第六十話「ゴブリン」
昔、遠い昔。
“ゴブリン”という名は、ただ一種族を指す言葉ではありませんでした。
元々は“イタズラ好きの小人のような妖精”の事を指し、特に洞窟などに住む妖精の事をそう呼んだそうです。
人間にちょっかいばかりかける者や、少しの手伝いをする者、子供好きで、良い子には贈り物をする者など、様々な妖精が“ゴブリン”と呼ばれました。
ある時の事です。
“ゴブリン”と呼ばれた妖精の内から、“堕ち者”が現れました。
その妖精がどのようにして“堕ち者”となり、肉の器を手に入れたのかは定かではありません。
一つ確かな事があるとすれば、人間を、強く、強く、恨んでいたという事です。
その“堕ち者”は積極的に人間を襲い、どんどんと数を増やしていきました。
長い時が経ち、その“堕ち者”の子孫は、全てを殲滅する事が出来ぬ程に数が増え、やがて一種族となりました。
その頃から、人間達はその“堕ち者”の子孫の魔物達を指し、“ゴブリン“と呼ぶようになったのです。
それが、ノームの三人から聞いた、ゴブリンにまつわる昔話でした。
『因みにの、“ホブゴブリン”という名も、始めは“人間に近しい妖精”、あるいは“善意ある妖精”という意味を持っとったんじゃが、魔物としてのゴブリンが増えるにつれ、その意味合いも次第に変わっていったんじゃ』
「なるほど」
『これで、ワシらが魔物と呼ばれるのを嫌がる理由は分かったかの?』
「はい、たぶん。こんどから、きを、つけます」
『うむ、よろしい』
「あと、ひとつ、いいですか?」
『ん、なんじゃ?』
「ワタシに、じゃきがない、りゆうは、なんですか?」
『あーその事か。まぁ大方、先祖返りかなんかじゃろうなぁ』
「せんぞ、がえり?」
『元となった妖精の性質に戻っとる、という事じゃよ』
『まぁお前さんの場合、精神が妖精のもんに近くなっとるが、肉体はむしろ、更に魔物化が進んどるみたいじゃがの』
『じゃから“変わった奴”じゃと言うたんじゃ。精神と肉体がチグハグの癖に、なんでかよう馴染んどるんじゃもんお前さん』
「なる、ほど?」
『お前さんそれよう言うのぉ。口癖かなんかかの?』
『まぁその辺は理解せんで良い良い。深く考えても仕方無いからのぉ』
『まっ、お前さんがお前さんな事には変わらんよ』
「はぁ…」
ワタシが、分かったような分からなかったような、そんな返事をした後、ノームの三人は言いました。
『あーよう喋ったから喉が渇いたのぉ』
『すまんがお前さん、何か飲みもんを貰えんか?』
『出来れば水か、果実の搾り汁じゃと有難いんじゃが』
「あ、わかりました、いまから、もってきま」
と言って、椅子から立ち上がった、瞬間。
ズボンッ‼︎ブチブチブチィッ‼︎ドジャアァァ…
「!!??」
ワタシの足元は崩れ、落下。
ワタシは首の下まで穴の中に埋まり、大量に敷き詰められた花弁と千切れたツタに絡まって、身動きが取れなくなりました。
『『『だーっはっはっはっはっはっ‼︎』』』
『プフフフフ、アッハハハハハ‼︎やぁだぁ、おっかしー!』
「⁈、⁈」
困惑するワタシをよそに、大笑いする三人のノームといつもの妖精。
『引っかかったのーっ⁉︎』
『いやぁ、ここまで見事に落ちてくれるとはのぉ』
『途中で気づかれるじゃないかと思っとったが、なるほど、こりゃ揶揄いがいがあるわい』
『でしょー!お話に夢中になってると、いっつも引っかかるのよぉ!あー面白い』
「…」
つまり、彼らは、ワタシにイタズラを仕掛ける為に、わざわざ興味を引くような長話をして、どうやったのかワタシの足元に穴を掘り、ツタと花弁を敷き詰め、落とし穴を作っていた、という事です。
そう、今までワタシにイタズラを仕掛けてきた、他の妖精達と同じように。
ワタシは理解しました。
いくら彼らノームが、他の妖精に比べて知的に見えても、理性的に見えても、文化的に見えても、姿形が違っていても、ワタシの知る妖精達と、なんら違いは無いのだという事を。
『あーすまんすまん、悪かったの。すぐ出してやるからの』
『よしよし、怪我はしとらんな。周りの土ごと柔らかくしておいて正解じゃったわい』
『では、改めて歓迎するぞい、“落ちた同胞”よ』
ワタシに手を差し伸べ、笑う彼ら。
あぁ、この先が思いやられると思いつつ、ワタシは彼らの方へと手を伸ばし、差し伸べられたその手をとったのでした。
苦笑いを浮かべながら。




