第七十一話「踏み出す」
『ホレ、ワシらからはこれじゃ。受け取れ』
ミッさんが担ぐよう持ってきたのは、紐で封をされた長方形の木箱。
受け取ってみれば、それは見た目の印象よりややズッシリとしており、何か重い物が入っているのがわかりました。
「これは?」
『開けてみるが良い』
メェさんにそう言われ、ワタシは木箱の紐を解き、キッチリとハマった蓋を取る。
そこに入っていたのは、一振りのナイフでした。
黒く艶やかに輝く、片刃の刀刃。
握りやすいように加工された、焦茶色の柄。
飾り気が無く、実用性に重きが置かれた鞘。
余計な装飾は一切無く、一見すれば無骨。
しかしそれでいて、とても丁寧に作られていると素人目にも分かるほどに、繊細で無駄が無い。
洗練されたそのナイフは、“機能美”と呼ぶに相応しい形をしていました。
「なんと」
『見事なもんじゃろ』
『どれ、ちょっと振ってみぃ』
『ベルトも用意してあるからの』
今度は三人に促され、言われるままにベルトを腰に巻き、鞘を取り付ける。
ナイフを握り込み、軽く振る。
何度か鞘に納めてみて、また引き抜く。
太陽にかざしてみれば、刃が薄らと紫色に反射していました。
『どうじゃ?』
「とてもしっくりきます。ワタシの手によく馴染んでいますし、重さもちょうど良い」
『そうじゃろう、そうじゃろう』
『刃は魔鉱鉄、柄は妖精樹、鞘とベルトはパンプアップ・バイソンの革を使っておる』
『どれも魔力を良く通し、使えば使う程、魔力に触れれば触れる程に、使用者によく馴染むようになる』
今一度よく眺め、何度か持ち替えた後、鞘に収める。
「ありがとうございます、大事に使わせていただきます」
『うむ、そうしてくれ。鞘とベルトも良さそうじゃな』
「はい、納めやすく取り出しやすい上に、ナイフの収まりがとても良い。盗賊が使っていた物とは段違いです」
『当たり前じゃ。あんなもんと比べられたら困るわい』
『なんせ、ワシらが作ったんじゃからの』
「御三方が?」
『刃はワシが、柄はメェさんが、鞘とベルトはネムッさんの作品じゃ』
『久々の合作で楽しかったのぉ』
『ちと熱が入り過ぎた気もするがの』
「ワタシの為にわざわざ…本当に頂いてもよろしいのですか?」
『その為に作ったんじゃ。貰ってもらわんとこっちが困る』
『遠慮なく使ってくれると嬉しいのぉ』
ニマリと笑う御三方。
優しさが、身に沁みました。
「…では、お言葉に甘えさせていただきます」
『うむ、そうするが良い』
『あー後な、研ぎ要らず、錆止め、防水防火防汚と、えー…まぁアレコレ加工してあるからの。手入れはだいぶ楽が出来る筈じゃ』
「なんと、それは凄いですね…本当に、ありがとうございます」
『良い良い、ワシらのほんの気持ちじゃ』
『お前さんが居る間、なんだかんだ楽しかったからのぉ』
『ではなキミドリよ。ワシらはお前さんを“祝福”しておるよ』
ワタシの前から、離れていく御三方。
顔を上げてみれば、変わらず沢山の妖精さん達が宙を舞い、こちらを見ていました。
あぁ、寂しい。
ワタシが生きてきた中で、離れ難いと感じたのは、これで何度目だったでしょうか。
少なくとも、こんなにも沢山の方に別れを惜しまれたのは、生まれて初めてでした。
だから、なのでしょうか。
次の一歩が、踏み出せない。
旅に出ると決めた筈なのに、次に進むと決めた筈なのに、足を前に出す事が、出来ない。
『なーにやってんのよ。早く行きましょ♪』
一向に歩き出さないワタシの後ろから声をかけてきたのは、いつもの妖精さんこと、ペタルでした。
「…ペタル」
『んー?やーだーなんかちょっと泣きそうじゃない?そんなに寂しいんだぁ?』
「いえ、そういう、わけ、では」
『ンフフ♪無理しちゃって、かーわいっ♪』
「…」
『帰って来たかったらね、本当に、いつでも帰って来て良いのよ?ここに来る妖精は、みーんなアンタの事、いつでも迎えてくれるわ。だからね、安心して旅に出たら良いのよ。アンタが好きな事をする為に、アンタが楽しく生きる為に、ね』
「…そう、ですね。そうですよね」
『そーよー?それに、アーシが居るんだから、そんなに寂しくならないわっ♪』
「…着いてくるつもりですか?」
『やっだ忘れたの?アーシはアンタの事、見失いたくないのっ』
「あぁ、そういえば…ここまで見越して名付けを」
『もー良いから!ほら早く行くわよ!はーやーくー!』
ワタシの指を持ち、手を引き始めるペタル。
前へ前へと引っ張られ、一歩、二歩、三歩と、ワタシは足を前に出す。
『元気にしてろしー』
『またねー!』
『さらばだキミドリ君!』
『さようなら』
『じゃあの』
『クッキー!ケーキ!ジャムー!』
『本当に行くのかー?』
『戻ってきても良いからねー!』
『じゃーねー!』
『良き旅を!』
口々に、思い思いの言葉を口にする妖精さん達に見送られ、ワタシとペタルは、森の中へと入っていきました。
「…さようなら、またいつか」
ただ一言、それだけを告げてから。
お待たせしました。




