表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】俺は義妹に嘘をつく  作者: 城野白
1章 クズと義妹とマッチングアプリ
10/140

10話 サラブレッド

 あのアホ (悠羽)は、返信の間隔を引き延ばせば俺が現れると学んだらしい。


 五月が終わるまでに二度、その方法で呼び出された。気温が30度を超える日はけっこうあって、どうせ大丈夫だろうと思っても気になってしまうのだ。

 オオカミ少年だって、最後は本当にオオカミが来たわけだし。


 私服の件はというと、ひとまずカーディガンを上から羽織るという結論になったらしい。鞄を学校のものじゃなくすれば、図書館には入りやすいんだとか。

 ……図書館いけるなら呼ぶなよ。とは思うが、あいつも暇なのだろう。相変わらず一人でぷらぷらしているらしい。


 学校に行かない理由については、聞く前にはぐらかされてしまう。まったく、誰に似たんだか。


 窓の外は晴れている。

 梅雨入りして、ここのところ雨続きだったから珍しい。


 そんな日に、『ゆう』からこんなメッセージが来た。


『今日は学校、午前中だけなんですよ』

「お前は学校に行ってないだろうが」


 つい突っ込んでしまう。リアクションさせられて、なぜか負けた気分になった。

 そのまま無視してやりたい気持ちを堪えて、改めて見返す。入っている情報は、今日、午前中授業であるということだけ。


「どうしろって言うんだよ、これは」


 頭を掻いて考える。

 結局、あの日以降も『サブロー』と『ゆう』は会話を続けている。お互いに完全に気がついていることには触れず、今まで通りを装って。


 だから、悠羽からのメッセージはひどく迂遠で、解読に手間がかかるのだ。一時間かけて考えて、結局なにもなかったときはキレそうになった。

 今回のは、なにもないってことはないと思うが……。


 ううむ。これはなんだ。一体全体、なにを伝えようとしてるんだこいつは。

 午前中授業、四時間授業、午後はなし、13時には帰宅……すると、どうなる。


「なるほど。弁当持ってない、か」


 帰宅してから昼食をとるから、母が弁当を作っていない。堂々と帰ればいいのだが、家の鍵を持っておらず、家に入れなくなった。金もないから助けてくれ。

 そういう意味だろう。


「……なんか買ってってやるか」


 空腹でも死にやしないが、いいこともない。

 むしろ変なダイエットをしていないみたいで安心した、と納得するべきなのだろう。さすがにそれは無理があるか。


 まったく、こんな姿を圭次に知られたら、過保護だと笑われてしまう。

 なんてことを思っていたら、ちょうどその圭次からメールが来た。


 噂をすれば影がさす、ってやつか。メールボックスから内容を確認。


『新田圭次

 件名:やばい

 本文:奈子ちゃんにフラれちゃいそう。相談したい。夜電話してくれ。』


「やったぁああああああ!」


 じめっとした梅雨の空気を吹き飛ばすようなグッドニュースに、思わず声が出る。

 両手は自然にガッツポーズになり、天井へ突きつけられる。陸上競技で新記録を達成したアスリートみたいに、上を見て最高の笑み。


 落ち着いてまたメールを確認して、圭次がちゃんとフラれそうになっていることを確認。

 うん。ちゃんとピンチになってる。

 やばい、めっちゃ嬉しい。居酒屋での屈辱があったからか、いつもの倍以上嬉しい。


 なんか恋愛をわかったふうに「サブはな、やっぱ自分からいかないとダメなんだよ。女の子ってのは、男から来てほしい生き物なんだからさぁ」とか上から講釈垂れてきたあいつがフラれそうとか、笑いが止まらん。


「ふはははは」


 とか、悪の幹部みたいな声になってしまう。一人暮らしでよかった。お隣さんが昼間は仕事でいなくて本当によかった。


 とんでもなく高価なプレゼントをもらったような気分だ。陰湿な喜びじゃなくて、清々しく嬉しい。やっぱり持つべきものは友達だな!


 気分がすこぶる良くなったので、今日の昼は奮発しよう。

 こうやって、世の中のバランスは取られていくんだ。







 たまに自分へのご褒美に使う店は、一年とちょっと前に働いていた場所でもある。

 住宅街の中にある小さなパン屋、サラブレッド。


 お世辞にも立地がいいとは言えない場所に店を構えているが、そのクオリティの高さから客足は絶えない。お値段もなかなかで、中年以降のマダムをメインターゲットにしているらしい。


 入店すると、レジで会計をしていた店長、橋本はしもと紗良さらさんがこっちに気がつく。


 黒縁の丸眼鏡をかけた、一見優しそうな三つ編みのお姉さん。

 だが、その本性は競馬中毒者。仕事場から出れば競馬新聞にかじりつき、店が傾きかければ競馬で費用を補填する。

 サラブレッドという店名も、紗良という名前じゃなくて馬から連想したらしいから本物だ。


 前のお客さんに「ありがとうございました」と言うと、カウンターから出てきて話しかけてくる。店内の客は俺しかいない。


「どうしたのサブローくん。なにかいいことでもあった?」

「ふふっ、紗良さんはなんだと思いますか」


「そうね。仕事が上手くいったとか」

「そのくらいじゃこんな笑顔にはなれませんよ」


「あら。じゃあ、彼女ができたとかかしら」

「惜しいですね」


 実に惜しい。ニアピンだ。


「俺に彼女ができたんじゃなくて、友達が彼女と別れそうなんです」

「どこが惜しいのよ」


 めっちゃ冷めた声で言われた。

 だが、紗良さんはすぐに表情を変えて少し考え込む。顔を上げ、


「もしかして、その友達の彼女が、サブローくんの好きな子?」

「いえ、一回会っただけの他人です」


「なんなのよもう」


 純粋に俺が友人の不幸を喜んでいるやべーヤツだと伝わったらしい。紗良さんは腰に手を当て、ずり落ちた眼鏡を持ち上げる。


「そんなことしてると、その友達にも嫌われちゃうわよ」

「ああ、大丈夫です。だってあいつ、俺に彼女がいるとき毎日のように『別れろ別れろ』って囁いてきましたから」


「類は友を呼ぶってことなのね」


 鷹揚に頷く。

 そうだ。俺と圭次は、お互いにお互いの足を引っ張り合う運命共同体。根っこのゴミカス具合が共鳴するので、なんだかんだ長続きしている。


「そういうわけなので、今日はいい日なんです」

「ちなみに私は一ミリも理解してないわよ」


「でも紗良さん、自分が賭けた馬以外は負けろって思うでしょ」

「当然じゃない」


「そういうことですよ」

「そういうことではないでしょう」


 真顔で反論されてしまった。まあいいだろう。

 別に俺は、そんな話をしにきたわけじゃないし。いちおう、待たせているやつもいる。


「昼飯用のパン4個と、甘いの2個買いたいんですけど。オススメ選んでもらっていいですか」

「おかしいわね、一人分にしては量が多い」


「後輩に相談事持ちかけられてしまして。紗良さんのパン食わせてやったら、気も晴れると思うんですよね」

「相変わらず、スラスラと嘘をつくわねえ」


 紗良さんは目を細め、面白そうに口元を横に広げる。俺もこんな雑な嘘で騙せるとは思っていないので、視線を逸らして半笑い。

 紗良さんは俺の代わりにトレーとトングを持つと、迷いなくパンを載せていく。


「ほら、女の子が好きなの中心で選んどいたから。気合い入れていきなさい」

「や……ほんと、そういう相手じゃないんですけど」


「すーぐ嘘つくんだから」

「これが嘘じゃないってのはわかるでしょ」


 まったくこの人は、俺をからかうのがよっぽど好きらしい。

 会計を済ませて、袋に入れてもらう。パン屋の紙袋を抱えて歩くのが好きなのは、きっと俺だけじゃないはずだ。


 紗良さんはふわっと笑った。眼鏡の奥で瞳が柔らかく曲線を描く。


「でも、大切な人なのよね」

「なんでそうなるんすか」


「だって君、予算すら言わなかったじゃない。その人が喜んでくれるなら、なんでもいいと思ってるんでしょ」

「……まったく、これだからおばさんは」


「あっ! ちょっと待てい! 料金10倍だぞ!」

「また来まーす」


 トングを振り上げて襲いかかってくる紗良さんから、脱兎のごとく逃げ出す。

 サラブレッドを出て、真っ直ぐな下り坂を駆け下りた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 確かに、類友、どちらも良い性格している。 そんな友達づきあいはきっととても楽しいに違いない。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ