115話 12月23日
クリスマスを前にして、街は少しばかり賑やかになる。
大した規模ではないこの街も、駅前くらいはライトアップがある。25日に行く予定なので、素のリアクションをするために下見などはしていない。もっとも、毎年同じようなものなので知ってはいるのだが。
準備すべきことは終えた。店の予約も、プレゼントの準備も、なんかいい感じのことを言う覚悟もできた。今の俺に怖いものはなにもない。
……が、これもまた毎年の恒例行事。
年末の仕事ラッシュ。
様々な締め切りが迫ってくるほか、駆け込み寺として飛び込んでくる依頼たち。集中して効率を上げ、かつ丁寧に。疲れたときも、クリスマスがあると思えばまた持ち直せた。
そんなこんなで、クリスマスイブの前日。
「……よし」
残りのぶんを年末の一週間に回せばいいくらいにはなった。椅子に深くもたれかかって、深々とため息を吐く。
いつ淹れたかも覚えていないコーヒーはすっかり冷め、いまさら飲む気も起きない。
「終わった?」
ダイニングテーブルの向かいでスマホを見ていた悠羽が顔を上げる。
「なんとかなった」
「お疲れさま。お茶淹れるけど、六郎もいる?」
「助かる。喉渇いた」
「温かいのでいいよね」
「おう」
真空ポットのお湯を透明な急須に注いで緑茶を作る。茶葉から出た色素で緑になっていく液体。その様子をぼんやり見ていると、心が癒やされる。
「だいぶ疲れてるね」
「だな。歯磨いてさっさと寝るか」
受け取った湯飲みをちびちびすすって、あくびを噛み殺す。最近はあまりに忙しく、布団に入ったらすぐ眠ってしまう。ドキドキより疲れが勝つのは、いいことなのか悪いことなのか。
ぼんやりしていると、悠羽が話しかけてくる。
「お正月は休めそう?」
「休むよ。じゃないとお前、すっげえ暇だろ」
「せっかくだし、神社で年越しなんてどうかな」
「寒そうだが……ま、やってみるか」
「やったー」
手を上げて喜ぶ悠羽。
家でゆっくりしようと思っていたが、喜んでくれるなら外で年越しも悪くない。雪が降るわけじゃないし、ちゃんと防寒すれば、なんとかなるはずだ。
日本らしいことは、日本にいる間にしておきたい。なんて気持ちもあるのかもしれない。だとすれば、俺はそれに付き合うべきだろう。
湯飲みを空にして、流しで洗う。水切りに入れたら、そのまま洗面所へ。
歯を磨いて、部屋に戻ると既に悠羽が待っている。電気を消して布団に入ると、ぴったり横にくっついてきた。
入ったばかりの布団は冷たく、お互いの体温が心地よい。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
呟いてから意識を手放すまでの時間は短い。
だが、どんな時間よりも癒やされる。
◆
六郎が仕事に追われる傍ら、悠羽もまた料理のレシピを確認したりで忙しかった。
プレゼントの用意とラッピングをして、明日の仕込みをして、それでも不安だったからスマホで再確認していた。
24日。つまり明日は、悠羽が頑張る日だ。
それが終わればのびのびできる。あとは六郎に任せて、思いっきり楽しめばいい。だからこそ……と思っている間に、日付が変わってしまう。
隣の青年はとうに眠り、安らかな寝息が聞こえてくる。
いつもなら、その息づかいを聞いているうちに悠羽も眠ってしまうのだが。今夜に限って、そうはいかなかった。
ぐるぐると頭の中で、めぐる言葉たち。
――美凉は、この村を守るのが夢だからね。
10年も同じ人を好きであり続けた彼女は、しかし自分の軸も持っていた。やりたいことがあって、そのどちらも諦めずにいた。
悠羽は、あるいは六郎は。
お互いのためなら、自分の大切なこともきっと捨てられてしまう。
(相手を大切にするって、そういうことなのかな……)
悠羽が薄らと抱えていた夢は、それほど大きなものではない。叶わなくても傷つかない程度のものだ。
一番大切なのは、2人がこれからも一緒にいられること。
「どうすればいいんだろ……」
その問いの答えはきっと、六郎もまだ知らない。