113話 お似合い
「うんうん。村はもう、雪がしっかり積もってるって。雪かき大変だから、ロクくんに手伝ってほしいってお婆ちゃん言ってた。はははっ、さすがに冗談だろうけどね。それで、最近はどうなの」
「相変わらずお前、めっちゃ喋るな」
電話の向こうから聞こえる溌剌とした声は、年中無休で夏みたいに陽気だ。
言いたいことが溢れるようで、加苅美凉と俺の話す量に三倍以上の差がある。
「一を聞かれたら十返すのがモットーだからね」
「聞いてもない九が一にくっついてくるのをなんとかしてくれ」
「それはロクくんに折れてほしいな。ああそうそう。利一さんのお店ね、今度テレビの取材来るって。地上波で全国に流れるって」
「すげえな」
「ね! これは女蛇村誕生以来の大事件ですよ。利一さんは『休日朝のちょっとした番組だから』って言ってるけど、村はもう大盛り上がり! あたしとしても誇らしい!」
「めっちゃ彼女面するじゃん。付き合ってんのか?」
「まだお試し期間……。ちょっとずつ距離を詰めている最中であります」
「あー……ま、ゼロよかましだろ」
一転してしゅんとされると、どうにもやりづらい。元気一番! 突撃粉砕! みたいな加苅がいっちゃん気持ちいいんだよな。
こういうしっとりした会話は、できればしたくないのだが。
クリスマスの相談となっては、無碍にできまい。彼女の知り合いで、最も利一さんと仲がいいのは俺らしい。俺を除くと村のエロじじいしか残らないようで、話くらいは聞いてやらないと悪い気がしたのだ。
「そういうロクくんはどうなんだ! 悠羽っちから聞いてはいるけど、実際のところどうなんだいっ!」
「ヤーッ」
「ヤーッ」
加苅のいいところ、こういうところ。腹立たしい部分はあるが、ちゃんとダチなのだ。
「で、どうなの。いつ結婚するの?」
「昨日した」
「うええええっ!?」
「嘘に決まってんだろ」
「どええええええっ!?」
「うるせえな。もう切るぞ」
「待って待って! ロクくんと話してると、なにが嘘でなにが本当かわからないんだってば。見分け方とか教えてくれないと」
「嘘つくときは目を逸らす」
「電話じゃ使えないテクニック! あ、そうだ。テレビ電話にしよう!」
「しねえよ気持ち悪い」
「確かにロクくんとすることじゃないね……。あーあ、利一さんの顔見たいなぁ」
「相談も俺じゃなくて利一さんにすりゃいいだろ。電話もできて一石二鳥」
「そういうわけにはいかないんだよぉ!」
ぐすぐすとわざとらしい泣き真似。元気そうなので、さっくり見捨ててやりたい。
……が、後で悠羽にバレたら怒られるな俺。それは避けたいので、なんか適当なこと言って終わらせよう。
「で、なに言えばいいんだ?」
「正直に答えてほしいんだけど。あたしって利一さんに脈ありかな」
「んー、ナシ」
「うわぁああああ!」
「って言われたら、お前は諦めるのかよ」
断末魔を上げる加苅に、落ち着いて言葉を投げかける。俺たちの会話にしては珍しい、妙な沈黙が挟まって、それから首を振る気配。
「ううん。諦めないよ。――あたしは蛇になんてならない。そんな暇があったら、振り向いてもらえるように頑張る」
「だったら関係ないことを気にするな。向こうが砕けるまでぶつかれ」
「イノシシ戦法だね!」
「そのネーミングでいいのか……?」
「もっとお洒落なのがいいかな。『真っ直ぐ!茹でる前パスタ大作戦!』みたいな」
「よし、イノシシで行こう。あいつら、うり坊の間は可愛いからな」
「あたし20歳だけど」
「内面は五歳児だからセーフじゃね」
「なにおぅ!」
はははと笑ってはぐらかす。
相変わらず女っ気がないというか、野蛮というかクソガキというか。だがまあ、そこが加苅のいいところなのだろう。
無意識に緩む口元。意地の悪いことを思いついてしまった。
「そうだ。このままズルズルお試し期間を続けて、加苅がアラサーになったくらいで利一さんに責任取らせようぜ。あの人、罪悪感には弱いだろ」
「ロクくんのそういうところ、最高にロクくんだよね」
「俺を性格悪いやつの代表みたいに扱うんじゃねえよ」
「でも、そのアイデアはお婆ちゃんたちも言ってたよ。残念、先を越されてたね!」
「おっかねー村」
ぶるっと肩をすくめ、苦笑い。
ま、文月さんなら言いかねないよな。あの人はめちゃくちゃ落ち着いた声でエグいプランを立てそうだ。
「はぁ……。利一さぁん」
「調子狂うからやめろよな。メンヘラはお前に似合わん」
「大学通ってるとあんまり会えないから、けっこう病むよぉ。ロクくんも悠羽っちと会えなかったら病むでしょ」
「どーだか」
なにやら面倒な話題だ。さらっと流しきるために、いったん爆弾を投げておくことにする。
「そういや俺たち、来年からアメリカ行くかもしれん」
「ふーん。行ってらっしゃい……アメ、アメリカ!? アメリカってあの、アメリカ合衆国オブユナイテッドステイツの?」
「アメリカ合衆国合衆国になってるって」
「びっくりしたからねえ……。なんかちょっと見ない間に、すごいことになってるじゃん。やっぱりロクくんて優秀で腹立つ」
「腹立つなよ」
そこは素直に賞賛してもらいたい。いや別に、加苅から褒められたいわけじゃないけどさ。
ともかく、話題の変更には成功したらしい。
「じゃ、またしばらく会えないんだ」
「そうなるな。ま、文月さんによろしく伝えといてくれ」
その後しばらく雑談をして、電話を切った。
加苅と電話をするのは初めてだが、思ったより普通に話せるものなんだな。俺たちは顔を合わせ、バチバチに喧嘩しないとコミュニケーションを取れないと思っていた。
そんな意外性をしみじみ噛みしめつつ、今頃は真っ白になっているであろう村に思いをはせる。
今年の夏、村を出るときに文月さんに言った。
――まだ、足掻いてみたい。
そうだ。俺はあの時からとっくに、今の自分に満足できていなかった。進みたい。どこか違う場所へ行きたい。自分の才能と、努力でどこまでやれるか知りたい。
そんな願望は、ずっと昔からあった。
(文月さん。俺、行ってくるよ)
大門さんとの話し合いは順調だ。といっても、今は雑談とかゲームが中心で、肝心の仕事についてはあまり触れていない。
ただなんとなく、あの人とは価値観が合う気がするから。きっと俺は、来年の冬ここにいない。
ノックがあった。
「六郎、電話終わったの」
「ああ。入っていいぞ」
ドアを開け、寝間着姿になった悠羽が入ってくる。冬用のパジャマはふわふわしていて、柔らかい彼女の印象によく合っている。
布団の上。俺の前に座り、首を傾げる。
「美凉さん、なんて言ってた?」
「利一さんに脈があるかどうかってさ」
それを聞いて、悠羽は小さく笑う。
「あの二人ってお似合いだよね」
「そうなんだよなぁ」
ため息交じりになってしまうのは、呆れが先立つからだ。
実は昨日の夜、利一さんも悠羽に相談をしている。
律儀なあの人らしく、一度俺の方に「悠羽さんに相談したいことがあって……もしロクが嫌でなければ、いいかい」との確認の後に電話をしていた。
内容がまた内容で、「美凉は僕がおじさんであることに幻滅するのではないだろうか」みたいなことだった。
「人を好きになるって、難しいね」
「……」
「なんで気まずそうにするの?」
「いや、まあ、簡単なことじゃないよな」
今でこそ俺たちもただのカップルだが、そうなるまでにあったことを思い返せば大変だった。主に俺のせいで。
まだ不思議そうにしている少女の頭を撫でて、なんでもないと首を横に振る。
しばらくそうしていると、悠羽は「まあいっか」と頷き、前に倒れて俺の胸に頭を預けてくる。
「美凉さんって、すごいよね」
「どうすごいんだ?」
「利一さんと離れてても、ずーっと好きだったんでしょ。外国に修業しに行くのも応援して――私には考えられないよ」
「あいつは強いからな」
「私、弱いです」
「悠羽もいろいろ強いだろ。押し通す力とか」
「強くないもん」
「今この状況の8割はお前が作り出したと言っても過言ではないからな」
俺がちょっとずつ進めよう。いい感じにリードしよう。と思っているうちに、どんどん要求を通してくる。その結果がこれだ。押しの強い女子って素晴らしい。
「いや?」
「いやじゃない、って言うのわかってるだろ」
「へへ」
「ずるいやつめ」
「六郎の彼女だから」
「説得力すげえな」
諸悪の根源、俺。びっくりするほど反論のしようがない。
まあ確かに、俺の彼女はそうじゃなくちゃ務まらないよな。