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第八十九話「宿屋」

アウロラの町を行き、あちらこちらと気を取られつつ、ギルベルトさんの後ろに着いて歩く事、少し。



「ここだ」



ワタシは、宿屋に連れて来てもらっていました。


宿屋ですから、もちろん、寝泊まりする為に。



町を移動している最中、ワタシはギルベルトさんと今後の予定について話し合いました。


話し合いの結果、ワタシは、ギルベルトさんからお礼の一環として、町の案内をしていただく事となり、その間、アウロラの町に滞在する運びとなったのです。


ワタシとペタルだけでフラフラと歩き回るより、町をよく知る人に案内してもらう方が断然安心な上、より深く町を知る事が出来るでしょうから、とても有難い話でした。


ただ町に着いた時点では、ワタシはそれ程長くアウロラに滞在するつもりはありませんでした。



ですが、そうもいかなくなりました。



というのもですね。


ギルベルトさんには、町を案内する前に、いくつか済ませておかなければならない用があったのです。



まず、理由その一。

冒険者ギルドへの報告。


ギルベルトさん自身の生存報告、シェブナの森に出た熊の魔物についての報告、及び、仲間達の安否確認、など。


死戦を抜け、生きて帰ってきた者の務めとして、ギルドに細かく報告しなければならない事が沢山あったそうで、かなり時間を取られる可能性があったのです。



理由そのニ。

病院での検査。


ワタシが魔法と魔術を使い、ギルベルトさんの身体中の傷を塞いだとはいえ、ワタシはあくまでも素人。

治療の専門家ではありません。


一度キチンとお医者様に診ていただき、身体に異常が無いか確かめた方が宜しいと、ワタシから勧めたのです。


で、入院する流れとなれば、ここでも時間が取られる。



理由その三。

そもそも案内そのものに時間がかかる。


ギルベルトさんから町の規模を聞き、ワタシがアレやコレやと気を取られる時間を考えれば、丸一日は掛かるであろうとは容易に予想出来ました。


なんなら、丸一日で済めば早いくらいかもしれません。



一つ目の理由で、半日から三日。

二つ目の理由で、半日から十数日。

三つ目の理由で、一日から数日。


町に入った日を含め、最短で三日。

長ければ、半月以上。



ギルベルトさんに無茶を言うつもりもありませんでしたから、ワタシはギルベルトさんの用が終わるまで待ち、当初の予定よりも長く滞在しても良いように、宿に寝泊まりする事にしたのです。


本当は野宿でも良かったのですが、ギルベルトさんに止められてしまいましたからねぇ。


町でずっと野宿をしていると、不審者認定をされる可能性もありそうでしたから、大人しく宿に泊まる事にしたのです。


それに、予定、とは言いましたが、そもそもワタシは町に入る気もありませんでしたからねぇ。


入ってしまっている時点で、予定も何も無いのです。


だったら、いっそもう開き直り、短い間だけでも人間の生活に馴染む努力をし、町を満喫してしまう方が得策というものです。



あぁ因みに、宿の代金はギルベルトさんが払っておいて下さいました。


いやぁ、まぁ、当たり前と言えば当たり前なのですが、何せワタシ、一文無しでしたからねぇ。


何から何まで、有難い限りです。



「さて」



ギルベルトさんに宿の手続きを教えてもらい、宿屋の説明を聞いて、ワタシに与えられた宿部屋にて。


ワタシはゆっくりと部屋中を見渡した後、


魔法陣を展開、発動。


いくつかの魔術を重ね掛ける。

外に魔力が逃げないように、魔法と魔術が長持ちするように、鍵が簡単には開かないように。


続けて、闇魔法を発動。

外から中が見えにくく、外に音が漏れにくく、ワタシの気配を感じ取りにくく。


最後に、“夜水面(よるみなも)”をベッドの下の影に忍ばせ、ワタシの力が及び易くして、作業完了。


ワタシはフードを取り、やっと一息つきました。



「…ふぅ」


『おつかれー』


「えぇ、お疲れ様です」


『魔法と魔術めっちゃ掛けたわね』


「ここは人間の町ですからね。これくらい掛けておいても損は無いでしょう」


『んーまぁ、それもそうねん…で、さ』


「はい?」


『来て、良かったでしょ?』



笑顔を浮かべ、ワタシに問うペタル。



「…まぁ、はい、そうですね。正直、来て良かったです」


『ンフフ♪そうでしょうそうでしょう♪明日から楽しみね♪』


「えぇ」



宿屋に着くまでに見た、町の様相。


場所、人、物、事。


全てに心惹かれ、明日以降の事を考えると、心が踊りました。



「…しかし」



気になる事が、一つ。


町を歩いていて、時々ワタシに向けられた探るような視線。


少し呆れが混ざった視線。

微かに期待を含んだ視線。

すぐに興味を失い、逸らされた視線。


町民から、商人から、冒険者から。


明らかに、ワタシは見られていました。



「あれは、何だったのでしょうか」



その意味も分からぬままに時は過ぎていき、ワタシはその日を終えました。



ワタシはこの時、すっかりと忘れてしまっていたのです。


かつて、人間達の間で“幽霊”の噂が囁かれていた事を。


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