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【書籍化】俺は義妹に嘘をつく  作者: 城野白
5章 愚者たちのスタートライン
113/140

113話 お似合い

「うんうん。村はもう、雪がしっかり積もってるって。雪かき大変だから、ロクくんに手伝ってほしいってお婆ちゃん言ってた。はははっ、さすがに冗談だろうけどね。それで、最近はどうなの」

「相変わらずお前、めっちゃ喋るな」


 電話の向こうから聞こえる溌剌とした声は、年中無休で夏みたいに陽気だ。

 言いたいことが溢れるようで、加苅美凉と俺の話す量に三倍以上の差がある。


「一を聞かれたら十返すのがモットーだからね」

「聞いてもない九が一にくっついてくるのをなんとかしてくれ」


「それはロクくんに折れてほしいな。ああそうそう。利一さんのお店ね、今度テレビの取材来るって。地上波で全国に流れるって」


「すげえな」

「ね! これは女蛇村誕生以来の大事件ですよ。利一さんは『休日朝のちょっとした番組だから』って言ってるけど、村はもう大盛り上がり! あたしとしても誇らしい!」


「めっちゃ彼女面するじゃん。付き合ってんのか?」

「まだお試し期間……。ちょっとずつ距離を詰めている最中であります」


「あー……ま、ゼロよかましだろ」


 一転してしゅんとされると、どうにもやりづらい。元気一番! 突撃粉砕! みたいな加苅がいっちゃん気持ちいいんだよな。


 こういうしっとりした会話は、できればしたくないのだが。

 クリスマスの相談となっては、無碍にできまい。彼女の知り合いで、最も利一さんと仲がいいのは俺らしい。俺を除くと村のエロじじいしか残らないようで、話くらいは聞いてやらないと悪い気がしたのだ。


「そういうロクくんはどうなんだ! 悠羽っちから聞いてはいるけど、実際のところどうなんだいっ!」


「ヤーッ」

「ヤーッ」


 加苅のいいところ、こういうところ。腹立たしい部分はあるが、ちゃんとダチなのだ。


「で、どうなの。いつ結婚するの?」

「昨日した」


「うええええっ!?」

「嘘に決まってんだろ」


「どええええええっ!?」

「うるせえな。もう切るぞ」


「待って待って! ロクくんと話してると、なにが嘘でなにが本当かわからないんだってば。見分け方とか教えてくれないと」

「嘘つくときは目を逸らす」


「電話じゃ使えないテクニック! あ、そうだ。テレビ電話にしよう!」

「しねえよ気持ち悪い」


「確かにロクくんとすることじゃないね……。あーあ、利一さんの顔見たいなぁ」

「相談も俺じゃなくて利一さんにすりゃいいだろ。電話もできて一石二鳥」


「そういうわけにはいかないんだよぉ!」


 ぐすぐすとわざとらしい泣き真似。元気そうなので、さっくり見捨ててやりたい。

 ……が、後で悠羽にバレたら怒られるな俺。それは避けたいので、なんか適当なこと言って終わらせよう。


「で、なに言えばいいんだ?」

「正直に答えてほしいんだけど。あたしって利一さんに脈ありかな」


「んー、ナシ」

「うわぁああああ!」


「って言われたら、お前は諦めるのかよ」


 断末魔を上げる加苅に、落ち着いて言葉を投げかける。俺たちの会話にしては珍しい、妙な沈黙が挟まって、それから首を振る気配。


「ううん。諦めないよ。――あたしは蛇になんてならない。そんな暇があったら、振り向いてもらえるように頑張る」

「だったら関係ないことを気にするな。向こうが砕けるまでぶつかれ」


「イノシシ戦法だね!」

「そのネーミングでいいのか……?」


「もっとお洒落なのがいいかな。『真っ直ぐ!茹でる前パスタ大作戦!』みたいな」

「よし、イノシシで行こう。あいつら、うり坊の間は可愛いからな」


「あたし20歳だけど」

「内面は五歳児だからセーフじゃね」


「なにおぅ!」


 はははと笑ってはぐらかす。

 相変わらず女っ気がないというか、野蛮というかクソガキというか。だがまあ、そこが加苅のいいところなのだろう。


 無意識に緩む口元。意地の悪いことを思いついてしまった。


「そうだ。このままズルズルお試し期間を続けて、加苅がアラサーになったくらいで利一さんに責任取らせようぜ。あの人、罪悪感には弱いだろ」

「ロクくんのそういうところ、最高にロクくんだよね」


「俺を性格悪いやつの代表みたいに扱うんじゃねえよ」

「でも、そのアイデアはお婆ちゃんたちも言ってたよ。残念、先を越されてたね!」


「おっかねー村」


 ぶるっと肩をすくめ、苦笑い。

 ま、文月さんなら言いかねないよな。あの人はめちゃくちゃ落ち着いた声でエグいプランを立てそうだ。


「はぁ……。利一さぁん」

「調子狂うからやめろよな。メンヘラはお前に似合わん」


「大学通ってるとあんまり会えないから、けっこう病むよぉ。ロクくんも悠羽っちと会えなかったら病むでしょ」

「どーだか」


 なにやら面倒な話題だ。さらっと流しきるために、いったん爆弾を投げておくことにする。


「そういや俺たち、来年からアメリカ行くかもしれん」

「ふーん。行ってらっしゃい……アメ、アメリカ!? アメリカってあの、アメリカ合衆国オブユナイテッドステイツの?」


「アメリカ合衆国合衆国になってるって」

「びっくりしたからねえ……。なんかちょっと見ない間に、すごいことになってるじゃん。やっぱりロクくんて優秀で腹立つ」


「腹立つなよ」


 そこは素直に賞賛してもらいたい。いや別に、加苅から褒められたいわけじゃないけどさ。

 ともかく、話題の変更には成功したらしい。


「じゃ、またしばらく会えないんだ」

「そうなるな。ま、文月さんによろしく伝えといてくれ」


 その後しばらく雑談をして、電話を切った。


 加苅と電話をするのは初めてだが、思ったより普通に話せるものなんだな。俺たちは顔を合わせ、バチバチに喧嘩しないとコミュニケーションを取れないと思っていた。

 そんな意外性をしみじみ噛みしめつつ、今頃は真っ白になっているであろう村に思いをはせる。


 今年の夏、村を出るときに文月さんに言った。


 ――まだ、足掻いてみたい。


 そうだ。俺はあの時からとっくに、今の自分に満足できていなかった。進みたい。どこか違う場所へ行きたい。自分の才能と、努力でどこまでやれるか知りたい。

 そんな願望は、ずっと昔からあった。


(文月さん。俺、行ってくるよ)


 大門さんとの話し合いは順調だ。といっても、今は雑談とかゲームが中心で、肝心の仕事についてはあまり触れていない。

 ただなんとなく、あの人とは価値観が合う気がするから。きっと俺は、来年の冬ここにいない。


 ノックがあった。


「六郎、電話終わったの」

「ああ。入っていいぞ」


 ドアを開け、寝間着姿になった悠羽が入ってくる。冬用のパジャマはふわふわしていて、柔らかい彼女の印象によく合っている。

 布団の上。俺の前に座り、首を傾げる。


「美凉さん、なんて言ってた?」

「利一さんに脈があるかどうかってさ」


 それを聞いて、悠羽は小さく笑う。


「あの二人ってお似合いだよね」

「そうなんだよなぁ」


 ため息交じりになってしまうのは、呆れが先立つからだ。

 実は昨日の夜、利一さんも悠羽に相談をしている。


 律儀なあの人らしく、一度俺の方に「悠羽さんに相談したいことがあって……もしロクが嫌でなければ、いいかい」との確認の後に電話をしていた。

 内容がまた内容で、「美凉は僕がおじさんであることに幻滅するのではないだろうか」みたいなことだった。


「人を好きになるって、難しいね」

「……」


「なんで気まずそうにするの?」

「いや、まあ、簡単なことじゃないよな」


 今でこそ俺たちもただのカップルだが、そうなるまでにあったことを思い返せば大変だった。主に俺のせいで。


 まだ不思議そうにしている少女の頭を撫でて、なんでもないと首を横に振る。

 しばらくそうしていると、悠羽は「まあいっか」と頷き、前に倒れて俺の胸に頭を預けてくる。


「美凉さんって、すごいよね」

「どうすごいんだ?」


「利一さんと離れてても、ずーっと好きだったんでしょ。外国に修業しに行くのも応援して――私には考えられないよ」

「あいつは強いからな」


「私、弱いです」

「悠羽もいろいろ強いだろ。押し通す力とか」


「強くないもん」

「今この状況の8割はお前が作り出したと言っても過言ではないからな」


 俺がちょっとずつ進めよう。いい感じにリードしよう。と思っているうちに、どんどん要求を通してくる。その結果がこれだ。押しの強い女子って素晴らしい。


「いや?」

「いやじゃない、って言うのわかってるだろ」


「へへ」

「ずるいやつめ」


「六郎の彼女だから」

「説得力すげえな」


 諸悪の根源、俺。びっくりするほど反論のしようがない。

 まあ確かに、俺の彼女はそうじゃなくちゃ務まらないよな。

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― 新着の感想 ―
[一言] まあ、向こうの二人はほっておいても大丈夫でしょうね。 悠羽は待っている女、はできないんだろうな。恋愛の進捗を決めるのは、女性側の性格、なのかな。
[良い点] 諸悪の根源、俺 自分が正しいと思い込んで 好き勝手なことする小悪党より 自分を客観的に見られる偽悪者の方が 魅力的ですね [一言] 更新ありがとうございます 六郎と悠羽はもちろんです…
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