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【書籍化】俺は義妹に嘘をつく  作者: 城野白
5章 愚者たちのスタートライン
119/140

119話 愚者は聖夜にかく語りき 4

 不安そうに、けれど真っ直ぐに見つめてくる悠羽から、俺は目を逸らす。

 どれだけの幸福を抱えても、俺たちはそこに帰ってくる。自分たちが育ったあの家庭こそ、俺たちの末路なのではないか。


 そんなことはない。俺たちはあいつらとは違う。そんなことはわかっている。

 わかっているけれど。それでも頭をよぎるから、かき消すように愛を伝え合っている。


 息を吐いた。目を閉じて、開く。

 こんなときに湿っぽい顔をしたって、なんにもならないから。口の端を持ち上げて笑った。なにかを企むときと同じ、不敵な顔で。


「そうなのかもな。俺たちもいつかお互いが許せなくて、一緒にいられなくなるのかもしれない」

「…………」


 少女は口をつぐんでいる。俺は意味もなくコップを揺らして、ぽつぽつと言葉を連ねる。


「人の気持ちなんて簡単に変わっちまうからな」

「うん。そうだよね……そう、なんだよね」


 前髪をくしゃりと握って、悠羽が俯く。

 彼女が言いたいことが、俺には痛いほどよくわかる。


 かつて好きだった人に、もう恋をしていないように。

 当たり前のように、俺たちの心は移り変わっていく。どれだけ大きな想いも、時間の中で摩耗していく。


 けれど、それをはいそうですよねと言ってしまうのなら。

 ここで当たり前の事実を肯定してしまうのなら。


 俺はハナから、ここにはいないだろう。


 ぽんと机を叩いて、悠羽に顔を上げさせる。人差し指をぴんと立て、口の前に持ってくる。かつて彼女がそうやって、俺に示してくれたように。


「なんて、嘘に決まってるだろ」


 世界一だと悠羽が言った。

 その言葉だけは、嘘にしちゃいけないから。


「嘘だって言えるように、俺はお前を騙すさ。だったら、なにも怖くないだろ」


 想いが冷めてしまわぬように。くだらないすれ違いが、二人に溝を作らぬように。


 言い終えて、俺は口を閉じた。悠羽も黙って、静かな時間が流れる。

 あんまりにも沈黙が続くから、心配になって問いかける。


「それじゃあダメか?」

「ううん。六郎はそれでいいと思う。……でも、私は?」


 自分のことを指さして、悠羽は首を傾げた。


「私はどうしたらいいんだろう」


 何度か瞬きをして、それから彼女は夢から覚めたようにはっとなる。首を激しく横に振ると、勢いよく立ち上がる。


「って、そうじゃないよね。今日は楽しい日なんだから、終わり終わり!」


 紅茶のお代わりを注いで、俺の隣にやってくる。じっと見てくる瞳は、いつもの明るさを取り戻していた。


「今日はなんの映画にする?」

「結局それでいいのな」


「せっかくサブスクなんだから、いっぱい観ないと!」

「すっかり節約思考に染まってんな」


「観れば観るほどお得って思ったら、つい使いたくなっちゃうんだ」

「払う金は一緒だぞ」


「そういう問題じゃないんですぅ。六郎は気になるのある?」

「シェイクスピア」


「私が決めるね」

「最初からそうしろ」


 適当に答えたら、軽々とスルーされた。マウスを動かして、膨大な量の作品から今晩のお供を探していく。

 事前に決めておかないのは、レンタル屋に行くような楽しみ方をしたいからだという。俺にはよくわからないが、そういうものらしい。


 電気を消して、パソコンのモニターだけが光を放つ。

 真剣に見つめている悠羽の横顔と、小さな背中を後ろから眺めるのが俺の楽しみだ。


 彼女のために、俺はなにができるだろうか。そんなことを、いつも考える。まだ頼りない悠羽が、世の中の悪意に押しつぶされてしまわないように。明日も笑っていられるように。


 けれど、俺にできることは当たり前のように半分しかない。

 残り半分は、悠羽がすることなのだ。


 兄妹ではないから、恋人だから、背負う比率も同じになる。


 だから俺は、ただ待つしかないのだろう。彼女の結論を。







 クリスマスの夜なんだからとハチャメチャに粘って、悠羽は六郎に抱きしめられながら眠ることに成功した。


 一緒に寝る。から、一緒の布団で寝る。まではしれっと昇格していたので、ほんの5分ほど説得するだけで頑固な六郎を折れさせることができた。少しずつ感覚を麻痺させていた甲斐があるというものだ。


「理性が……理性が……」


 と呻くのを無視して、重さのある腕の質感を楽しむ。細いのにちゃんと筋肉のついた、頼もしい腕だ。どきどきして、照れ隠しに悠羽は六郎の胸に顔を埋める。


「お前…………まじで…………はぁ」


 と低いため息が聞こえるのも気に留めず、今度は胸板にドキドキしだす始末だ。なんだかんだ、いつもはさらっとしているのでこんなにべったりな日もない。


 六郎の精神はガタガタで、諦めて修業のように目を閉じるのに時間はかからなかった。目を閉じたところで、簡単に眠れるわけでもなく。けれどお互い、相手がもう寝たのではないか、であれば起こすのはまずいな。と思って動けないまま抱きしめ合っていた。


 先に眠ったのは悠羽で、それから少しして六郎も意識を手放した。


 そして悠羽は、夢を見る。

 いつもと同じ、あの夢だ。


 目が覚めると一人の部屋で、布団から出て部屋を出ても誰もいない。家にあるものはどれも悠羽のものばかりで、六郎のいた痕跡だけが消えている。

 もう慣れてしまったから、怖いとは思わなかった。夢だともすぐわかった。


 ――きっと。


 目蓋を持ち上げて、包みこむ体温を感じる。側にいることがわかると安心して、また目を閉じる。


 ――きっと、最初から。


 六郎のパジャマを掴んで、顔を寄せる。閉じた目から溢れた涙が、そっと彼の服に染みこんでいく。


「いなくなるのは、私なんだね」


 ――彼女だけが、その答えを知っていた。


 イブの夜は更け、そしてクリスマスがやってくる。

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― 新着の感想 ―
[一言] んー最後は結ばれるとしてもまた一時的に離れる期間があるのかな? ここからは夢が正夢じゃなくて夢を逆夢になるように悠羽ちゃんの頑張り所かな。
[一言]  大丈夫。  人生なんともならない事が多いが、それでも何とかなるものだ(唐突な年長者感)。
[一言] ああ。今度は悠羽が結論を出さないといけないのかあ。 すんなりアメリカ、にはならないのだなあ。 これからスタートライン。ゴールテープまで描かれるのかなあ。
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