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【書籍化】俺は義妹に嘘をつく  作者: 城野白
5章 愚者たちのスタートライン
102/140

102話 怖い夢

 朝起きたら六郎がいない。

 そんな夢を、たまに見る。


 しんと冷えたフローリングを歩いて、隣の部屋はがらんどう。家具も匂いも消し去って、初めから誰もいなかったような空間があるだけだ。


 振り返った先のダイニングに並ぶ朝食は一人分で――


 いつもそこで、目が覚める。







「――ここまでくれば、卒業は問題ないだろう」


 パソコンの画面をひとしきり確認してから、熊谷先生はずっしり重たく頷いた。動作が動作だけに、絶大な安心感がある。


 進路指導室には今日も、受験を控えた三年生たちがせわしなく出入りしている。赤本を印刷したり、どの大学を受験するかで相談したり、目的は様々だ。

 悠羽は進学するわけではないが、それでも進路は決めねばならない。


 回転椅子から立ち上がって、ソファに移動する。


「三条は卒業後、どうするつもりでいる」

「六郎の扶養に入って、アルバイトをしようと思います。……とりあえず、ですけど」


「兄妹ならそれもできるか」


 納得したように頷いて、それから視線を上げる。


「税金のことは確認しておきなさい。働けばいいというものではないから」

「はい。あの、熊谷先生」


「なにか?」

「ありがとうございました。先生のおかげで、無事に卒業できそうです」


「んむ……」


 腕組みして、どこか悲しげに男は笑った。


「努力したのは三条だ。俺はなにもしていない」

「なんでもしてくれたじゃないですか」


「…………」


 参ったように熊谷先生が目を閉じるのを、面白そうに悠羽は見つめる。困ったときの対応も、やはり六郎と似ている。


「大丈夫ですよ。まだなにも諦めてないので」

「そうだな。諦めなければ、必ず運は巡ってくる」


「はい」

「さん――六郎は近頃どうしている?」


「仕事と勉強ばっかりです。それが楽しいみたいで」


 熊谷先生はふっと表情を崩して、ソファに深く体重を預けた。


「変わらんな」

「そうですね」


 その発言や振る舞いに反して、六郎は前向きな人間だと悠羽は思う。いつだって今より前に、少しでも良い明日を目指しているから。

 だから、そんな彼の努力が報われてほしいと思う。


 もしも彼が夢を見つけたなら、なによりそれを優先してほしいと願うくらいには。


 向かいに座った教師が満足そうにしているのを見て、関係ないが気になっていたことを聞いてみることにした。


「ところでなんですけど、熊谷先生って紗良さんとお付き合いしてらっしゃるんですか?」

「……そろそろ授業だろう、教室に戻りなさい」


「まだ昼休みは半分以上残ってますよ」


 途端に視線を泳がせて、熊谷先生はドアを指さす。誰がどう見ても、誤魔化そうとしている顔だ。

 紗良に聞いても躱されて、一体どうなっているのかと疑問だったが……。謎は深まる一方だ。


「子供はそんなことを気にするんじゃない」

「六郎も気にしてました」


「ぐっ」


 目に見えて言葉に詰まる。が、辛うじて残った気力で首を横に振る。


「とにかく、三条は自分のことに集中しなさい」

「はい」


 悠羽からすれば、この反応を見ることができただけで収穫だった。あとは六郎大百科に聞けば、おおよその状況を推理してくれるだろう。


 一礼して、少女は進路指導室を後にした。







 悠羽が高校を卒業するまで、三ヶ月。

 12月はまだ普通に登校するとしても、1月の共通テストが終わったら後は自由登校。彼女が学校に行く理由はなくなる。そこから3月頭の卒業式まではなんの予定も入らないはずだ。


 そして四月からは、晴れて社会の隅でひっそり生きる枠に悠羽も追加される。


 さてここで問題だ。

 俺とあいつ、いつ婚約すればいい?


 結婚することが幸せとは限らないうんぬん。みたいな言説が力強く語られる現代だが、ぶっちゃけ元から義理の家族。苗字は変わらないし、デメリットはほとんどない。現実的なメリットと言えば、扶養者を俺に変更するのがスムーズ。とかだろうか。


 この先なにか問題が発生して、別れることになる可能性は――ゼロではないかもしれないが。そういうトラブルも、彼女と乗り越えたいと思うから。


「プロポーズ……するかぁ…………?」


 ぽんと婚姻届を渡して「ほら、書いといてくれ」と言うわけにもいかないだろうし。

 となるといつ頃に行動を起こすのがいいのかという話になる。


 目下、最大のチャンスはクリスマス。だがしかし、3月まで悠羽はゴリゴリの高校生である。20歳のフリーランスと18歳の女子高生。組み合わせとして、あまりに不安定すぎる。

 そこを通過すると、次の転機は4月。悠羽も社会人になったタイミングで――だが、その時期はドタバタするだろう。生活が安定するまで、と引き延ばすことになりそうだ。


 そうして2人で生活することに満足して、事実婚みたいな状態が続いてずるずると……。

 だめだ。それは良くない。


 あんまり引き延ばすと悠羽に怒られる。「六郎は私と結婚したくないの?」って言われる。俺には未来が見えるんだ。そのとき俺は絶対に「いや、したいけど……」みたいな返事をする。

 将来的なクソ気まずい展開を阻止するために、この三ヶ月のどこかで動こう。


「待てよ……」


 結婚するとなると、いろいろ話がややこしくないか。結婚式を挙げる金、なし。新婚旅行で海外に行く余裕、なし。婚約指輪の値段に絶句する未来、あり。


 だめだこれ。まだ全然そんなこと言える状態じゃない。


 まず貯金が増えるようにしないとな。節約は現時点で割としてるから、必要なのは収入だ。

 よし、仕事しよう。


 筋トレ万能理論と同じで、仕事は全てを解決する。


 今日はクリスさんとの打ち合わせだ。俺の知り合いで唯一の既婚者である彼に、相談してみてもいいかもしれない。


 ……いや、たぶん「愛があればなんとかナリマス!」って力強く言われるだけだな。

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― 新着の感想 ―
[一言] まあ、結婚は先にしても、婚約はしておいた方がいいんだろうなあ。結納とかそういうものって、婚約を第三者に対抗するためにするものだから、公正証書で婚約という契約をしっかりしておけば、必ずしも必要…
[良い点]  悠羽の卒業に目途が立ったか。  おめでとう?ちょっと早いか。  先生も実は順調かも? [気になる点]  六郎さんやそういうことはもうちょいパートナーと相談した方が良いよ?
[良い点] 六郎大百科 ケイブンシャかっ [一言] 更新ありがとうございます 硬質な地の文のほんの隙間に ギャグぶっこまれるのが ものすごくツボです 熊谷先生と六郎、師弟 どっちが先にケリつけるの…
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