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俺たちの日常

 魔法学院の授業を抜け出し、俺は今日も風にのって空を漂う。

 眼下には魔法都市アテナイ、そして遠くに見えるは何処までも広がる青い海と水平線。


 いい気分だ。俺は風になるのかな、このまま漂っていれば。それも悪くないな、女風呂覗きたい放題だし。でも普通、みんな窓を閉めて風呂に入るよな。うーん、それはガードが硬いなあ。風になった俺ならレンガの隙間からでも忍び込めるかな。


 目に入ってくる神秘的な眺めとは反対に、頭の中は俗事的なことに占められる。


 俺の名前はクニミ・ヒイロ。うら若き花の17歳。

 そんな俺は別に時代遅れの反抗者や厭世主義者ではない。

 ただこの国、更にはこの世界を背負って立つべしという堅苦しい教育には、なんだか息苦しさを感じているだけだ。


 あー、お腹空いた。……帰るか。




 ちょっとした逃避行を終え、俺は魔法学院に舞い戻った。

 腹が減っては放浪の旅すらままならない。

 まあ本気でこの学園やこの国に嫌気がさしている訳ではないのだが。


「おっ、やっぱ戻ってきたなヒイロ。どうせ昼休みには帰ると思ってたぜ」


「お迎えご苦労ノーダ。くるしゅうないぞ。その焼きそばパンは献上の品だな」


「お生憎様、4つ全て自分の分だよ。もう大体の人気商品は売り切れてるぞ」


「げっ、もうこんな時間か。珍しく俺の腹時計が狂ったな」


「そんな悩めるお主に、このノーダ様が1つ150ペソで焼きそばパンを譲ってやらないこともない。ただし2つ目からは1万ペソな」


「良心的な転売値段。やっぱ持つべきものはデブの相棒だね」


「俺は明るくて、頼れて、面白い、モテる方のデブだからな。ちゃんと感謝しろよ」


 そんな軽口と共に俺とノーダが屋上に向かうと、そこには先約というか、望まない女がいた。


「待っていたわよ、ヒイロ。さあ、無断欠席の理由を聞かせて貰おうじゃないの。あなた、自分が誉れ高いリュケイオンの一員であるという自覚ないの? ちょっとくらい魔法ができるからって、調子に乗らないで!」


 またか。この会話、今月だけで3回目だ。

 我らが生徒会長様は真面目なものである。

 彼女の名前はタチバナ・リン。義務感と使命感が服を着て歩いているような女だ。 

 確かに黙っていれば可愛い(どちらかというとキレイ系か)ので、学園全体の生徒から人気があるのは分かるが、性格がこれだとな。


「あっ、リンちゃん。こんな不良の真似事してるしょうもない奴はほっといて、どう一緒にご飯食べない?」


「ノーダくん。ごめんなさい、ご飯を食べにきた訳ではないから。生徒会長として、ヒイロに話があるの」


 このやり取りも今月3回目である。

 どうせ断られるんだからノーダも誘わなければいいのに。


「特に話すことはないな。生徒会長様のお手を煩わせるほどのことは何もしちゃいませんぜ」

 

「無断欠席自体があなただけなのよ。他の凡百の魔法学院ならいざ知らず、ここは王宮直属の伝統あるリュケイオンよ。今活躍している魔法使いのほぼ全員が我が学園の卒業生なの。このリンが生徒会長を勤めているうちは、何人たりとも学園の名に恥は欠かせないわ」


 またいつものご高説が始まった。

 昼休みまでこれとは、まさに生徒会長の鏡である。

 といっても、まだ生徒会長になる前からこんな感じだから、これがリンの素ではあるのだろうけど、立派な肩書きを得てそのお堅さはとどまることを知らない。 

 そして、全校生徒に向けて話すときと同じテンションで毎回話されると、こちらとしてもたまったものではない。

 生徒会長様といえども、同級生から正論は聞きたくないものだ。


「その崇高なる志には感服しますが、こっちもまだまだ、ふらふら人生に悩む1人のしがない魔法学院のいち生徒ですので、モラトリアムと思って、または若気の至りと思って、どうか大目に見てやって下さい」


「なんで他人事なのよ。あなたのことを言っているのよ。相変わらずああいえばこういう、ふざけた男ね」


 そう捨て台詞を吐いて、リンは屋上から立ち去った。

 その後ろ姿を眺めているノーダが、俺の隣で残念そうにしている。

 そして、「お前はあんな美人に毎回怒られてて羨ましい」という内容を長々と熱量を込めて述べてきたので、俺は話半分にあしらう。

 いつものノーダは自称通り頼れる面白いデブで、下世話な話でもよく2人で盛り上がる俺とノーダだが、ノーダがこの状態になってしまうと静観に徹するのが吉だと俺は知っている。

 怒られることに性的興奮を覚えるほど、俺の変態性は成熟してないつもりだから。


「またリンちゃん怒らせて。ヒイロくんも悪さはほどほどにせんとあかんよ。ノーダくんもその話は、白昼堂々と、晴れやかな青空の下でする話ではないなぁー」


 のどかな落ち着きのある声が聞こえた。

 彼女は東雲 ユズキ。

 苗字からも分かるように、この地区を代表する貴族の1人娘だ。

 彼女の一族は遥か昔に東方から移り住み、この地域の発展に寄与してきた。


「悪さって言っても、ただちょっくら授業サボったくらいで、他には俺は何もしてませんよ、ユズキ嬢。必要以上に、リンの奴が突っかかるんですよ」


「そんな言い方したら、リンちゃんが可哀想やわ。あの娘は本当によく頑張ってるんだから。見てるこっちが心配になるくらいにね」


 ユズキ嬢にそこまで言われると、俺としても何も言えない。


 今の時代は昔に比べて平等が高らかに謳われており、身分階級の差が随分緩和されたが、元来、東雲家は我がクニミ家の主君に当たる。

 リンとノーダも似たようなもので、先祖代々東雲家と関係が深い。

 なので、俺とノーダとリンの3人とユズキ嬢の間には明確に身分の差があるが、幼き頃からの幼馴染だけあって、ユズキ嬢自体は対等に接して貰う方を望んでいる。

 俺たちの方も、小さい頃は無邪気なもので、身分の差なんて知りもせず、勿論気にもしなかったが、流石に年齢があがるに連れて大人の世界の決まり事を理解した。

 となると、もう今まで通り呼び捨てとはいかず、結局俺とノーダはユズキ嬢呼びで落ち着いた。

 だがリンは未だに「ユズキ」と呼び捨てのままだ。


 そのきっかけはあの日。

 小学部の3年生に進学したばかりのその日、リンは、いきなりそれまでの呼び捨て、タメ口をやめて、様付けと敬語でユズキ嬢と話した。

 すると、話しかけられたユズキ嬢は、悲しそうな顔を見せたかと思うと、遂に泣き出してしまった。

 そして、リンが元通り呼び捨て、タメ口で話しかけるまで、幼きユズキ嬢は頑として口を開かなかった。

 その日以降、リンは二度と様付け、敬語をユズキ嬢相手に用いていない。

 あのリンに勝つとは見上げた頑固さである。


「リンの奴も昔はもう少し話の分かる奴だった気がするんですけどね。今じゃ俺の顔見るたびにあの調子で説教垂れてくるんで叶わないですよ」


「ふふ、それはお互い様だよ。リンもよく昔のヒイロはあんなんじゃなかったって、愚痴溢しているよ」


 ユズキ嬢は何が楽しいのかしばらくの間笑っていた。




 そんなこんなで、鐘が鳴り、昼休みが終わる。

 ユズキ嬢に言われた手前、リンの言うことを聞いて、午後の授業には出席した。

 予想通り、習得済みの魔法の座学だった。

 



 平穏すぎる毎日。

 学園の教師たちが、そして生徒会長となったリンが熱く語ることが、ずっとピンと来なかった。

 そして、特段文句もないがちょっと退屈する時間が永遠に続くと思っていた、あんなことが起こるまでは。


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