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第六十三話「名前」

『アンタってさぁ、“名前”ってあんの?』



あれはいつだったか、確か書斎の本を半分程読み終わった頃の春の終わりの事。


ワタシがいつものように魔術の研究をしていると、いつものあの妖精さんが、唐突にそう尋ねてきたました。



「名前ですか?…“ゴブリンさん”とは、呼ばれた事があります」


『違うわよぉ、それは種族名でしょ?そういうんじゃなくて、アンタ自身の個別の名前よぉ』


「ワタシ自身、ですか」


『そ、アンタの名前。あ、“シェブナの森の幽霊”は無しね』


「あぁ、ありましたねぇ、そんな呼び名が…それも名前とは違うのですか?」


『ゴブリンは“種族名”だし、幽霊はあくまで“噂”でしょ?』


「なるほど…?」


『まぁそういうのはいいのよ。無いわけ?アンタが自分で付けた名前とか』


「?名前は誰かに贈られるものでしょう?」


『自分で付けても良いのよ?』


「そうだったんですか⁈」


『え、やだ、そんなビックリする事?』



妖精さんの話を聞いて、ワタシは驚きました。


いや、実を言いますとワタシ、この時まで、名前は誰かから贈られるものであって、自分で自分に付けるものでは無いと思い込んでいたんですよねぇ。


ツキノ村で“名前”という概念を知って以来、密かに欲しいとは思っていたのですが、ワタシにはその機会も無く、不用なものだと諦めていました。



…“シェブナの森の幽霊”という呼び名があると知った時、実は少しだけ喜んでいたのは、ここだけの秘密です。



「ん“ん“っ…失礼。で、それがどうかしたのですか?」


『あー、じゃあ無いのね?名前』


「えぇ、ありません」


『…ンフフ、じゃあ!ちょうど良い機会ね!』


「?」


『アンタさぁ、アーシと名前の贈り合いっこしない?』


「妖精さんと?」


『そう!』



ニンマリと笑ってそう言う妖精さん。


ワタシは何か裏を感じながらも、ひとまずは、理由を聞いてみる事にしました。



「何故、また急に?」


『ンフフ♪妖精はねぇ、自分が気に入った相手から、名前を貰ったりするものなのよっ♪ちょっと特別な方法でね♪』


「特別な方法…?」


『そ!そしたらね?お互いに離れた場所にいても、なんとなーく位置が分かるようになったり!お互いの持ってる力とか、貸し借りしやすくなったり!色々と便利になるのよ♪』


「…繰り返しますが、何故また急に?」


『やーねぇ?アーシってばアンタの事、結構気に入ってるのよ?もう出会ってちょっとは経つしぃ?アーシの名前、付けさせてあげてもいっかなーって思ったの♪』


「…それだけですか?」


『それだけじゃないけどぉ』


「やっぱり何かあるんですね…」


『やーん、でも便利になるのは本当よ?アーシはアンタの事、見失ったりしないようにしたいのぉ』


「見失なうも何も、ワタシはここから」


『ね?良いでしょ?ほら!虫の子達が自分の(つがい)に名前を贈り合うみたいな!』


「…あぁ、言われてみれば、虫の妖精さん達は、名前を持っている方が沢山いらっしゃいましたねぇ」


『そそ!仲良しの印よ!し・る・し♪』


「…まぁ、良いでしょう」


『やった♪』



今までの例から言って、妖精さんがまだ何か隠し事をしている可能性はありましたが、流石に名前を付けただけではそこまで大変な事にはならないだろうと思い、ワタシは妖精さんの提案に乗る事にしました。


どのような事が出来るようになるのかにも、少しだけ興味が湧きましたしね。



「そういえば、ノームのお三方にも名前がありましたね」


『あー、アレは違うのよ。アレあだ名なのよ』


「あだ名?」


『ノームって集団で生活するじゃない?だから呼び名が無いとちょっと不便なんですって』


「名前を付けるのではダメなのですか?」


『アーシら妖精にとって、名前はちょっと特別なの。だから、そういう“本当の名前”以外に呼び名がいる時もあるのよ。アーシが“花弁の”って呼ばれてるみたいにね』


「なるほど、ミッさんもメェさんもネムっさんも、あだ名だったんですねぇ」


『そ。因みに、ミッさんは“三つ編みのおっさん”で、メェさんは“眼鏡のおっさん”で、ネムッさんは“眠そうなおっさん”の略ね』


「おっさ…」


『おっさん』



こうしてワタシ達は、お互いに名前を付け合う事になったのです。


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