第八話「収穫祭」
夏の暑さが過ぎ去り、豊かな森の恵みに感謝する季節、秋。
人間の村に来て、初めての秋。
この頃になると、ほんの少しの間だけではありますが、昼間にも人間の村を散策できるようになりまして、畑から作物を収穫したり、薪を割ったり、保存食を作ったりと、忙しなく働いている人間達の様子を観察できるようになりました。
そんなある日の事。
ワタシが寒さ厳しい冬に向けて、狩りをし、毛皮を増やし、食いだめをして、着々と準備を進めていた夕暮れ時の事です。
ワタシはいつものように狩りを終え、ボロ小屋へと戻っていると、何やら村の方から聴き慣れない音がするのに気がつきました。
好奇心をくすぐられ、獲物をさっさとボロ小屋の隅に置き、村へと足を運んでみれば、普段の様子とは違い、そこらには全く人影がなく、家の中を除きこんでも、誰がいる気配もありません。
不思議に思い、今度は音の鳴っている村の中心部の方へと行ってみれば、今度はチラホラと人間の姿が見え始め、皆ウキウキとして、同じ方向へと歩いて行きます。
この様な事は、人間の村にやってきてから今までで一度も無かったので、何か面白い事が起こるのかもしれないと思い、魔法が解けないように気をつけながら、コッソリと彼らに付いて行きました。
やって来たのは村のど真ん中。
いわゆる、広場と呼ばれる場所でした。
音の正体は、太鼓や笛といった楽器と、歌。
そして、たくさんの人間達の話し声。
そこは喜びと楽しみに満ちた、賑やかな空間でした。
辺りを見渡せば、収穫されたばかりであろう作物の山と、それらを使った料理、何より、たくさんの人間達が互い笑い合い、多くの松明の光に照らされています。
人間達が何を言っているのかは全くわかりませんでしたが、皆が皆、本当に楽しそうで、嬉しそうで、幸せそうで、何かとても素晴らしい事があったのだと、当時のワタシにも理解できました。
今思い返せばあれきっと、村の豊作を祝う、
秋の収穫祭だったのでしょうね。
大人達は酒を持ち、騒ぎ、歌い、笑い合い。
子供達はオヤツを頬張り、遊び、走り回り、笑い合う。
日が大地に沈み込み、月が空へと登っても、
宴はまだまだ終わらない。
人間を観察する絶好の機会だと、わかってはいましたが、ワタシは感じた事の無い、体験した事も無い、この暖かで、賑やかで、幸せで不思議な空間を、ただぼんやりと眺める事しか出来ませんでした。
心に居座る“寂しさ”や、“孤独”さえも溶けてしまうような、そんな気持ちになってしまったのです。
自らも参加してるような、そんな気持ちに。
夜も更けて、月が高く見える頃。
村はようやく、静けさを取り戻しました。
宴が終わり、人間が一人も居なくなっても、ワタシは石の上に座りこみ、まだ広場を眺めていました。
ゴブリンの村でも大きな獲物を狩れた日には、宴が開かれた筈なのに、どうしてこんなにも違うのだろう、そんな事を考えながら。
くすねた料理を咀嚼しながら、じっくりと思考を巡らせる。
当時のワタシにはそれがなんなのか分からず、頭を悩ませるばかりでした。
今のワタシであっても、
言葉にするのは、少し難しい。
ただ一つ、今のワタシに言えるのは、
ワタシは村の人々に対して、この時から、
愛着を持ってしまった、という事です。
当時のワタシには、それも分かりませんでしたが。




