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【書籍化】俺は義妹に嘘をつく  作者: 城野白
5章 愚者たちのスタートライン
118/140

118話 愚者は聖夜にかく語りき 3

 家に帰ってからの悠羽は、恐ろしいほど集中して料理を作り始めた。


 仕込みは昨日のうちに終わっていたようで、量の多さに比して作業はそれほどないらしい。だから俺にできることは机を片付けて、飲み物を出したりすることだけだ。

 今日のために買った、少し高い瓶のジュースを置く。一人暮らしなら絶対に買わなかった、ストレートのりんごジュース。

 ラベルを見て、悠羽が反応する。


「それ、利一さんのお店で出してるやつだよね」

「美味いジュースって聞いたらオススメされてな。せっかくだし、注文してみた」


「やった。すっごく美味しいんだよ」

「そいつは楽しみだ」


 テーブルに置いて、あとは立ったまま悠羽の料理姿を見守る。


 チキンを焼きつつ、サラダを切って盛り付ける。オニオンスープが沸騰したら火を消して、電子レンジのグラタンを様子見。よどみなくキッチン全体を管理する姿は、どこか文月さんのそれと似ている。


 完成した料理を運んで並べ、いつものように向かい合う。

 主食はチキンライス。メインはチキンステーキで、オニオンスープにサラダ、グラタンが並んでいる。二人用の食卓とは思えないほど、テーブルが埋められている。


 ほんの少し背伸びをする、特別な日。

 忘れていたクリスマスの空気感。最後にこんな祝い方をしたのは、いつのことだったろうか。


「食べよ」


 悠羽に声を掛けられて、頷く。

 いただきますをして、スプーンでグラタンを一口。熱いホワイトソースに苦戦しながら、マカロニと一緒に味わう。牛乳とバターの甘みに、チーズの香り、ちょうどよい塩加減。二口目には別の具材。それだけで、また別の表情を見せるから不思議だ。


 夢中になって黙々と食べていたら、ふと視線に気がついて顔を上げた。


「ど、どう?」

「この料理を作ったやつを出せ!」


「はいっ!」

「美味いっ!」


「六郎がハイテンションになってる……」

「いつも美味いが、今日は特に美味くてな。いくら俺でもテンション上がる」


「よかったぁ」


 ほっと胸をなで下ろす悠羽。


「でもお前、味見してるんだから美味いって知ってるだろ」

「それとこれとは話が違うの。六郎が美味しいかは、六郎じゃないとわからないでしょ」


「そういうもんか」


 正直これだけよくできていれば、もっと自信を持ってもいいと思うが。そうでない謙虚さが、この味を生み出しているのだろう。


 チキンライスもトマトの味がよく出ていて、食べるほど食欲が湧いてくる。カロリーは高いのに、ちっとも重く感じない。

 ……悠羽に太らされる。

 危機感が頭を掠めて、目を細めた。


 体質的に痩せやすい方ではあるが、この味は危険だ。若いうちはいい。だが、中年になってみろ。落ちた代謝で迎え撃つことができるカロリーには限界がある。俺は自分の肉親を知らないから、将来どうなるかはわからない。太るのか、ハゲるのか、癌になるのか、健康でピンピン長生きするのか。なにも予測がつかないのである。


 いまのうちから気を遣っておくに越したことはない。


「俺、ちょっと体鍛えようかな」

「え、なんで?」


「ムキムキマッチョへの憧れ」

「この短い時間になにがあったの!?」


 ここで素直にカロリーの心配をするのは無粋だ。それで悠羽がダイエット食に目覚めたら元も子もない。俺は美味いもんを食いつつ、健康体でありたいのだ。

 よく考えたら、最近は肉体労働もしていないし。体を動かさないと、本当に病気になってしまいそうだ。


「実は俺、ボディビルダーに憧れてるんだよな」

「えー、やだー。あんまり筋肉あると怖いよ」


「筋肉は嫌いか?」

「嫌いってわけじゃないけど、限度ってあるでしょ。今くらいがいいよ絶対」


「なるほどな」


 いやまあ別に、本気でムキムキになろうと思っていたわけではないが。参考にする価値はあるだろう。やはり時代は細マッチョ。適度に引き締まった肉体こそが至高。ということで有酸素運動を中心にすることで決定。


「逆に六郎は、私がムキムキになったらどうする?」

「削ぎ落とす」


「こわっ!?」

「つーかお前、そもそも運動あんましてないだろ」


「うっ、痛いところを」


 さっと顔を青くする悠羽に、にっこにこで提案する俺。


「そうだ。早起きして一緒にランニングするか」

「やだ、そと、さむい」


 ぷるぷる首を横に振って、なにか思いついたように指を立てる。


「でも私、学校まで自転車漕いだり買い物も行ってるし。休日はバイトもしてるから、けっこう動いてるよ」

「確かに」


「太ってないか確かめる? お姫様抱っこで」

「家の中でするもんじゃないだろ、あれはもっと、然るべきタイミングがある」


「然るべきタイミングって?」

「皆既日食のときとか」


「皆既日食」


 とんでもワードをぶち込むことで悠羽の思考を鈍らせる。なんでか理由を聞かれると面倒なので、間髪入れずに話を畳みにかかる。


「ま、それくらいレアってことだ。あれは」

「え~、週七でやろうよ」


「ムキムキになっちまう」

「私が重いってこと!?」


「めんどくせえ怒りかたすんなって……」

「あははは」


 笑う悠羽に、やれやれと肩をすくめてみせる。どうやらそれで勘弁してくれたらしく、それ以上の追及はなかった。


 ちょうど皿も空いてきて、俺たちは残った料理を口に運ぶ。

 元の量が多かっただけに、美味しく食べきったとはいえ苦しい。億劫ながらも片付けをして、食後の紅茶を淹れ座り直す。


「腹いっぱいだ。美味かった」

「ねー」


「ケーキ入らん」

「作り過ぎちゃった。反省」


「いやいや、美味いもんはあればあるほどいいんだからな。ケーキだったら、明日でもいいんだからさ」

「でも、明日は外で食べるんでしょ」


「朝ケーキ」

「朝ケーキ」


 ぽかんとした顔でオウム返しする悠羽に、にっと笑ってみせる。


「たまにはいいだろ、そういうのも」

「そだね」


 両手でカップを持って、ほわっと微笑む少女。温かなその表情は、今が冬だということを忘れてしまいそうになる。


「六郎は去年のクリスマス、なにしてたの?」

「別に。ただ仕事して寝ただけだな」


「ケーキも食べなかったの?」

「祝う理由がなかったし、忙しすぎて気がついたら過ぎてたよ」


「そうなんだ」

「悠羽は?」


「私も同じかな。家にいても嫌な空気だったし、その頃はまだ表だってはなかったけど……お父さんとお母さん、仲悪いのわかってたから」


 隣にいれば頭を撫でて、抱きしめてやれるのに。正面に座っているから、手を伸ばしても不自然だ。

 なにより、真っ直ぐな目がこっちを見ていた。


「私たちもいつか、ああなっちゃうのかな」

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