表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】俺は義妹に嘘をつく  作者: 城野白
5章 愚者たちのスタートライン
110/140

110話 口が滑る

 お姫様抱っこでしっかり重さを覚えて、これから体重測定に活かすことを決意。そんなことを言ってみたら、案の定しっかり機嫌が悪くなる悠羽。


「女の子に体重がどうとか言う話はダメなんだからね。学校で習わなかったの?」

「……いや、あの……はい。すいません」


「まったく。デリカシーないんだから」

「いやほら、人って不完全な方が愛嬌あるだろ」


「そこに愛嬌は求めてないの!」

「うっす」


 ダイニングに戻って、ちゃんとお説教を食らう俺。この歳でちゃんと人から怒られるの、なかなかいたたまれない気持ちになる。


「でも悠羽、めっちゃ軽かったし。もうちょっと重くないと不安なくらいだったぞ」

「……そ、そうかな」


 目に見えて機嫌が上向きになる悠羽。やはりチョロい。

 突破口を見つけ、俺の舌も好調になる。ここぞとばかりに調子のいいことを言って、一気にこの不利状況を覆すのだ。


「ああ。あれなら披露宴とかも余裕で…………」

「……え?」


「ヒーローショーとかも余裕で出られるな! 怪人から助けてもらいやすい、いい体重だったんじゃないか」

「え、え、え? 待って、さっき披露――」


「疲労がすごいって話だからな! 最近ちょっと忙しくて、なんか疲れが抜けないんだよな。そんな状態でも持ち上げられる悠羽、軽い!」

「…………」


 きょとんした顔で、まじまじと俺の顔を見つめてくる少女。頼むからそんなに純粋な瞳を向けないでくれ。聞こえていたとしても、今回ばかりは見逃してくれ。マジで慈悲の心をください。


 怒られた反動でつい、おかしなことを言ってしまったのだ。正直に言えば、俺もお姫様抱っこでテンションが上がっていたし。なんだこれ結婚式かよ。みたいに思ってた。そのせいで口が滑った。


 いやほんと、それだけなんです。他意はないんです。それが一番まずい。


「じー……」


 声をまで出して、凝視してくる悠羽。これもう完璧にわかってるやつだ。その上で、俺をどう調理しようか迷っている最中らしい。

 煮るなり焼くなり好きにしろ。というのが男らしい答えだが、まずくなったらキスで黙らせる覚悟がある。人の好意につけ込むくらい余裕なんですね、クズだから。


 そんなこちらの圧を感じてか、悠羽はふっと視線を切った。


「しょうがないなぁ。今回だけね」


 ほっと胸をなで下ろし、背もたれに体重をぐったり預ける。俺としたことが、とんでもない失言をしてしまった。本当に疲れているのかもしれない。

 張り切って英語の勉強に力を入れるのはいいが、今日は早めに寝るか。


 でも、さっきの反応を見る限り……嫌がってはなかったよな。


 結婚、か。

 兄妹から恋人になって、いずれ夫婦になって――そしていつか、俺たちにも子供ができるのだろうか。


 命より大切なものが増えていく。それら全て支えられる強さが、包み込める優しさが俺にあるか。問えば、その答えは否だ。今の俺は、自分と悠羽で精一杯で、それ以上を背負い込む余裕などありはしない。


 夢を追いながら、俺は強く優しくなれるだろうか。ちゃんとした収入と、生き抜くためのスキルが身につくだろうか。

 幸福なだけだった妄想は、現実感を纏うほどに不安を連れてくる。


 マリッジブルーってやつなんすかね、これが。


 くだらない思考を鼻で笑い飛ばして、残った仕事を済ませてしまう。

 悠羽は風呂に入ってから、夕飯の準備をしてくれる。それが終わったところで、俺も仕事を切り上げた。


「はい。今日は六郎の好きなオムライスです」

「おっ、いい匂いじゃ――……ん?」


 目の前に出された皿を見て、思考が停止する。

 鼻をくすぐるのは卵とケチャップの甘く香ばしい匂い。俺の好きな料理ということで、悠羽がひときわ丁寧に作ってくれる。利一さんからのアドバイスも吸収し、いよいよその味は店のものに匹敵する領域まで来ている。


 そんな最高のオムライスの上に、赤いハートがこれ見よがしに乗っている。


 顔を上げて悠羽を見ると、なにやらニヤニヤしている。どうやらこいつ、さっきのをからかっているらしい。「六郎は私のことが大好きなんだから、仕方ないなぁ」みたいなオーラをビシバシ感じる。


 なるほど、そっちがその気なら俺にも考えがある。

 立ち上がって冷蔵庫を開け、ケチャップを取り出し、悠羽のオムライスにも同じようにハートを作ってやる。


 満足のいく出来になったので、威勢良く鼻を鳴らす。


「ふんっ…………なんでこんなバカップルみたいなことしてるんだ?」


 勢いでやったはいいが、沸々と湧いてきた虚しさに首を傾げてしまう。悠羽のハートと俺のハート、同じ形なのに、どうして俺のはこんなに醜いんだろう。


 悠羽まで不思議そうにしているので、いよいよ意味がわからない。男がオムライスにハートを書いたという、地獄のような事実だけが後に残った。


「六郎、もしかして疲れてる?」

「そうかもしれん」


 さっきまで得意げだった悠羽も、普通に心配そうな顔をしている。こんなに情けないことってあるだろうか。


 だがまあ、屈辱で失言がチャラになるなら、等価交換ではあるか。


「今日は早く寝てね」

「そうする」


「あとでマッサージしてあげる」

「いや、お前も疲れてるだろ。一日バイトだったんだし」


「私は大丈夫。どうせ平日になったらやることないし!」

「力強く言うことかそれ?」


「とにかく、あとで一緒にストレッチとマッサージしよ?」

「ストレッチ痛いからやりたくねえ」


「だーめ。腰痛くしたら大変なんだからね。特に六郎は座ってばっかりなんだから、習慣化しないと」

「うわぁ……」


 体力テストで長座体前屈に煮え湯を飲まされた男。いわゆる初期位置から前に進むビジョンが見えない。

 でも腰を痛めたらおしまいだ。それはなんとなく、ネットを見ていても思う。某漫画家の腰痛とか、有名だしな。


「わかった?」

「へい。やります」


「よろしい。じゃあ食べよっか」

「だな」


 手を合わせて、食べ始める。


 俺はハートを最期まで崩さないようにオムライスを食べ、悠羽は普通に崩して全体に塗りたくっていた。


 うん。まあ、そっちのが美味いもんな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] すっかり、うそを付いたり誤魔化したりするのが下手になった。 嘘をつかなくて済む幸せな生活に馴れてしまったのだなあ。
[一言] お返事ありがとうございます。 日本語を忘れないためと思ってインライン小説を読み始めました。なぜか、若い人向けの作品にはまってしまいました。 行き先は、オレゴンでしたっけ?ここに、ポートラ…
[良い点] > 俺はハートを最期まで崩さないように > オムライスを食べ、悠羽は普通に崩して > 全体に塗りたくっていた。 あ~男ってほんと馬鹿 ロマンチストで夢想家 そんな男に生まれてよかったと思…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ