」
「うわっ! 私もすっかり忘れてた。つぶあん買って満足しちゃった」
「面倒だけど、スーパー開いたら買いに行くか。お雑煮もあるけど、やっぱきなこも欲しいから」
「だね。ついでにお菓子の福袋も買っちゃおっか」
「あれ、本当にお得なのか?」
「計算してみよ」
想像していたよりずっとたくましい答えに、「なるほど」と頷いてしまう。染みついた節約の精神のせいか、あるいは進学校の習性か。
ともあれ、無事に話のすり替えには成功した。悠羽はすっかり正月のことで頭がいっぱいだ。
椅子から立ち上がって、肩を回す。
「俺はもう腹減ったし、蕎麦作るぞ」
「あ、はい。やります!」
「いや、今日は俺が作る」
「なんで」
「そろそろ俺も料理しないと、向こう行ってから困る」
「あ――」
ぽかんと口を開けて、それからまた悲しげな顔をする悠羽。
「そっか……六郎、しばらく私の料理食べれないんだもんね」
「いちいちそのテンションは持たねえって」
「仕方ないじゃん! さみしいんだもん! そういう六郎こそ、心の中では涙ダバダバなんじゃないの」
「悠羽見てたら冷静になるんだよな」
「私が2人分悲しんでるんです! 肩代わりしてあげてるんだから、感謝して優しくして」
「切り返しばっかり上手くなりやがって」
俺に対抗するためか、明らかに押し通す力が強くなっている。地味に的を射ているのが辛いところだ。
ふんっ、と鼻を鳴らし勝ち誇った顔の少女。確かに今のは俺の負けだ。
肩をすくめて、おとなしく悠羽を笑顔にする方法を考える。
「蕎麦食ってゆっくりしたら、二年参り行くか」
「え、行く!」
「五円玉あったか確認しないとな」
「はい。私、初詣のために用意してます」
「完璧かよ」
「じゃあ、今から一緒に料理しよ。六郎一人じゃ、かき揚げ作れないでしょ」
「それくらい……いや、無理だな」
冷静に考えたが、リハビリで揚げ物はいささかしんどい。
おとなしく悠羽先生に手伝ってもらうことにした。
明後日からちょっと日本のあちこちを見に行ったりするので、更新ゆっくりになります。
まだあんまり決めてないので、オススメあったら教えてほしいです。