第五十六話「風の妖精」
『やぁん見つかっちゃった♡』
『めっちゃビックリしてんじゃんウケるー』
『ジャム美味しかったわぁ、今度なんか持ってくんね』
『え、つか臭くなくね?ゴブリンの癖にキレイじゃね?』
『うわ本当だ。甘い匂いだわ』
『それジャムじゃね?』
『それだわ』
薄緑色の羽毛のような髪。
何枚か連なって生えている、少し大きな透明の羽。
ワタシの知る妖精さんとよく似た体躯の、ワタシの知らない妖精さん達がそこには居ました。
『アンタが噂のゴブリンてマジー?』
『その辺のゴブリンよりちょっと色明るいんだねぇ』
『てか人間の言葉しゃべんでしょ?しゃべってみ?』
『まーじで邪気ないわ。ゴブリンかどうかも疑わしいわ』
ワタシを取り囲み、アレやコレやと好き勝手に言葉を投げかけ続ける、四人の妖精さん達。
「…アノ」
『うわ喋った』
『“アノ”って言ったわ』
『マジで鳴き声じゃねーじゃん』
『ウケるー』
妖精さん達に群がられ、声をかけられ質問され、かろうじて出てきたワタシの言葉は、
「ドチラサマ、デスカ…?」
極々単純な、何者かを問う質問だけでした。
『んじゃ、紹介するわねん♪この子達は風の妖精。アンタがここに居るって噂を聞いて、遊びに来たんですって♡』
『そーいうわけだわ』
『ヨロシクー』
『よろー』
『ヨロシクね』
「ハイ、ヨロシク、デス」
想定外の気さくさに、動揺を隠しきれなかったワタシを見かねたのかどうなのか、いつもの妖精さんが彼女達を紹介してくれる事になりました。
いや、まぁ、ワタシ、妖精さん達からは基本的に嫌われているものだと思っていましたから、ワタシを見るやいなや近づいてきて、矢継ぎ早に話しかけてくるだなんて、予想もしてなかったんですよね。
『風の子達と会うのは、初めてよねん?』
「ハジメテ、デス」
『じゃあ!まずはこの子達がどんな子達か、教えてあげるわ♪』
『ウチらが、だけどね』
と、いつもの妖精さんが説明しようとしたところ、風の妖精さん達が割り込んで各々に喋り始めました。
『ウチらはぁ、運ぶのが得意だよぉ』
『季節も天候も、噂だって運んじゃうんだわ』
『新しいものが好きでぇ、面白い事が大好きでぇ、気になったらどこにだって行っちゃうよねぇ』
『今日ここに遊びに来たのだって、噂がマジなのか確かめに来たって感じなんだわ』
『アンタがマジでむっちゃ無害ゴブリンでウケるってやつとぉ』
『アンタがウチらの秘密の場所に入っていったって噂』
『ウチらの間でばりばり広がってるしぃ、こりゃいっちょ見に行くしかないっしょ〜みたいな?』
『やーん、アーシが教えたかったのにぃ』
「…」
噂が、広まっている。
人間の噂話から逃げてきた先で、今度は妖精の噂話の的になっている。
えぇ、原因はわかっていました。
「ヨウセイ、サン?」
『あら、なーに♡』
「…シッテ、マシタネ?」
『あら何の事かしらぁ♪』
「ウワサノ、コト」
『噂はほらぁ、アーシ言ったじゃない?“アンタの事、いっぱい広めちゃうわ”って♡』
「ホカノ、ヨウセイガ、アツマッテクル、コトハ?」
『“アーシ達の秘密の場所”なのよん?集まってきちゃってもなーんにも問題無いでしょ♡』
「…オチツケル、バショ」
『あらぁ、アーシ“住みやすい場所”とは言ったけど“落ち着ける場所”なんて一言も言ってないわん♡』
「…」
やられた。
ワタシは片手で頭を押さえ、ため息をつきながらそう思いました。
なんと彼女は本を餌にして、ワタシという観察対象を礼拝堂に縛り、“噂上の存在でしかないゴブリン”を“実際に見に行けるゴブリン”にしたてあげてしまったのです。
風の妖精さん達のように、好奇心の強い妖精さんは、実際にワタシに会いにやってくる事でしょう。
そして、いつもの妖精さんや風の妖精さん達のような、面白い事に飢えた妖精さんが訪れるという事は、必然的に、トラブルやハプニングが増えてしまうであろう事は、目に見えてました。
『あっ、じゃあウチらそろそろ行くわぁ』
『ジャムごちそうさま。また食べに来るねー』
『次はお土産も持って来るからぁ』
『ばいばーい』
突然にそう言い出した風の妖精さん達。
返事をする間も無く、一陣の風と共に空を舞ったかとおもえば、空気の中へ溶けるようにして消えていきました。
まるで嵐が去って行ったような静けさと、食べ終わった空の瓶だけが、その場には残されていきました。
「…モドリ、マスネ」
『あっ、冷蔵箱のジャム食べて良いのよね?』
「マダ、タベル、マスカ?」
空の瓶を回収し、台所に戻りつつワタシは思います。
まぁ、噂が広まっているとはいえ、実際に会いに来る妖精はそこまで多くは無いだろうと。
少し賑やかになる事はあれども、ワタシの求める静かな日々が無くなるわけでは無いだろうと。
ワタシの認識は、甘かった。




