第八十八話「限界」
「なんと素晴らしい…!」
聞こえくる、行き交う大勢の人々の沢山の声。
点在する商店からは、商人達の呼び掛けの声が。
そこらを歩く買い物客からは、あれこれと話す雑談の声が。
道の片隅に溜まる冒険者達からは、情報収集に勤しむ話し声が。
辺りから聞こえてくる、沢山の音。
大勢の人々が歩く音。
馬車の車輪が軋む音。
周囲に溢れる生活音。
沢山の声、音、気配。
そしてワタシの目から入ってくる、沢山の情報。
“人間の町”という、沢山の情報。
興味深い。面白い。心が躍る。
刺激される知識欲。
あれは何だ?それは何だ?これは何だ?
あぁあれはもしや、本に書いてあったあれでは。
という事は、あれは話に聞いていたあれでは。
では、あれが噂の。
あぁ知りたい。気になる。確かめたい。
好奇心がそそられる。
人間の町に、魔物が一匹。
ワタシはそんな状況の中、自身の置かれた立場も忘れ、大いに興奮しておりました。
そう、ワタシは、人間の町アウロラへと足を踏み入れてしまったのです。
「喜んでくれたようで、安心した」
そう言って、どこかホッとした顔をするギルベルトさん。
既に彼の周りには他の冒険者の方々は居らず、いつの間にやら解散しておりました。
どうやらワタシが町に見惚れている間に、門の外に戻ったり、ギルドに向かったりして散り散りになったそうです。
冒険者の方々がその場から離れる前に、皆さんワタシに声を掛けて下さったらしいのですが…町に夢中で気がつきませんでした。
いやぁ、我ながら少し町に気を取られ過ぎていたなと、反省しております。
なにせそこは人間の町。
夢にまで見た場所でしたから、仕方が無いと言えば、言い訳になってしまうでしょうか。
ですが、いくら人間の町とはいえ、気を引き締めなければならなかったのも事実です。
たまたま町に入る流れとなってしまって、上手い断り文句が思いつかなかったとはいえ…
…いえ、もう、白状してしまいましょう。
ワタシは、我慢の限界でした。
そう、限界だったのです。
ワタシが、人間には必要以上に近づかないと決めてから、ワタシの感覚で早十数年。
ワタシはその間、極力人間と関わらないようにと思って生きてまいりました。
人間について知りたければ、本を読めば良い。
話を聞きたければ、妖精さん達から聞けば良い。
観察したければ、遠くから眺めれば良い。
そうして、誤魔化し誤魔化し生きてきました。
しかし、その間にも積み重なっていく興味と好意。
刺激され続ける、好奇心と知識欲。
ゴブリンの寿命は約十年、長くとも十五年。
ワタシは、ゴブリン一生分に匹敵する時間分、それだけの長い期間、ずーっと我慢をしてまいりました。
ですが、もう、限界でした。
ワタシは、人間と関わりたくて仕方がなかった。
だからきっとワタシは、無意識の内に、人間と関わる機会を伺っていたのでしょうね。
ギルベルトさんがワタシに、共に町に行くよう申し込んできた時。
本当に行く気が無ければ、キッパリと断ってしまえば良かったのです。
冒険者の方々に揉みくちゃにされていたあの時。
本当に入る気が無ければ、魔法でも魔術でも使って、姿をくらませてしまえば良かったのです。
仮に怪しまれてしまったとしても、二度とその町に近づかなければ済む話。
それをしなかったのは一重に、ワタシ自身が町に入りたがっていたからに他ならないのでしょう。
それに…ワタシももうそれ程長くないでしょうから、見納めておきたいと、そう思ってしまったのかもしれませんね。
「では、キミドリさん。ようこそ、アウロラの町へ」
ギルベルトさんにそう言われ、ワタシ達は、町の中へ中へと入っていきました。