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【書籍化】俺は義妹に嘘をつく  作者: 城野白
5章 愚者たちのスタートライン
114/140

114話 愚者の足跡

 寒空の下。コンビニのコーヒーを手に持ち、駐車場の隅で恩師と顔を合わせる。


「――という話を頂きまして。まだ確定じゃないですけど、先生にもお伝えしておこうと思いまして」

「なるほど……」


 アメリカに行くかもしれない、ということを伝えるため。そして紗良さんとの現状を探るため。愛と真実の嘘を貫くラブリーチャーミーな六郎でやらせてもらってます。


 熊谷先生は重々しく頷くと、ずずっとコーヒーをすする。さすがにベテランだけあって、簡単に動揺しない。きっと、今までの生徒にも留学した人がいたのだろう。


「2人で行くのか? 三条、妹と」

「そのつもりです。ただ、ええっとですね」


「なんだ」

「俺とあいつ、実は血が繋がってないんですよ。だからどっちかというと、家族なんですけど、恋人みたいな感じでして……」


 学校の先生にこういう報告をするのは、シンプルに気まずいところがある。別に怒られたりはしないだろうが、やっぱり風紀的な部分を言われるんじゃないか。みたいな心配というか、憂いはあるもので。


 熊谷先生の表情を見ても、内心がさっぱり読めない。いつもの仏頂面。ポーカーフェイスじゃなくて、岩を観察するみたいなもんだ。


「なるほど……」

「はい」


「そうか」

「はい」


 どうやら熊谷先生も反応に困っているようで、頷く回数ばかり増えていく。先生が頷き、俺が頷き、その繰り返しだ。

 それが終わったのは、煙草の臭いが漂ってきて、はっとなったからだ。俺も先生も咳払いして、話を進展させる。


「まあ、三条なら心配はないと思うが。……いや、違うな」


 髪の毛を押さえつけて、熊谷先生は強面をやわらげる。いつもは厳しく刻んだしわが、温かく緩みほどける。


「幸せか?」


 なにか注意やアドバイスをしようと思って、けれどそれを引っ込めて。熊谷先生は、ただそれだけを聞いてきた。

 自然と頬が緩んでしまう。


「はい。幸せです」

「そうか」


 ひどく満足そうに笑って、それからいつもの強面に戻る。


 腕組みをして、なにやら重いため息。

 どうやら俺の話を聞いて、自分の恋について思い出したようだ。今はちゃんと顔に書いてある。


 それを読んだ上で、さてどんな切り出し方をしたもんか。いくつか手はあるが、相手を立てるにはどうすればいいか――よし。

 隣の先生に合わせ、俺もどこか憂鬱な表情を浮かべ、湿ったため息を吐く。


「もうすぐクリスマスじゃないですか……。どうしたらいいんですかね、あれ」

「あれ、とはなんだ」


「プレゼント、決まってないんですよね」


 申し訳ないくらいにしっかり嘘だが、これが一番進めやすい。

 こっちから相談を持ちかける形で、しれっと先生の悩みを引き出す。今回はこれで決まりだ。


「参考までに、先生のを教えてもらっていいですか?」


 聞いてみると、首を横に振られた。なるほど。まだ先生も決まっていないらしい。

 この様子だと、クリスマスデートをするかも決まってないな。


 クリスマスまであと10日ほどしかない中、それは確かに憂鬱にもなる。なにか俺にできることはないだろうか。


「紗良さんをデートに誘う方法、どうしましょうね」

「……なぜわかった。俺はまだなにも言ってないが」


「なんとなくです」


 うっかり先行して話を進めてしまった。恩師のピンチに力になりたいという思いと、たぶんこの予想であっているという確信がなせるミス。

 ここで俺が戸惑ってはならない。やっちまったことを取り消すには、押し通すのが吉だ。


「人の気持ちを考えろって、散々言われて育ったので」

「人の心を読めという意味ではないだろう」


「すいません」


 素直に謝ると、先生は苦い顔をする。


「三条、だからお前は俺が怖くないんだな」

「はい。怒ってないって分かりますから」


「座っているだけで普通の生徒は近寄ってこないものだが……なるほど。ようやく腑に落ちた」


 巨漢の剣道部顧問で強面となれば、一般的な高校生にとっては最も恐ろしい存在である。

 だが俺は、怒ったようなその顔が熊谷先生の真顔だと知っていた。その顔は別に、なにも意味しないことを。地響きのような低い声も、怒りや脅しではなく、ただそういう声なのだと理解していた。


 だから軽い気持ちで質問に行っていたし、今もこうして会話をしている。


「橋本さんも、俺が怖くないと言っていた」

「紗良さんも?」


「ああ。『競馬場の勝負師に比べれば、菩薩のような顔だ』と」

「そういえば修羅の国に住んでますからね、あの人」


 パン屋にいるときは優しげなお姉さんだが、ひとたび金を賭ければ鬼のごとき迫力を見せる。その殺気は、竹刀を握った熊谷先生にも劣らないだろう。

 怖い人だよ、紗良さんは。


 エチエチお姉さんという条件を満たしてるのに、ちっとも琴線に触れないもんな。警報が鳴る。


「いっそのこと、先生も競馬やってみたらいいんじゃないですか」

「もうやった」


「えっ」

「橋本さんに勧められてな」


「どうでした?」

「俺にはわからん」


「ですよね」


 ああ、それでか。と納得する。

 悠羽が言うには、紗良さんの方もなにか含みがある様子だったらしい。


 お互いに好意はあれど、あまりに趣味が違うから。この微妙な空気になっているらしい。

 同じ方角を向いて笑えるなら、それに越したことはないけれど……。


「俺のことは気にするな。なるようになるだけだ」

「応援してます」


 上手くいってほしいとは思うが、そんなに簡単じゃないのよな。当然ながら。

 熊谷先生は頷くと、困ったように笑った。


「それより、三条のアメリカ進出を祝うのが先だ。――飯は済ませたか?」

「まだです」


「なにが食いたい。肉か?」

「肉ですね」


「焼き肉でいいな」

「ありがとうございます」


「学校に車を停めているから、それで行くぞ」


 力強く歩きだすその背中は、目に見えて弾んでいた。

 悩みはあれど、少なくとも俺の報告はいいように働いたらしい。


「三条」

「はい」


「お前の努力は、無駄ではなかっただろう」

「――はい」


 高校を出るとき、俺は自分のしてきたことを無駄だと笑った。

 そんなことはないと、言ってくれたのは熊谷先生だった。


「なにひとつ、無駄なことはなかったですよ」

次回、12月23日

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― 新着の感想 ―
[一言] 最後のセリフがすっごい格好いい!
2023/10/23 21:18 退会済み
管理
[一言] 本当に良い師と巡り合ったねえ。師の選んだ相手には多少疑問が残るけれど/w 今時競馬場行くのって、ガチ勢だろうからなあ。そして、理由が怖がられないから、というのも侘しい。 最終的に努力が報わ…
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