105話 ぱーふぇくとぷらん
「めぇぇりぃいいいくりっすます! の季節になったな、サブよ」
「テンションが8月で止まってるんだよなぁ」
汗が出そうなほどのテンションで、合流するや否や拳を突き上げる圭次。気合い十分。無駄に髪をワックスでばっちり決めて、服装も完全にデート仕様だ。
対する俺は、コートの前側をしっかりしめて、首元はマフラーで覆った防寒仕様。大して気合いも入っていないので、もっさりした表情になっていること間違いなし。
「バッカお前この季節にテンション上がんなかったら、なんで恋愛してるかわかんねえだろ」
「ヤリモクじゃねえか」
「クリスマスはそのためにある」
「ちげえよ。キリストの誕生を祝う日だよ」
「どうしたサブ。いつものお前なら『ゲヒヒ、このチャンスにとんでもないプレイをしてやるでやんす』とか言ってるはずだろう」
「いつの俺だよ……。ったく、まあ圭次が気合い入ってるのはわかった」
「おうよ」
「だが、身の丈に合わないサプライズを仕掛けるのはやめろよ。どんだけバイトの金を貯めていようが、高級ホテルでディナーなんか計画するなよ」
「…………い、いや、そんな予定ないぜ」
途端に目を合わせなくなる圭次。図星だったか。高級ホテルではなくとも、そのようなことを計画していたのだろう。
「見栄を張るのはいいが、金は貯めとかないと後悔するぞ」
「なんだよサブ。やけに真剣だな」
「ああ。最近気がついたんだがな……いや、やっぱなんでもねえわ」
「そこでやめんのかよ!」
寸前のところで飲み込んだ言葉は、「結婚には金がかかるんだ」というものだ。この間気になって調べて、軽く卒倒しそうになった。世の大人たちがいかに偉大か、今頃になって気がつかされる。
だがそれを圭次に言ったら「け、結婚!? 兄として許せん!」とか意味のわからないことを言い出すに決まっている。
「お前はなにに気がついた。言え! それを聞くまで俺はここから一歩も動かん」
「そか。じゃ、帰るわ」
「ちょ待てい!」
肩を力強く掴まれて、やれやれと首を横に振る。ま、適当に誤魔化しますかね。
「圭次は雑魚だから、まだ同棲してないし。いんじゃね、金の心配とかしなくても」
「きぃいいいい!」
効果てきめん。怒れる野生動物のごとく奇声を発し、己の境遇を怨む男。
頭を抱え、ぶつぶつと呪詛を吐く。
「なぜ、なぜ俺より遅くに付き合い始めたサブにもう追い抜かれそうなんだ……話が違う、一旦サブには別れてもらって……それからコンクリートで」
「海に沈めようとするんじゃねえよ」
一旦どころか永久のお別れになるだろうが。
「ずるいぞぉ。こっちはキスまで半年近くかかったのに」
「じゃあ奈子さんと別れるか?」
「別れないっ!」
「ならうだうだ言うんじゃねえよ」
「正論やめてぇ」
塩をかけられたナメクジみたいに顔をしかめて、それから深々とため息を一つ。悲しみを振り切って、圭次は前を向く。
「難しいのも、奈子ちゃんの魅力だからいい」
「じゃあ二度と文句言うな」
「文句じゃねーし。ただ己の不甲斐なさを悔いているのさ」
「急に高尚なこと言ってるけど、ただエロいことしたいだけなんだよな」
「うむ」
鷹揚に頷いて、ようやく一段落。ただ合流しただけでこの会話。大事な話がなにも進まない。
今日俺たちがよくわからん公園に集まったのは、来たるクリスマスに向けての作戦会議だ。お互いのプランを確認し合い、ボコボコに貶し合うことで高みを目指そう。というサディストなのかマゾヒストなのか曖昧な行為をする予定だ。
集合が公園になったのは、お互いに金を節約しておきたいから。言い換えれば、野郎に使う金はないから。
スマホを取り出し、ざっくり決めたプランを確認する。
「んじゃ、まずは俺からでいいよな」
「お手並み拝見と行こうじゃないか」
どんと構える圭次に向かって、噛まないように読み上げる。
「24日は悠羽が料理を作ってくれるから、家で祝う予定だ。その後は2人で映画を見て、終わりかな。25日は俺が飯に連れていく予定だ。ライトアップ見て、プレゼントはそこで渡そうと思ってる」
「クリスマス2日開催マジ?」
「悠羽のやつ、前々から料理作るって張り切っててさ。で、俺もなんかしたいから2日開催になった」
圭次は口をあんぐり開けて、全身を小刻みに震わせている。挙動のバグったゲームみたいだ。
「あ、あ、あ、リア充が!」
「リア充だが」
勝ち誇ったように言えば、圭次は後ずさって心臓を押さえる。自分にも彼女がいることを忘れているのか、単純に俺の幸福が許しがたいのか。おそらく後者だ。俺たちの友情とは、互いの不幸を爆笑することを理念に掲げている。
圭次はなんとか姿勢を直すと、指先を俺に向けてくる。
「だがなサブ、その計画には一つ欠陥がある」
「なんだと?」
「プレゼントを渡すタイミング。ライトアップの場は暗くて中身がよく見えない!」
「――っ」
「シチュエーションを重視するあまり、実用性を見失ったな。ついでに言えば、周りにも大量のカップルがいるからそんなに落ち着けないぜ」
「お前、詳しいな」
「去年はサークルの男たちと行ったからさ……」
影のある表情でへらりと笑う圭次。詳しいことは、あまり聞かないほうが良さそうだ。
ともあれ、意外にも有用なアドバイスを聞くことができた。明るい場所はあるだろうが、開封や確認のことも考えると屋内が良さそうだ。
「どうだ、タメになったか?」
「ああ。聞いといてよかった」
「次は俺のターンだな」
咳払いを一つして、圭次はカッと目を見開く。
ついさっき身の丈に合わないのはやめろ。と言ったばかりだが、もう代案を思いついたらしい。
「なんかいい感じの店でディナーを楽しんで、俺の家に行く」
「奈子さんともあと1ヶ月か。ドンマイ」
「フラれねえよ!?」
「そうか?」
「今回はいける。そんな気がしてる」
「不安だが」
根拠のない自信というのは、大抵外れるものだ。今回は俺が相談役になっているので、別れられるとさすがに気まずい。
「まあ任せとけって、サブ。俺はこう見えて、引き際をわきまえてるんだ」
「ほう」
「無理そうだったら土下座して頼むさ」
「引き際って言葉の意味を間違えてるな」
ガツガツ食い下がりやがって。
「……ったく、ま、そんだけ言うなら勝算はあるんだろ。別れたら、酒くらい奢ってやる」
「だから別れねえって」
「へいへい」
ま、奈子さんのことは俺にもわからん。あの人に関して言えば、俺よりずっと圭次のが詳しいのは事実。だからきっと、言葉とは裏腹にちゃんと確信があるのだろう。
となれば、気になるのは「いい感じの店」か。
圭次は車を持ってるし、選択肢はいくらでもある。そこを俺がサポートする必要はなさそうだ。
「とりあえず、圭次のはいいんじゃないか。なんかあったら連絡くれ」
「おうよ」
相談するまでもない大雑把なプランだが、誰かに言うだけで楽になる。というものだろう。現に俺も、人に聞かれて客観視できるようになった部分はある。
洒落た店はいいにしても、悠羽が浮いては意味がない。優先すべきは、居心地の良さなのかもしれない。
圭次が肩を叩いてきて、ニカッと笑う。
「頑張ろうぜ、相棒」
「あい、ぼう……?」
「なんでしっくりこねーかなぁ」