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【書籍化】俺は義妹に嘘をつく  作者: 城野白
5章 愚者たちのスタートライン
116/140

116話 愚者は聖夜にかく語りき 1

 幸せだと口にするのは、あまり好きではない。

 その言葉はあまりに大雑把で、どこか不誠実な気がするから苦手だ。


 生きていればそりゃあ当然、嫌なことだってある。仕事で言えば嫌な客に当たったり、生活なら物価の高騰だったり。悠羽に怒られて落ち込むことだってしばしばある。

 その反面、自分の仕事が高く評価されたり、恩師に気に掛けてもらえたり、あとはまあ、悠羽はいろいろありすぎて纏められないが。いいことだって数え切れないぐらいにあって。


 その総量でバランスを比べたとき、いい方に傾いているから幸せだと感じるわけで。

 なにも考えずただ「幸せだ」と言ってしまうのは、違う気がする。口に出してしまうと、なんだか言い聞かせているみたいだし。


 だから代わりに、噛みしめて目を閉じる。


 朝。悠羽よりも少し目が覚めて、彼女の無邪気な寝顔を見たとき。

 心を落ち着けて、そっと心で祈るのだ。

 どうか彼女が、今日も良い日を過ごせますように。


 恋が相手を求める衝動なら、愛は相手を想う願いだ。

 片方しかなかった俺は、この一年で両方の意味を知った。


 スマホのロック画面が12月24日を表示する。時刻は5時半。彼女が起きるまで、もう少し時間がある。

 寝るのも億劫なので、隣で寝顔を見ていることにした。


 あんまり気持ちよさそうに寝ているから、つい悪戯してしまいたくなる。試しに頬を突いてみるが、寝ているので反応がない。ちょっと嫌がるのが面白いのに……これでは意味がない。


 やれやれと息を吐いて、うつ伏せになりスマホを触る。イヤホンを刺して音楽を流し、アメリカの観光地や食事について眺める。

 どうせ日本食が恋しくなるんだろうな。と思いつつ、それでも心は浮き足立つ。

 修学旅行前の心情によく似ている。


 浮かれている場合でもないのが、実際のところだ。準備すべきことは多いし、いろいろと面倒なのは確かだ。今の話が順調に進むなら、年明けから行動し始めないといけない。

 けれど、そういったノイズも今日と明日は隅に追いやっておこう。







 24日とはいえ、サラブレッドは営業だ。土日シフトの悠羽は当然のごとく出勤である。

 紗良からは「無理しなくていいのよ」と言われているが、悠羽は変わらず仕事をすることにした。

 その理由で休むのは、なんだか子供じみていると思ったから。子供なのは事実だとしても、せめて行動は大人の真似をしていたい。


 別段帰りが遅くなるわけでもないので、予定に影響はないし。

 だから今日も明日も、バイトをしてからデートである。


 よく働き、よく遊ぶ。平日に燻っているぶん、仕事中の悠羽は充実感に満ちている。


「帰ったらサブローくんとなにかするの?」

「はい。料理を作って、2人で食べるんです。六郎がケーキを買ってくれるので、それも。それからプレゼントも準備してあって」


「楽しそうね」


 にこにこで予定を話す悠羽に、紗良は眩しそうに笑う。


「あ、紗良さんはなにかあるんですか?」

「んー。どうかしらね」


「その反応、ありますね。デート」

「なーんにもないわよ。今年も親とケーキ食べて終わり」


「紗良さんって、嘘つくとき右手をひらひらさせますよね」

「む――サブローくんの入れ知恵か」


 目を細める紗良に、悠羽は首を振った。


「いえ……すいません。こういうの、癖になってしまって」

「キ〇アみたいなこと言ってるわね」


 首を傾げる少女に、紗良は三つ編みを手でいじって困り顔。六郎を彼氏にしている悠羽に、下手な嘘は通じない。筋は通っているが、なんと厄介なことだろうか。


「まったくサブローくんは……困った子なんだから」

「デートですか?」


「そうとも言うかもしれないわね」

「そうとしか言わないですよ。クリスマスなんですから」


 紗良が半目で睨んでも、悠羽はふわふわニコニコしているだけだ。ある意味、彼女は六郎より逞しいのかもしれない。

 ふっと息を吐いて、紗良は開き直ることにした。


「ええそうよ。おかげで親からの『お前もそろそろ結婚を……』みたいな視線に痛みを感じずに済むわ」

「そんな、紗良さんってまだ若いですよね」


「化粧の力よ……」


 やけに重みのある笑みを向けられて、悠羽は胸がきゅっとなる。それは来たる将来への、言いようのない不安であった。


「それに相手は高校教師。あの感じだったら浮気もしなそうだし。優良物件よね」

「熊谷先生、いいですよね」


「ああいうのがタイプ? サブローくんとはだいぶ違うけど」

「ち、違います! あ、ええっと……私のタイプはなんというか、あの、本当に六郎しか思いつかないっていうかそうじゃなくって! 別に六郎なんてタイプでもなんでもないんですけどっ!」


「落ち着いてー」


 付き合い始めて一ヶ月は経ったはずだが、未だ慌てるとツンデレになる。長年の習慣は簡単に抜けないらしい。


「……はい」


 首をすくめて反省する。耳まで赤い。

 平静を取り戻すため、せかせかと手を動かす悠羽。洗ったトレーとトングを店の入り口に持っていって、戻ってくる頃にやっと落ち着いた。


「個人的な意見なんですけど、六郎と熊谷先生って似てると思うんです」

「そうかしら。サブローくんは器用で、熊谷さんは武骨って感じじゃない?」


「それはそうなんですけど。なんて言うんでしょう、優しさの質が似てるというか」

「あー、じゃあ私にはわからないわね。サブローくんに優しくされたことないから」


「そうなんですか?」

「そうよ。あの子ったら口を開けば『あんまギャンブルに入れ込まないほうがいいっすよ。運は収束しないんで』だの『趣味で賭けるのはいいですけど、店が傾くレベルでつぎ込まないでくださいね』とか言いたい放題なんだから。チクチク言葉もいいところよ」


「言いたい放題……ですか」


 あの男にしては珍しく、至極真っ当なことを言っているように聞こえる。


「こういうのは、受け手がどう感じたのかが大事なのよ」

「使い方が違うような」


 ぽつりと指摘すると、紗良は小刻みに首を振る。それはもはや振る、というより震えるに近い。カタカタと音が聞こえそうなほど細かく激しい。


「ナニモキコエナイ。セイロンキライ」

「でも、熊谷先生は注意とかしないですもんね」


「そうなのよねえ」


 すっともとの顔に戻って、憂いを帯びた目をする。それからやや不満げに呟いた。


「一転して許されちゃうと、それはそれで落ち着かないわぁ」

「…………」


 目をぱちぱちさせて、悠羽はこの話をやめることにした。大人って難しい。

 六郎知恵袋ならなにか解決するだろうか。

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― 新着の感想 ―
[一言] メインディッシュを控えた前菜、ですかなあ。 まあ、あちこちで色々と甘酸っぱい。
[良い点]  同じ事言ってるのに発言する人によって印象はおろか裏を読んだりただただ反発したり‥‥‥。  マジ人間面倒臭ぇ。 [一言]  そしてナチュラルにのろけてくる悠羽さん。  同級生はじめ学校で言…
[良い点] ●キ〇ア ●六郎知恵袋 [一言] 更新ありがとうございます H×H好きなので嬉しいですね 果して熊先生は報われるのか 今話読んでいると結構見込みありそうな そうでないような(苦笑) …
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