表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/197

第七十一話「踏み出す」

『ホレ、ワシらからはこれじゃ。受け取れ』



ミッさんが担ぐよう持ってきたのは、紐で封をされた長方形の木箱。


受け取ってみれば、それは見た目の印象よりややズッシリとしており、何か重い物が入っているのがわかりました。



「これは?」


『開けてみるが良い』



メェさんにそう言われ、ワタシは木箱の紐を解き、キッチリとハマった蓋を取る。



そこに入っていたのは、一振りのナイフでした。


黒く艶やかに輝く、片刃の刀刃。

握りやすいように加工された、焦茶色の()

飾り気が無く、実用性に重きが置かれた鞘。


余計な装飾は一切無く、一見すれば無骨。

しかしそれでいて、とても丁寧に作られていると素人目にも分かるほどに、繊細で無駄が無い。


洗練されたそのナイフは、“機能美”と呼ぶに相応しい形をしていました。



「なんと」


『見事なもんじゃろ』


『どれ、ちょっと振ってみぃ』


『ベルトも用意してあるからの』



今度は三人に促され、言われるままにベルトを腰に巻き、鞘を取り付ける。

ナイフを握り込み、軽く振る。

何度か鞘に納めてみて、また引き抜く。

太陽にかざしてみれば、刃が薄らと紫色に反射していました。



『どうじゃ?』


「とてもしっくりきます。ワタシの手によく馴染んでいますし、重さもちょうど良い」


『そうじゃろう、そうじゃろう』


『刃は魔鉱鉄、柄は妖精樹、鞘とベルトはパンプアップ・バイソンの革を使っておる』


『どれも魔力を良く通し、使えば使う程、魔力に触れれば触れる程に、使用者によく馴染むようになる』



今一度よく眺め、何度か持ち替えた後、鞘に収める。



「ありがとうございます、大事に使わせていただきます」


『うむ、そうしてくれ。鞘とベルトも良さそうじゃな』


「はい、納めやすく取り出しやすい上に、ナイフの収まりがとても良い。盗賊が使っていた物とは段違いです」


『当たり前じゃ。あんなもんと比べられたら困るわい』


『なんせ、ワシらが作ったんじゃからの』


「御三方が?」


『刃はワシが、柄はメェさんが、鞘とベルトはネムッさんの作品じゃ』


『久々の合作で楽しかったのぉ』


『ちと熱が入り過ぎた気もするがの』


「ワタシの為にわざわざ…本当に頂いてもよろしいのですか?」


『その為に作ったんじゃ。貰ってもらわんとこっちが困る』


『遠慮なく使ってくれると嬉しいのぉ』



ニマリと笑う御三方。


優しさが、身に沁みました。



「…では、お言葉に甘えさせていただきます」


『うむ、そうするが良い』


『あー後な、研ぎ要らず、錆止め、防水防火防汚と、えー…まぁアレコレ加工してあるからの。手入れはだいぶ楽が出来る筈じゃ』


「なんと、それは凄いですね…本当に、ありがとうございます」


『良い良い、ワシらのほんの気持ちじゃ』


『お前さんが居る間、なんだかんだ楽しかったからのぉ』


『ではなキミドリよ。ワシらはお前さんを“祝福”しておるよ』



ワタシの前から、離れていく御三方。


顔を上げてみれば、変わらず沢山の妖精さん達が宙を舞い、こちらを見ていました。



あぁ、寂しい。



ワタシが生きてきた中で、離れ難いと感じたのは、これで何度目だったでしょうか。


少なくとも、こんなにも沢山の方に別れを惜しまれたのは、生まれて初めてでした。


だから、なのでしょうか。


次の一歩が、踏み出せない。


旅に出ると決めた筈なのに、次に進むと決めた筈なのに、足を前に出す事が、出来ない。



『なーにやってんのよ。早く行きましょ♪』



一向に歩き出さないワタシの後ろから声をかけてきたのは、いつもの妖精さんこと、ペタルでした。



「…ペタル」


『んー?やーだーなんかちょっと泣きそうじゃない?そんなに寂しいんだぁ?』


「いえ、そういう、わけ、では」


『ンフフ♪無理しちゃって、かーわいっ♪』


「…」


『帰って来たかったらね、本当に、いつでも帰って来て良いのよ?ここに来る妖精()は、みーんなアンタの事、いつでも迎えてくれるわ。だからね、安心して旅に出たら良いのよ。アンタが好きな事をする為に、アンタが楽しく生きる為に、ね』


「…そう、ですね。そうですよね」


『そーよー?それに、アーシが居るんだから、そんなに寂しくならないわっ♪』


「…着いてくるつもりですか?」


『やっだ忘れたの?アーシはアンタの事、見失いたくないのっ』


「あぁ、そういえば…ここまで見越して名付けを」


『もー良いから!ほら早く行くわよ!はーやーくー!』



ワタシの指を持ち、手を引き始めるペタル。


前へ前へと引っ張られ、一歩、二歩、三歩と、ワタシは足を前に出す。



『元気にしてろしー』

『またねー!』

『さらばだキミドリ君!』

『さようなら』

『じゃあの』

『クッキー!ケーキ!ジャムー!』

『本当に行くのかー?』

『戻ってきても良いからねー!』

『じゃーねー!』

『良き旅を!』



口々に、思い思いの言葉を口にする妖精さん達に見送られ、ワタシとペタルは、森の中へと入っていきました。



「…さようなら、またいつか」



ただ一言、それだけを告げてから。


お待たせしました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 気の良いおっちゃんずの顔が浮かびほほが緩みます。 [一言] 次回からまた舞台がかわりますね。 楽しみでしかたがないです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ