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第六十九話「次の準備」

『あらぁ?アーシ、言わなかったかしらん?』



書斎の中、窓の内側、カーテンの裏。

彼女はそこで隠れるように昼寝をしていました。



(まった)く何も聞いておりませんが?」


『んー…そうだったかもねん♡』



まだ眠たそうな顔をしながらも、イタズラが成功した時の様にニヤつき始める彼女。



絶対わかっていてやったな。



ワタシはそう確信しました。



「どうして今まで隠し…いえ、アナタの事です。“聞かれなかったから”“面白そうだったから”…そう答えるのでしょう?」


『やーん♪アーシの事よく分かってるぅ♪』


「アナタという妖精は…ハァ」



予想通りの答えに溜息が出るワタシ。


悪い予想が当たってしまった時というのは、本当に残念な気持ちになります。



『んーでもぉ、悪い事は何も無かったでしょ?』


「えぇ、それはノームのお三方にも言われました」


『でしょ?だったらほら、良いんじゃない?そもそもここに連れて来たのだって、“お礼”をする為だって言ったじゃないのん』


「あぁ、そう言えばそういう話でしたね」


『そーよー?だからサプライズはしても、悪い事なんかしないわよぉ。本はいっぱい読めたし、たくさん色んな事出来たし、健康的に長生き出来たし、ちゃーんと“お礼”になったでしょ♪』


「それは、まぁ、はい。言いたい事や聞きたい事は沢山ありますが、感謝はしております」


『でーしょー!ほらほら?もっと言ってくれても良いのよん♪』


「…そうですね、ありがとうございます」


『ンフフフ♪そうでしょう、そうでしょう♪』


「それはそれとして、しばらく赤色ジャムは作りません」


『ちょっとー!なんでよー!悪い事何もなかったんでしょ⁈感謝してるなら作りなさいよー!ねぇ、ちょっと、こっち向きなさいってば!ねぇーっ!』



ペタルに耳を引っ張られながら、ワタシはこれからの事を考えました。


ワタシが礼拝堂にやってきた最大の理由は、本を読む事。

本を読み、知識欲と好奇心を満たす事。


それが、果たされてしまった。


礼拝堂にはもう未読の本は無い。

本に書いていた事はほとんど試してしまった。

複数の知識を合わせて、応用もした。

まだまだ改良の余地もあるが、最近は行き詰まっている。


そう、ワタシは礼拝堂の本を全て読み終えてしまった事で、礼拝堂において、知識欲と好奇心を充分に満たせなくなってしまったのです。



つまりそれは、ワタシが礼拝堂に滞在する理由が無くなってしまったという事でした。



もちろん、最大の理由が無くなったからといって、出ていかなければならなかったわけではありません。


ペタルには“ずっと居ても良い”と言われていましたし、他の妖精さん達も、とても好意的に接してくれていましたからね。


礼拝堂に居れば、衣食住には困らず、整った生活を営める上、体感的にはかなり長生き出来る。


妖精さん達と話をしていれば、新たな知識を得るのも不可能では無い。


少なくとも、健康的で、穏やかで、少し騒がしくも、それなりに楽しい余生を送る事が出来る。


きっと、そういう一生も悪くは無いのでしょうね。


しかし、こうも思ってしまうのです。



もっと知りたい、もっと試したい、もっと観察したい。

新たな知識が欲しい、新たな知見が欲しい、新たな発見が欲しい。



…何度も言うように、ワタシはこの欲求に抗う事が出来ません。


ワタシは、知りたいと欲からは、逃げられないのです。



『もーっ!何とか言いなさいよーっ!』


「あー…前言撤回します」


『本当に⁈やった!…ねぇ?本当に?』


「えぇ、本当ですよ。ただ」


『ただ?』


「作るだけ作って保存するので、しばらくはお預けです」


『何よそれぇ!結局食べれないじゃない!やーだー!』



そんな会話をしながら、ワタシは机の上を軽く片付けた後、書斎の扉に向かい、ドアノブに手をかけ、開き、そして、


旅に出る為の準備を始めました。


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