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【書籍化】俺は義妹に嘘をつく  作者: 城野白
5章 愚者たちのスタートライン
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107話 本物

 三条悠羽は待っている。

 自分が見つけた将来の目標を、六郎に伝えるタイミングを。


 見計らっているのではなく、待っているのだ。ここと決めた条件はちゃんとあって、それが満たされたら伝える予定だ。


 その条件とは――六郎が夢を見つけて、悠羽に伝えたとき。


(私が先に言ったら、六郎は絶対に自分のことを言わなくなる)


 あの男は、そういう人間だ。もはや無意識に悠羽のことを最優先にしている。どれだけ大切な目標だろうと、彼女のためなら迷いなく捨ててしまうだろう。


 ――なにかを目指そうったって、簡単じゃねえのさ。


 暗い高速道路で聞いたあの穏やかな声は、諦めることに慣れた人の言葉だった。

 けれど、なにも願っていなければ六郎はあんなことは言わない。「俺にはよくわからん」と言うはずなのだ。


 なにかがある。悠羽はそう睨んでいる。

 そしてそのなにかを、絶対に叶えてほしい。


 環境に振り回され、いったいどれだけのことを六郎は諦めてきたのだろう。最初から願うこともできなかった、夢の欠片はいくつあっただろう。


 野球選手になりたい、漫画家になりたい、消防士になりたい、パティシエになりたい。そんな無垢な願いすら、彼にはなかったのだろう。世の中が甘くないことを、物心がつく頃に知っていた、彼には。

 叶えてもらわなければ、困るのだ。


 彼女の目標がまだ、それほど重要ではないというのもある。なれたらいいな。なれなかったら、別の道を探そう。くらいにしか思っていないので、譲ろうと思えばいくらでも譲ることができる。


 そんなわけで、ここ半月ほどずっと悠羽は六郎の様子を観察していた。

 ので、


(あ、なんか今日おかしい)


 得意のポーカーフェイスを前にしても、変化に察することができた。


 外見や話し方に大きな違いがあるわけではない。いつも通りに出迎えて、他愛ない話をする。会話のリズムも、茶化し方も普段と変わらない。

 だけどなにかが違うと思う。

 こればかりはもう、悠羽の特権と言わざるを得ない。六郎に嘘をつかれ続け、それを暴こうと目を懲らし、その果てに会得したある種の特殊能力である。


 絶対浮気させない悠羽ちゃんの完成だ。

 他の女と連絡を取ろうものなら、シャーロック・ホームズもびっくりの早さで気がつくだろう。論理ではなく直感という点を除けば、名探偵の素質がある。


 とりあえず荷物を片付けて、エプロンをつけキッチンに立つ。


「今日のご飯はなんでしょう」

「黒毛和牛のステーキか」


「そんなわけないでしょー」

「じゃあ、フグとか」


「免許持ってたらもう働いてるよ!?」

「エスカルゴ」


「気持ち悪くて触れないし。……もう、全然当てる気ないじゃん」

「真面目に当てようか」


「うん。ちゃんと考えてね」

「夕飯」


「そうじゃないっ!」


 いつも通りの会話で様子を見ようと思ったら、想像を超えていつも通りの返しだった。からかい上手か、からかわれ上手なのか、楽しく盛り上がってしまう。

 頭の片隅に冷静な自分を残して、悠羽は唇を尖らせる。


「適当なことを言う六郎には、適当な料理しか作りませ~ん」

「適当な料理とは」


「白湯」

「料理じゃねえなそれ。お湯湧かしただけだな」


「お湯を沸かしてるじゃん。料理だよ」

「カップ麺より簡単なものは料理じゃないだろ!?」


「ク〇クパッドに作り方載ってるもん!」

「嘘だろ……」


 目を見開いてスマホを操作し、愕然とする六郎。現代社会においてク〇クパッドにレシピが載っているかどうかは、料理がどうかの基準と言っても過言。普通に言い過ぎではある。


 が、そこを押し切ってこその悠羽である。六郎に打ち克つために必要なのは、隙のない論理ではなく無理を通す気合いだ。


「ということで、六郎のご飯は白湯です」

「待て待て待て。せめてカロリーをくれ」


「水は重さがあるからカロリーの塊だよ」

「ゼロカロリー理論の逆……だと」


 すべての有を無に帰す理論と対を為す、すべての無を有へと変える理論。それだけ聞けば格好いいが、ただカロリー計算をねつ造しているだけだ。


 六郎は参ったとばかりに背もたれに寄りかかって、目を閉じる。手で口元を隠したのは、考えている証拠だろう。


「……シチュー、か?」

「正解っ」


 人差し指を立てて笑うと、悠羽はくるりと六郎に背を向ける。冷蔵庫から牛乳と野菜を取り出し、調理を開始する。


(決めたのは今だけどね)


 心の中でぺろっと舌を出して、ほっとした様子の六郎を横目で見る。


 冷蔵庫の中身を確認しない彼は、おそらくレシートの内容から推理したのだろう。残っている食材で作ることができて、そこからはおそらく願望混じり。


 要するに、作れるものの中で六郎の食べたいものを答えるだろう。

 今日のメニューに迷うこともないし、なんだか幸せな気分になることもできる。


 こんなふうに余裕を持って振る舞えるのも、ちゃんと心の準備ができているからだ。今回ばかりは、化かし合いでも悠羽に勝ち目がある。

 まずはこの違和感が、悠羽の予想通り彼の将来に関わるものなのか。それを見極めるのだ。詳しいことは、それから決めればいい。


 焦らないこと。そう心に刻んで、料理を開始する。







 ――本物なら迷わない。


 その言葉はいつも、なにかを諦めるとき自分に言い聞かせてきたものだ。

 様々なリスクを鑑みて、なるべくネガティブに物事を考えて、それで迷ってしまうなら本気じゃない。本気じゃないなら、やる必要はない。


 その方法でやりたい部活も、習い事も、人間関係も、欲しい物も諦めてきた。

 今回もとりあえず、その手段を試そうとした。


 アメリカに行って仕事をする。

 まず真っ先に思い浮かぶリスクは、治安と食事、それから衛生的な面。面倒なのはパスポートの取得や就労ビザの申請、それからこの家と家具の後始末。


 億劫になる理由なら、山のようにある。

 それでもなぜか、迷いは生まれなかった。


 たとえ大門さんと上手くいかなくても、いつかは行くだろうと思ってしまう。だって、見つけてしまったから。

 俺がこれまで積み上げてきたことを、その全部を試すことができる場所を。


 気がつけば、どうやって悠羽を説得するかを考えていた。彼女がいない生活など考えられない。行くなら二人で。だが、巻き込んでしまったら辛い思いをさせないだろうか。

 そうさせないために、俺にできることはなんだろう。


 考えても答えはでない。

 だが、俺の中で方針は固まった。


 まさかこんなに早く、自分の中で結論が出てしまうとは。

 まさか俺が、なにかをこんなに求める日が来るとは。


「家族会議をしよう」


 気がつけば、彼女にそう提案していた。

 本物だから、迷えないのだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] いいぞ六郎!頑張れ!
[良い点] 悠羽が六郎の決意になんとなく 気付いているところ [一言] 更新ありがとうございます アメリカに行くにしろ日本で引き続き暮らすにしろ どうか… どうか二人で仲良く 悪態をつきながら仲良く…
[一言] おや、進展が早い。それだけ本気だということなんだろうなあ。連れていく以外に道は無いだろうけれど、果たして悠羽の夢は何なのだろう。 これはもしかしたら、最後の大詰めに来ていたりするのかなあ。…
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