第五十三話「書斎」
扉を開いた先にあったのは、沢山の本、本、本。
ざっと見渡しただけでも、絵本、小説、専門書などを含め、様々な分野、種類の本が、所狭しと並んでいました。
驚きのあまり、絶句。
妖精さんから“いっぱいある”とは聞いていたものの、まさか壁一面にビッシリと本が並んでいるだなんて、想像もしていなかったのです。
『どーお?気に入った?驚いた?』
「…エエ、トテモ」
『そーでしょー!ウフフ、その顔が見たかったの♪』
「…コンナニ、タクサン、アルナンテ」
『読みたい?読みたいわよね?これぜーんぶ読み終わるまで、ずーっとここに居ても良いのよ?』
「コレ、ゼンブ?」
『そ!ぜーんぶ!』
「…ズット?」
『そう!ずーっと!』
“ずっと”。
それはワタシにとって、とても魅力的な言葉でした。
百冊や二百冊なんてものではありませんでしたからね。
千冊や二千冊は優に越えるであろう量でしたから、一日一冊読めたとしても、数年はかかるであろうと容易く予想出来ました。
ましてや、しっかりと理解しながらとなれば、尚更です。
ですから、全て読み終わるまで、ずっと留まっても良いというのは、本当に有難い申し出でした。
ですが、ワタシには分かっていました。
ワタシがここにある本を全て読み切るのは、おそらく不可能であると。
ゴブリンの寿命は、約十年。
どれだけ長生きしたとしても、二十年。
その二十年というのも“王”と呼ばれる、とても大きな群れの特殊個体が、長生きした場合の寿命です。
普通のゴブリンが変異した“ホブゴブリン”や、そこから更に変異して、力に特化した“ウォリアー”、魔力に特化した“ウィザード”と呼ばれる個体の寿命は、せいぜい十五年前後とされています。
そして群れから離れ、“はぐれ”と呼ばれるようになったゴブリンの寿命は、もっと短い。
ゴブリンは本来、群れで生活する魔物ですからね。
運良く生きる術を身に付けたとしても、体にかかる負担は、相当な物となってしまうのです。
ワタシのように、様々な場所を旅して来たのであれば、尚の事。
もってあと数年。
それがワタシの寿命でした。
ワタシの薄い本能が、そう告げていたのです。
もし、妖精さんの申し出を受けるのであれば、ワタシはそこに、骨を埋める覚悟をしなければなりませんでした。
それは、外の世界との別れ。
それは外の世界にある、あらゆる物との別れを意味していました。
さびしい。
そう思う一方で、ワタシは少し安堵していました。
ワタシがそこに引き籠ってさえいれば、未練たらしくも、人間との関わりを持たずに済むからです。
人間の情報が欲しければ、本を読んでおけば良い。
それはワタシの好奇心を満たしつつ、自身に課した決め事を守るのには、とても都合が良かったのです。
ですから、
ワタシの心は決まっていました。
「ヨロシク、デス」
『こちらこそ!これから楽しくなりそうね♪ウフフフフッ』
こうしてワタシは妖精さんと共に、その寂れた白い建物で、長い時を過ごす事になったのです。
実質、ですけどね。
今になって思います。
この時に、ワタシがいたその“場所”について、妖精さんにもっと詳しく聞いておけば良かったと。
投稿を始めて約一年が経ちました。
今後も細々と書いていきますので、気が向いた時にでも読んで頂ければ幸いです。
どうぞこれからも、よろしくお願いします。




