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【書籍化】俺は義妹に嘘をつく  作者: 城野白
5章 愚者たちのスタートライン
111/140

111話 なくなりません

 頭の回転があまりに悪いので、風呂に入った後はのんびり過ごすことにした。


「映画観よ、映画!」

「よしきた。ジュースと菓子の準備だな」


「私は膝掛け持ってきます」

「なに観るんだ? ホラーって季節でもないけど」


「恋愛映画って六郎は興味――すっごいなさそうな顔」

「いや、観たら面白いかもしれないしな。ああ。……いいんじゃないか」


「無理しないで! 心が痛いから!」


 いつも通りに悠羽のチョイスに任せようと思ったが、激しく微妙な返事になってしまった。今日の俺、いろいろと誤魔化すのが下手すぎる。疲れてるし、考え事を複数抱えているせいで脳の空きがない。


 少し喋る量を減らそうかなとも思ったが、それでは悠羽が可哀想だ。上手いこと中身のない返答をするのがいいだろう。


「うーん。六郎も楽しめそうなやつだったら……やっぱりホラーかな」

「それな」


「でも、SFとかも男の人は好きって聞くけど。どう?」

「それな」


「アクション?」

「それな」


「ちょっと! 真剣に答えてよ」

「はっ」


 怒られてはっとなる。あまりに適当に返しすぎていたらしい。

 むすっとした顔の悠羽は、俺の様子を見て心配そうに眉根を寄せる。


「やっぱりもう寝る?」

「いや、眠くはないんだよな。こんな早い時間に寝れないだろうし」


「じゃあ、睡眠導入に川の流れ60分とかにしよっか」

「よーし恋愛映画観るか。なんかすっげえ楽しみになってきたわ。早く電気消そうぜ」


「はーい」


 腕をぐるぐる回して、迅速に準備を推し進める。ちょっと気を抜いたらリラグゼーションさせられそうだ。そんなつまらんイベントは開かれなくていい。


 冷蔵庫で冷やしておいた炭酸を出して、菓子袋を開く。大きめの膝掛けを二人で共有して、ぴったりくっつけた椅子に座る。照明を暗くした部屋でパソコンを弄って、映画を再生。


 頃合いをみてイチャつくか、などと画策していたらオープニングから悠羽がしなだれかかってきた。右手を彼女の肩に回して、安定するように頭を支えてやる。この体勢がどうやら好きらしく、横に座るとけっこうな頻度で寄りかかってくる。


 人差し指で悠羽の頬を軽くつつく。すべすべで柔らかく、触っているだけで幸せになれてしまう。親指も使って、ふにゃふにゃの餅みたいな感触を楽しむ。

 数分それを続けていると、ぷくっと頬が膨れて硬くなった。悠羽が抵抗しているのだ。だが、そんなことは意に介さず親指で押し返す。


「ちゃんと映画観てる?」

「観てる観てる。そろそろあのカップルがゾンビに食われるんだな」


「ホラーじゃないから! そういう展開ないやつだからね」

「ほーん。え……お前、物足りなくないか」


「ホラー以外でも満足できるから! なんで怖いのないとだめだと思われてるの?」

「いや、悠羽もたまには人の血が見たいのかなって」


「そんな狂気染みた趣味は持ってません! ってほら、ちゃんと観ないと。可愛い女優さん出てるよ」

「あ、ほんとだすっげえ可愛い」


「やっぱりなし! 六郎はこっちだけ見てて」


 膝を叩かれて、視線を戻すよう命令される。


「束縛彼女の才能あるって」

「六郎は縛っても大丈夫って、美凉さんが言ってたから」


「加苅め……あいつはまたわけの分からんことを……」


 それでいてちょっと核心をついているのが腹立たしい。

 俺からも利一さんに悪いことを吹き込んでおくとしよう。平穏なクリスマスが過ごせると思うなよガキ女。


 まあどうせ、画面より悠羽を見てしまうのはいつものことなんだがな。

 ころころと変わる表情、心の中を隠せない純粋さ。その横顔を見るたびに、俺にはない部分に強く惹かれる。


 この両目から流れない涙も、隣で彼女が流してくれるから。こんなにも穏やかな気持ちになれる。その涙がなにより愛おしい。



 エンドロールが終わった後、彼女の声は湿っていた。鼻をすすって、赤い瞳で俺を見上げる。


「いい話だった」

「めちゃめちゃ感動したな」


 ぱっさぱさのドライアイで棒読みすると、悠羽はぷっとふきだした。


「絶対思ってないじゃん。……あははっ、六郎らしいね」

「感動系はいまいちピンとこないんだよな。あくび以外で涙が流れん」


「今更泣いてても驚いちゃうよ」

「確かにな」


 この一年いろいろなことがあったけれど、結局俺は泣かなかった。どうやらもう、泣くことで感情を表現することはできないらしい。痛みで麻痺させているうちに、機能自体が失われてしまったのだろうか。


 まあ別に、だからなんだって思うけどさ。


「お前はほんと、すぐ泣くよな」

「しょうがないじゃん。泣き虫は治らないの」


「いいだろそれで。斜に構えてるよりよっぽどいい」


 パソコンを畳んで、部屋の照明を明るくする。空になった缶を捨て、菓子の袋もゴミ箱へ。

 ほどよく退屈だったので、気持ちよく眠れそうだ。歯を磨いてさっさと布団に入ろう。


「じゃあ、あとはストレッチとマッサージだね」

「うっ……ストレッチなしは?」


「なくなりません」


 厳しい表情で言われてしまった。

 絶対俺の体を守る悠羽ちゃんの爆誕である。ありがたいけど、痛いから苦手なんだよな……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 悲しさでは泣けなくなっていても、嬉しさでは泣けたりするんじゃないかなあ。 いつ、泣くほどうれしい目に合う事が出来るだろう。
[良い点] > ころころと変わる表情、心の中を隠せない純粋さ。 > その横顔を見るたびに、俺にはない部分に > 強く惹かれる。 ほんこれ 女の子の可愛さって顔の造りとかスタイルじゃなくて この万華鏡…
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