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大震災

 今日も俺は堅苦しい学園を抜け出し、風に乗り空を漂っている。

 やっぱり既に習得済みの魔法を授業で習うよりかは、何も考えずこうして風の向くまま気の向くままに空を漂うことが風流だ。

 





 その時、世界が音を立てて崩れた。


 いきなり下から爆音が鳴り響く。

 そしてそのあまりの衝撃に吹き飛ばされる。

 その瞬間、歳に似合わない俳諧趣味は吹き飛んで、急転直下に現実に連れ戻される。


 慌てて爆音の方向を眺めると、そこには永遠に変わらないと思っていた全ての常識が崩れ去るほどの光景が広がっていた。

 眼下に広がる魔法都市の至る所から激しい爆発が起きていたのだ!


「なんだよこれ! 何がどうなっているんだ。みっ、みんな」


 大震災。後にそう名付けられた衝撃だった。

 それは世界を一変し、俺たちの日常を粉砕し、未曾有の混乱に突き落とした。

 まさに天変地異! 世界の理を全てひっくり返した歴史的特異点。




 気付けば俺は空を翔けていた。

 全ての魔力をふかし、自分が出せる最高速で我が母校リュケイオンに急行していた。


 どーーん! ……いてて。


 全ての魔力をスピードに割り振っているので、細かいコントロールが効かず、俺は屋上に衝突した。

 その痛みを感じる暇がないほど、目の前のリュケイオンの惨状はむごたらしかった。

 あちらこちらで火の手が上がり、至る所から悲鳴が聞こえる。

 爆発とそれに伴う火事、それは空中から眺めた学園都市全体がそうであったが、リュケイオンはその爆発の震源地と思えるほどより際立って激しく燃えていた。

 

「みんな無事でいてくれよ」


 最悪の事態がいやがおうにも頭によぎる。

 続々と迫り来る強烈な炎を得意の風魔法でかき分け、俺は教室に向かう。




「ユズキ! しっかりしなさい。あなたのおかげでみんな無事よ! だからあなたも目を開けて!」


 教室に着く前の廊下で、リンの叫び声が聞こえた。

 急いで教室のドアを開けると、どうしたらいいか分からず呆然と立ち尽くす生徒の中で、倒れているユズキ嬢とその側で呼びかけ続けているリンの姿が見えた。


「よかった。お前も無事だったんだな。そうだよな、ヒイロ、お前がそんな簡単にくたばるタマじゃないよな」


 その中から、ノーダが駆け寄り、俺の体を揺らす。

 その目には涙が浮かんでいた。


「俺のことより、お前たちこそこんな火の中よく無事で。だが、なぜユズキ嬢だけ倒れているんだ!」


「本当に一瞬の出来事だったんだよ。何かが一斉に爆発したんだ。するとこの学園ごと光に包まれたと思ったら、その後衝撃がきたんだよ」


 ノーダが話す衝撃とは、おそらく空中にいた俺が吹き飛ばされた物だ。

 空高くまで届いた衝撃の爆心地は想像を絶するものだったのだろう。

 だからこの建物はボロボロなのか、魔法で作られた特殊建造物である堅強なリュケイオン校舎をここまで痛めつけるとは。

 

「じゃあなんで、この教室だけ綺麗な状態で残っていて、ユズキ嬢以外誰も怪我一つないんだ」


「分からない。本当に分からないんだ。あの光の後、確かに爆音と共に揺れは感じたが、それだけだ。そして、気付けばこの教室は謎の青い光に包まれていた。どこか暖かい光で、安心感すらあったが、その光はすぐユズキ嬢のペンダントの中に消えていった。消えた後、何も言わずにユズキ嬢は倒れたんだよ」


 ノーダは当時の状況をなんとか振り返っているが、その目は虚ろだ。

 ノーダがここまで動揺している姿を初めて見た。

 いつもの余裕はすっかり消えている。

 当然か。俺だってこの状況が飲み込めてなどいない。

 何度、これは夢だ! と思ったかだって分からない。

 

「それでユズキ嬢はどうなんだ? 無事だよな?」


 そう恐る恐る俺がノーダに尋ねている時も、リンの悲痛な叫びが教室中に響いている。


「……とりあえず息はある。最悪の事態ではないと信じたい。ただ……」


「ただ?」


「魔力は感じないんだ。普通はそんなことはありえないだろ。そう、ありえないはずなんだよ、普通はな。だけど、本当に魔力を感じないんだ。それはただの魔力切れとは違う。そうじゃなくて、絶対にあるはずの魔力の入れ物自体が、消えてるようなんだよ。そんなことは生きている人間にはありえない! 魔力の入れ物が消えるなんて! 人間が土に帰る時だろ! 少なくとも俺たちはそう習ってきただろ!」


 珍しく声を荒げるノーダ。

 その軽いパニック状態のノーダの姿がなんとか俺の正気を保たせる。

 

「とにかくここにいてもしょうがないだろ。ユズキ嬢を連れて脱出するぞ。ていうか、まだ見習いとはいえ、魔法使いがこれだけ揃っていて、なぜまだこんな所に留まっているんだ」


「その言い方だど、ヒイロ、お前はやはりまだ魔法が使えるな?」


「当たり前だろ! こんな時になに馬鹿なこと聞いているんだ。どうした、ノーダ。らしくないぞ。いい加減いつもの落ち着きを取り戻せ」


「違うんだ。使えないんだよ、魔法が、他のみんなは。だからこの炎の海の中、脱出したくても出来なかった」


 突如ノーダから衝撃の事実が告げられる。

 魔法が使えない? リュケイオンの生徒が?

 そもそも魔法の強度こそ千差万別だが、この世界の老若男女全てが魔法を使えるんだぞ。

 だから絶対にありえないはずだろ、リュケイオン学園の生徒が魔法を使えないなんて。

 いつもは反抗を覚える言葉だが、仮にも将来の魔法界を担うことを運命付けられた魔法エリートたちたぞ。

 

「俺だって信じられないよ! でもみろ、あの呆然としたみんなの顔を。あの顔が全てを物語っているだろ。間違いなく、今この教室で魔法が使えるのは、俺とお前とリンちゃんだけだ」


 俺だけじゃなく、ノーダとリンも使えるのか。

 そして真相はまだ解明されていないが、ユズキ嬢がみんなを守ったという事実もある。

 東雲家関係者以外は魔法が使えなくなったといということなのか。

 全ての謎は依然として謎のままで、もう何が何やらだ。

 本当に俺の夢じゃないよな。もし夢だとしても、悪趣味が過ぎる夢だが。


「リンちゃんはユズキ嬢が倒れてからずっとあの調子で、なんとか魔法が使えることは確認したが、協力して避難しようと提案しても、『まずはユズキのことが先だ』とユズキ嬢の側を一歩も離れようとしなくてな」


 なるほど。この惨状の原因となった爆発だけでなく、そしてユズキ嬢が倒れたことだけでなく、リンが取り乱したこともノーダを慌てさせたのか。

 

「俺の得意な炎魔法は火のコントロールも出来るから、今もなんとかこの教室への火は食い止めている。だが俺1人の魔法力だとそれが限界で、この人数を連れて脱出なんてできなかったんだ」


 状況説明を進めるうちに、ノーダは段々といつもの落ち着きを取り戻してきた。

 そうだ、それでこそノーダだ。

 ノーダにはドンと構えて貰わないと困る。

 

「リン! 聞いてくれ! 大事な時に側にいてやれなくて本当に悪かったと思っている。誠に申し訳ない。だがここからは違う。お前はユズキ嬢を抱えて付いてきてくれ。道は俺が切り開く!」


 リンは何も言わず、俺の言葉に深く頷き、ユズキ嬢を丁寧に背負った。

 そして、俺の目をじっと見つめてくる。

 てっきりいつものように非難されると思っていた俺は、そのリンの態度に驚く。

 今は俺と争っている暇がないという合理的な判断か、それともただ余裕がないだけなのかは分からない。

 ただ命運を俺に託したことだけは確かだ。

 よし! 遅れてきた救世主はしっかり働かないとな。


「我ここに風の精とならん」


 ユズキ嬢を、リンを、ノーダを、そしてこの教室みんなを俺が守ってみせる。

 焦っても何もいいことなんて頭では分かっているが、冷静でなんていられない。

 溢れ出す感情を全て魔力に変え、ありったけの風を吹かす。

 すると、轟々と燃え盛る炎の中に、一筋の道ができた。


「我ここに炎の精とならん」

 

 そして、ノーダが吹き飛ばされた炎を固定し、その道を繋ぎ止める。

 

 その道を走りながら考えた。

 この道が最後の希望であると。

 突然現れた絶望からの脱出路だと。

 今のリュケイオンにどれだけの生き残りがいるかは分からない。

 現実的に考えると、この爆炎の中の生存は厳しいだろうが、そんなことは考えたくもなかった。

 只々みんなの無事を願い、俺とノーダは炎を切り分け希望の道を作り続けた。

 


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