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【書籍化】俺は義妹に嘘をつく  作者: 城野白
5章 愚者たちのスタートライン
115/140

115話 12月23日

 クリスマスを前にして、街は少しばかり賑やかになる。

 大した規模ではないこの街も、駅前くらいはライトアップがある。25日に行く予定なので、素のリアクションをするために下見などはしていない。もっとも、毎年同じようなものなので知ってはいるのだが。


 準備すべきことは終えた。店の予約も、プレゼントの準備も、なんかいい感じのことを言う覚悟もできた。今の俺に怖いものはなにもない。


 ……が、これもまた毎年の恒例行事。

 年末の仕事ラッシュ。


 様々な締め切りが迫ってくるほか、駆け込み寺として飛び込んでくる依頼たち。集中して効率を上げ、かつ丁寧に。疲れたときも、クリスマスがあると思えばまた持ち直せた。

 そんなこんなで、クリスマスイブの前日。


「……よし」


 残りのぶんを年末の一週間に回せばいいくらいにはなった。椅子に深くもたれかかって、深々とため息を吐く。

 いつ淹れたかも覚えていないコーヒーはすっかり冷め、いまさら飲む気も起きない。


「終わった?」


 ダイニングテーブルの向かいでスマホを見ていた悠羽が顔を上げる。


「なんとかなった」

「お疲れさま。お茶淹れるけど、六郎もいる?」


「助かる。喉渇いた」

「温かいのでいいよね」


「おう」


 真空ポットのお湯を透明な急須に注いで緑茶を作る。茶葉から出た色素で緑になっていく液体。その様子をぼんやり見ていると、心が癒やされる。


「だいぶ疲れてるね」

「だな。歯磨いてさっさと寝るか」


 受け取った湯飲みをちびちびすすって、あくびを噛み殺す。最近はあまりに忙しく、布団に入ったらすぐ眠ってしまう。ドキドキより疲れが勝つのは、いいことなのか悪いことなのか。

 ぼんやりしていると、悠羽が話しかけてくる。


「お正月は休めそう?」

「休むよ。じゃないとお前、すっげえ暇だろ」


「せっかくだし、神社で年越しなんてどうかな」

「寒そうだが……ま、やってみるか」


「やったー」


 手を上げて喜ぶ悠羽。


 家でゆっくりしようと思っていたが、喜んでくれるなら外で年越しも悪くない。雪が降るわけじゃないし、ちゃんと防寒すれば、なんとかなるはずだ。

 日本らしいことは、日本にいる間にしておきたい。なんて気持ちもあるのかもしれない。だとすれば、俺はそれに付き合うべきだろう。


 湯飲みを空にして、流しで洗う。水切りに入れたら、そのまま洗面所へ。


 歯を磨いて、部屋に戻ると既に悠羽が待っている。電気を消して布団に入ると、ぴったり横にくっついてきた。

 入ったばかりの布団は冷たく、お互いの体温が心地よい。


「おやすみ」

「おやすみなさい」


 呟いてから意識を手放すまでの時間は短い。

 だが、どんな時間よりも癒やされる。







 六郎が仕事に追われる傍ら、悠羽もまた料理のレシピを確認したりで忙しかった。

 プレゼントの用意とラッピングをして、明日の仕込みをして、それでも不安だったからスマホで再確認していた。


 24日。つまり明日は、悠羽が頑張る日だ。

 それが終わればのびのびできる。あとは六郎に任せて、思いっきり楽しめばいい。だからこそ……と思っている間に、日付が変わってしまう。


 隣の青年はとうに眠り、安らかな寝息が聞こえてくる。

 いつもなら、その息づかいを聞いているうちに悠羽も眠ってしまうのだが。今夜に限って、そうはいかなかった。


 ぐるぐると頭の中で、めぐる言葉たち。


 ――美凉は、この村を守るのが夢だからね。


 10年も同じ人を好きであり続けた彼女は、しかし自分の軸も持っていた。やりたいことがあって、そのどちらも諦めずにいた。


 悠羽は、あるいは六郎は。

 お互いのためなら、自分の大切なこともきっと捨てられてしまう。


(相手を大切にするって、そういうことなのかな……)


 悠羽が薄らと抱えていた夢は、それほど大きなものではない。叶わなくても傷つかない程度のものだ。

 一番大切なのは、2人がこれからも一緒にいられること。


「どうすればいいんだろ……」


 その問いの答えはきっと、六郎もまだ知らない。

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― 新着の感想 ―
[一言] ああ、やっぱり悠羽の夢も無くなったわけじゃないのね。 二人でいろいろなことに、どう折り合いを付けていくか、ですねえ。
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