第五十五話「採れたて果実の赤色ジャム」
ペラリ、ペラリ、ペラリ。
本を開き、ページをめくる。
目当てのページを再度読み込み、準備を始める。
用意する物は、森で採ってきたばかりの甘く赤い果実と、酸味の強いオレンジ色の果実、棚の奥に残っていた砂糖。
果実はあらかじめ水洗いし、しっかり水気をとっておく。
まずは鍋に赤い果実と、その半分程の砂糖、適量のオレンジ色の果実の汁を入れる。
少し間をおいて、赤い果実から水分が出てきたら、木ベラで果実を潰しつつ、中火で徐々に加熱する。
沸騰したら弱火にして、じっくり煮込む。
とろみが出てきたのなら火を止めて、煮沸消毒済みの瓶に詰める…前に味見。
あの大掃除から数日後。
ワタシは台所で料理本を開き、ジャムを作っていました。
そうですね。訳を話しましょうか。
ワタシはあの大掃除の翌日、書斎で本を選んでいました。
ワタシが元々読んでいた魔術書はまだ読み切っていませんでしたが、読み終わるまでにはまだまだ時間がかかりそうだったので、同時進行で別の本も読む事にしたのです。
まぁ、沢山の本を前にして我慢できなかったと言われれば、否定できませんが。
そうなりますと、魔術書よりも専門性の低い読みやすい本の方が好ましいわけです。
かと言って、絵本ほど単純な本ではあっと言う間に読み終わってしまうので、ワタシとしては、もう少し文字の多い本が良い。
少し悩んだ後に、まぁ難し過ぎなければ何でも良いかと、なんとなく本棚の左端にある本を手に取りました。
それが料理本だったのです。
知らない食材、見た事の無い調理法、分からない単位など、辞書で調べながら読み進めていくのは、なかなか面白かったです。
あぁ因みに、辞書は妖精さんが持ってきてくれました。
ワタシがアレやコレやと妖精さんに尋ね事をしていたものですから、本棚から引っ張り出してきてくれたのです。
まぁ大方、面倒になったんでしょうねぇ。
で、その料理本を一通り読み終わり、新たな知識を得て料理への理解を深めたならば、次は実践、となるわけです。
台所には火や水を扱う魔法陣が描かれていましたから、それらを試しに使ってみたかったのあり、丁度良かったんですよね。
ワタシの前に住んでいた魔法使いの方はどうやら魔術にも精通していたようで、台所には魔石を中心とした丁寧かつ精密かつ整頓された魔法陣が描かれており、魔法陣の近くにあるレバーを捻れば誰でも簡単に魔術が使える上に、空気中から魔力を集めて魔石に貯める機能まで付いていた為に自身で魔力を流す必要すら無いという便利さで魔術初心者だったワタシから見ても本当に見事な…
失礼、話を戻しましょうか。
そんなこんなで完成まであと少し。
味見も終えたワタシは、瓶を手に取り、一つづつジャムを詰めていきました。
一つ、二つ、三つ、四つ、五つ。
少し余ったジャムは小皿に移し、冷凍箱の中に入れ、あとで妖精さんに味見してもらう為にとっておく。
順番に蓋をする。
一つ、二つ、三つ、四つ…一つ足りない。
無意識に何処かに置いたのかと辺りを見渡しても、無い。
まさか落としたのかと足元を見ても、無い。
一体どこにいったのかと、ワタシは首を傾げました。
『…』
すると、窓の外から、頭に直接届くような声が微かに聞こえてたのです。
あぁ、妖精さんが持っていったのか。
ワタシの目を盗みまたつまみ食いでもしているのだろうと思い、窓の方まで近づいていくと、上から声が聞こえてくる事に気が付きました。
居場所はおそらく、屋根の上。
つまみ食いなんていつもの事でしたし、どうせあとで味見してもらうつもりだったので、まぁ一つくらい良いだろうと、一度窓を離れました。
そこでワタシは、少し違和感を覚えたのです。
あの妖精さんが、ジャムが詰まった重たい瓶を屋根まで持ち上げられるのかと、疑問が湧いたのです。
辞書を持ってきてくれた時も、ワタシを近くまで呼んでから、かなり力を入れて本棚から辞書を引っ張り出し、ゆっくりと落とさないようにして、ワタシに手渡した印象がありました。
不可能とまでは言いませんが、ワタシの隙を突いて、屋根の上までジャムを運ぶだなんて、本当に可能なのでしょうか?
ワタシはもう一度窓に近づき、今度は身を乗り出して、見上げました。
『…』
声がする。やはり、いる。
『…』『…』『…』
…随分と、独り言が…
『…』『…』『…』『…』『…』
いや…一人じゃない…?
ワタシは窓の外に身を踊り出し、跳躍。
屋根の上に降り立ちました。
『結構フツーに美味しいんですけどぉ、ゴブリンの癖に生意気〜』
『これ作ったん初めてでしょ?その割にはやるじゃんね?』
『でしょ〜?スープはダメダメだったけどぉ、やれば出来る子なのよアイツ〜』
『スープはナシだったとかウケる』
『てか出来てのジャムも悪くないわね。アリよりのアリだわぁ』
『『『『それなー』』』』
「…」
『あっ、ゴブリン来てんじゃん』
そこにはジャムを囲んで会話を楽しむ、妖精さん達がいました。




