第七十五話「どこかへ」
「…ハァ〜」
杭と共に炭となっていく妖精喰い。
時間が経っても動かず再生しない事を確認し、ワタシはため息つき、脱力しました。
「なんとか倒せましたね。先程は助かりました。ありがとうございます」
『それはこっちの台詞よぉ。アーシだけだったらアイツに喰われて終わっちゃってたわん。あー怖かった』
「あの、何故フードの中に戻ろうとしてるんです?」
『だってまだちょっと怖いんだもん』
「あぁ、そうですか」
ペタルと軽い会話を交わした後、ワタシは一応の警戒はしつつ燃える妖精喰いに近づき、ノームの御三方から頂いたナイフを回収しました。
「ふむ、戦い方を少し変えないといけませんね。このナイフだけでも失くさないようにしないと」
『ねぇ、コイツもう動かないわよね?』
「まぁ、多分大丈夫だと思いますよ」
『そうよね?大丈夫よね?…本当に大丈夫かしら?』
「凄く警戒してますねぇ」
『そりゃそうよぉ、天敵って言ったでしょ?魔物の中でもダントツで嫌いなんだもの。てか再生すると聞いて無かったし、余計にキモいんですけどぉ』
「知らなかったのですか?」
『知らないわよぉ。アーシらってコイツと相性悪すぎるから、あんまり話が残ってこないんだもん』
「…なるほど」
右手にナイフを構えながら、左手側のナイフも拾い右袖の中に仕舞う。
「さて、もう一本は…アレですね」
少し離れた所に落ちていたナイフも拾い、懐に仕舞う。
全てのナイフを回収し、ワタシは行くべき方へと向き直りました。
「では、行きま」
グニュリ
しょうか。と、言い終わる前に、ワタシは弾力のある柔らかい物を踏みました。
モヨンッ
「しょあっ⁈」
弾かれるワタシの足。
当然ワタシはバランスを崩し、後ろによろけてしまいました。
足の方を見てみれば、そこにあったのは軽く跳ねている妖精喰いの鼻の先。
大きさから考えて、真っ二つにした時の物では無い。
つまりそれ以外でナイフを振るった時の物。
となれば、考えられるのは一番最初にナイフを振るった、あの時だけでした。
あの時はあまりに手応えが無かったものですから、軽く傷を付けただけか、あるいは空振ったものだと思い込んでいたのですが、どうやらしっかりと切断していたようだったのです。
かなり焦っていたのもあり、鼻の先なんて確認していなかったんですよねぇ。
で、それを踏んだわけです。
「と、と、と、と」
グニュリ
後ろに三歩下がり、四歩目の所に二個目。
モヨンッ
「のわっ⁈」
グニュリ
五歩目の所に、三個目。
モヨンッ
「なんっ⁈」
ドンドン後ろによろけていくワタシ。
ちょうど右側に木が見えたので、体勢を立て直す為に、右手のナイフを突き刺さしました。
サクッ
『ちょっと、アンタ何やっ』
スパッ
「『あっ』」
ガクンッ
「⁈」
突然、ワタシの体を浮遊感が襲い、景色がグラリと揺れました。
どこかに放り出されるような感覚の後。
ドスンッ‼︎
ワタシは尻餅をついていました。
「なん、だったのでしょうか、今のは」
『あーあ、全然違う所に出てきちゃった。アンタ、“穴“から落ちちゃったのよ』
「穴?」
ペタルにそう言われ、立ち上がりながら辺りを見渡してみれば、確かにそこはワタシの見知らぬ森のように見えました。
「…なるほど、“空間の穴“ですか」
『そゆこと。ま、出るには出れたんだし、別に良いんじゃない?困る事も無いんだしさ』
「まぁ、それもそうですね」
ワタシのフードから出ていくペタル。
同時に、暖かな風がワタシの頬をフワリと撫で、サワサワと木々を揺らしていきました。
花の匂いがする。
木々の隙間から溢れた光はワタシ達を優しく照らし、何処か遠くで小鳥の鳴く声が聞こえました。
「暖かい。外はもう、春だったのですね」
『“もう“っていうか、アーシらの時間の方がズレてるんだけどね』
そう、ズレていたのはワタシの方。
実際の時間よりも、長く、ゆっくりとした時間の中で過ごし、ズレが生じていたのは、ワタシの方でした。
「あぁ、そうでしたね」
二年。
あれだけの時間の中を過ごして、たったの二年。
されど、二年は経っている。
「…」
ゴブリンの寿命は約十年。
どれだけ長生きしても二十年。
ウィザードはせいぜい、十五年。
「ペタル」
ワタシは、カバンの中からキャンディを取り出しているペタルに声をかけました。
『んー?なぁに♪』
キャンディの包み開けて、嬉しそうにニコニコと答えるペタル。
「行きましょうか」
『えぇ、そうねん♪』
ナイフを仕舞い、袖を直し、自身に“認識阻害““幻覚““暗がり“の魔法をかけ、顔に口布を巻き、ワタシ達はゆっくりと歩き始めました。
目的地など決めぬまま、ただ気の向くままに、旅を始めました。
今度は、ペタルと共に。