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【書籍化】俺は義妹に嘘をつく  作者: 城野白
1章 クズと義妹とマッチングアプリ
12/140

12話 あとは任せとけ

「六郎。父さんたちな、お前抜きで家族をやり直したいんだ」


 その日、あの男はやけに落ち着いた口調で俺に言った。


 普段は酒で興奮しながら荒れているか、静かに不機嫌かのどちらかで、会話の成立する相手ではない。

 いつからだったか、関係は悪化し、俺とあの男はほとんど言葉を交わさなくなっていた。


 だから、いきなり外に連れて行かれ、ファミレスで向き合ったときに嫌な予感はしたのだ。

 懇々と言い聞かせるように、あるいは頼み込むように、あの男は告げた。


「お前ももう十八歳。来年には高校も卒業する。だからもう、うちから出ていってくれ」


 有無を言わさぬ口調に、心が急速に萎えていくのを感じた。


 高三の12月。進学校に通い、三年間真面目にやってきた。学年でも成績は五番以内。志望校はA判定。あと一ヶ月で試験が始まる。

 そのタイミングで、すべてを断たれた。


 バイト禁止の学校に通っていて、小遣いも与えられていなかった。自分で使える金はなく、入学金すら用意できない。奨学金の申請時期も過ぎていた。

 なにより、すべての意志が消えてしまった。


 どうせ自分は、これから先の人生もずっとこうなのだろう。必死に積み上げたものすら、誰かの一言によって壊されていくのだ。そう思うと、すべてがどうでもよくなった。


 俺の人生は、普通よりちょっとばかり複雑だ。


 生まれてすぐに親が雲隠れして、孤児になった。そこへ今の母親とその元夫がやってきて、俺を養子に引き取った。元夫は精子が奇形だとかで、子作りができなかったらしい。その後、母親と元夫は仲違いして離婚。再婚した相手が今の父親で、その子供が悠羽だ。


 スタートが養子だから、その時点でどこともなんの繋がりもない。三条家になぜか存在する異物。それが俺だ。

 小さい頃はまだ、可愛げがあったからよかった。だが、成長していくにつれ俺はあの家で異物感を増していく一方だった。


 俺を連れてきたのは、母のほうだ。母は俺を嫌ってこそいなかったが、味方になることもなかった。父とのギスギスに耐えられず、家から追い出すことにしたらしい。


 ――まあ、やっと解放されると思えば気は楽か。


 唯一の心残りは、悠羽の存在だった。

 彼女だけは、俺が家を出ると知ったら反対するだろう。


 だから。

 本当のことを言えば、あの喧嘩は都合がよかったのだ。


 悠羽が俺を嫌いになる。俺は二度と家に戻らない。それで全部、解決すると思っていたのに。







「お母さんとお父さん、離婚するんだって」


 さらさらと鳴る葉の音。昼下がりの脱力した空気の中で、悠羽ははっきりとそう言った。


 ――家族をやり直したいんだ。


 そう言っていたあの男の顔が浮かぶ。法的に決められた父親であり、それ以外のなにものでもない。


 俺は一つ、致命的な間違いを犯していた。

 それは、あんなことを言う人間に、家族を守ることなんてできやしないということ。


 当時は受験がドブに捨てられたことや、小牧と別れたこともあって、冷静な判断ができなかったけれど。

 俺は、とんでもない場所に悠羽を置いて行ってしまったのだ。


 そりゃあ、彼女はあの親から生まれた〝血の繋がった子供”で、俺なんかよりよっぽど愛されてはいた。なんの繋がりもない俺にできたことなど、なにもなかっただろう。


 それでも、二年。

 かつて家族の形をしていたものが壊れていく様を、悠羽は一人で見つめていたのだ。


「だから、学校も行けなくなったのか」


 そっと問いかけると、悠羽は膝を抱いて頷いた。両手で髪の毛をくしゃっと握ると、ぽつぽつ言葉を吐き出す。


「こんなこと、不登校とは関係ないって言われると思うけど……。でも、友達に会って、皆が幸せそうなのだったり、普通に親と仲良くしてるのだったり、家族旅行の話を聞かされると……キツいなって」

「いや、関係あるだろ。

 ――あと、髪が傷むからやめとけ」


 自分の髪を握る悠羽の手を、そっと引き離す。乱れた漆色の奥にある目は、赤くなっていた。


「お前はなにもおかしくないし、間違ってない」

「……でも」


「よく頑張ったな」

「――っ」


 悠羽が唇を噛みしめる。手をぎゅっと握りしめて、俯いたまま何度も頷く。

 ベンチに滴が落ちて、染みを作る。


「ごめんな、気がついてやれなくて。めちゃくちゃ辛かったろ」

「…………うん……辛かった。すごい辛かったんだよ…………」


「俺にできることは、まだあるか」


 離婚を防ぐなんてことはできない。悠羽の悲しみを取り除くことだって、できやしない。

 それでも、彼女が望むならできる限りのことはしたい。


「……なんとかして」


 震える声で、悠羽が言う。俺の手を掴んで、目を見つめて、


「なんとかしてよ。六郎」

「わかった」


 迷わず頷いた。断る理由など存在しない。


「言ってくれてありがとな。どうしようもないことはあるけど、俺にできることはなんとかしてやる」


 首を横に振って、悠羽が鼻をすする。


 息を吐いた。いろんな感情が頭の中で渦巻いているが、ひとまずそれらを無視する。

 こめかみに手を当て、どうするかを考える。取れる手段はそれほど多くない。だが、なにもないわけじゃない。


 家を追い出されて、子供をやめたからできることもある。


「あとは任せとけ」


 ここから先は、クズの仕事だ。

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― 新着の感想 ―
[一言] あらー、養子なのは判っていて、それで12月にダメを押されちゃったか。受験もさせてもらえなくて。そりゃやってれらないわなあ。 義妹がただ一人の血のつながっていない家族か。クズらしく、義妹のため…
[一言] 扶養の義務の拒否、悪意の遺棄。。。
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