第七十四話「トドメ」
「イ゛イ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ‼︎」
絶叫する妖精喰い。
しかしその絶叫とは裏腹に、切った感触はやたらと軽い。
外した?まさか幻覚?では悲鳴も幻聴?
そんな思考が頭を掠め、すぐさま後ろを振り返る。
ワタシが目にしたのは、上下で真っ二つに切り離され、フワフワと漂っている妖精喰いでした。
「は?」
明らかに、ナイフの刃渡り以上に切れている。
どれだけ多く見積もっても、ワタシは妖精喰いの体の半分程しか切っていないつもりでした。
身体強化の魔法を体にかけてはいましたが、その他の魔法や魔術を使った覚えは無く、ましてやワタシ自身、そのような技術を身に付けた覚えもありません。
つまり、想定以上に切れているのも、切った感触がほとんど無かったのも、ナイフの性能だという事。
「…扱いには気を付け無ければ」
そう言いながらワタシは、妖精喰いが生きている可能性を考え、トドメを指す為に近づこうとしました、
が。
グラリ
「!」
一歩踏み出そうとして、ワタシの視界がグラリと揺れ、思わず下に顔を向けてしまいました。
どうやら妖精喰いを叩き切った時に、少しだけ鼻に触れてしまっていたようなのです。
喰われたのはおそらく、生命力か精神か。
ですが、問題はそこではありません。
戦闘においては一瞬の気の緩みが命取り。
ワタシが顔を上げた時には、すぐ目の前に、妖精喰いの上半分が。
「ッ⁈」
鼻すら無い上半分と、目が合う。
とたんワタシの頭の中に靄がかかり、まともに思考する事が出来なくなってしまいました。
一歩、二歩、三歩と後ろに下がる頃には、もう自分が何をしていたのかすらも、分からなくなっていました。
「ィイア゛ァァ…」
ボンヤリとした意識の中、妖精喰いの声を聞き、ワタシは思います。
あぁなんというコトだ。なんてステキなおコエなのでしょう。きっとワタシのアルジにチガいない。あぁササげなければ。このミをササげなければ。ヨウセイをササげなければ。
ミチミチという音を立てながら、遅れてこちらへやってきた下半分とくっ付き、鼻を再生させていく妖精喰いの姿を見て、ワタシは美しいとさえ感じていました。
…恐ろしい事に、その時のワタシは本気でそう思っていたのです。間違いなく、正気ではありませんでした。
再生が終わり、こちらに伸びてくる三本の鼻。
ワタシはそれを受け入れようとしていました。
もうスコし。あぁもうスコしでヒトつに。スベてをササげヒトつに。このカタこそワタシのスベて。このカタこそワタシの
『キミドリッ‼︎』
頭の中で響いた声に名を呼ばれ、ワタシは目を覚ましました。
「…ッ‼︎」
フードの中に伸びようとしていた三本の鼻を右手のナイフで根本から切断。
続けて縦に一線、妖精喰いを左右真っ二つに叩き切りました。
「イ゛イ゛イ゛イ゛ィ゛ッ‼︎」
妖精喰いは叫びを上げ、切り口から左右の体へ向け血管を伸ばす。
が、させない。
右手のナイフを上に投げ、両手で妖精喰いの体を左右から掴み、無理矢理引き離した後すぐさま魔法陣で固定。
直後、バリンと音を立てて魔法陣が消滅。
鼻は吸収、体は弾く体質という事か。
だが、関係無い。
一秒にも満たぬその隙に、ワタシは予備のナイフをで左手に構え、上に投げたナイフを右手で掴みました。
魔法陣が完全に消滅したその直後、妖精喰いの左右の体の間に両手を差し込み、逆手に持ったナイフで突き刺す。
串刺しの状態のまま手首を捻り、力任せに地面に押さえつけました。
自身の弾力性をフルに使い、力の限り暴れる妖精喰い。
ですがそれも長くは続かず、徐々に力を失っていく。
かと思えば、今度はミチミチと音を立て血管が伸びてくる。
鼻も少しずつ再生されていき、ワタシの手に触れるのも時間の問題でした。
触れるのはマズい。しかし目を離すわけにもいかない。
「ペタルッ‼︎」
『な、何よ⁈』
「コイツを打ち付ける杭を作ります‼︎木の枝を切ってこちらに飛ばして下さい‼︎」
『な、いや、出来るけど』
「早くっ‼︎」
『わ、わかったわよ‼︎でもアンタの魔力貰うからっ‼︎』
フードの外に出て、ワタシの視界の外に行くペタル。
次の瞬間ワタシの体から魔力が吸われ、後ろから突風が吹き、近くの木の枝が切り落とされる音が聞こえました。
ゴウッという音と共に、今度は前から突風が吹く。
同時にザクザクという音がして、枝を受け取る為に視線を上げてみれば、こちらに飛んで来ていた枝は、既に粗く削られ整えられ、杭の形をしていました。
「上出来ですっ‼︎」
ナイフを引き抜き、手を離す。
飛んできた木の杭を掴み、思い切り、突き刺す。
ダンッ‼︎
魔術で杭を急速に乾かし、魔法で火をつけその場を離れました。
「イ゛イ゛イ゛イ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ‼︎」
その日、何度目かの絶叫。
暴れ、のたうち、踠き、足掻き、身を捩り、逃れる為に叫び散らす妖精喰い。
体は炙られ、深く刺さった杭は抜けない。
やがて段々と動きは鈍くなっていき、最後には完全に沈黙しました。
戦闘、終了です。




