第五十二話「礼拝堂」
眩い光に包まれて、ワタシは思わず目を瞑りました。
門を潜り抜け、次に目を開けた時には、あれだけ眩しく感じられた光は、暖かな春の木漏れ日のような優しい光に変わっており、ワタシの目にゆっくりと馴染んでいきました。
どうやら門そのものが眩く光を放っていたらしく、とても眩しく感じられたのは、それが原因だったようです。
まぁ、暗い所から急に明るい所に行けば、そうなって当たり前ではありますけどね。
そうして門の中へと入り、目を凝らしながら少しずつ進むと、ワタシの目の前に白い建物が現れました。
壁は所々崩れており、ヒビや剥がれがある上に、壁を伝い屋根まで蔦が伸びている。
分かりやすく誰も住んでいない、寂れた白い建物でした。
これは少し後に分かった事なのですが、その建物は一種の宗教施設か何かだったようで、シンボルマークが飾ってあったであろう壁には、薄らと跡が残っていました。
この時にはそういった知識もありませんでしたし、その部分も半分程崩れていましたから、変な汚れがあるな、程度にしか思いませんでしたが。
寂れた白い建物、とは言いましたが、廃墟特有の暗い雰囲気は全く無く、むしろほんのりと明るい雰囲気を纏った穏やかな空気が流れているような、不思議な場所でした。
さて、そんな建物をまともに目をしたのは初めてでしたから、観察しながらゆっくりと近づいていくと、妙な物が目に付きました。
いや、妙な事に気が付いた、と言うべきでしょうか。
壁が剥がれている箇所に付いていた、キラキラとした石。
装飾か何かだと思っていたそれは、どうやらそうでは無く、キラキラとした石が生えている。
見間違いかと思いよくよく観察してみれば、明らかに、侵食するような形で、壁から生えている。
更に、壁を這っている蔦を見てみれば、小指ほどの小さな花がいくつも咲いている。
それだけならば何ら異常は無いのですが、なんとその蔦、全く異なる形状の花が、隣り合わせに咲いていたのです。
花の成長度合いによって違う、なんてものではなく、そこにある全ての花の形状が違う。
別の蔦から別の花が、でも無く、同じ蔦から別の花が、咲いていました。
ワタシは色々な場所を一人で旅してきましたが、そのどちらの現象も、ワタシは見た事がありませんでした。
妖精の仕業か、人間の技術の名残か。
どうしてそうなったのか、ワタシには分かりませんでした。
…ただ、今なら分かります。
あれは、妖精の魔法や人間の技術などでは無く、魔力を伴った空間の異常であると。
『さっきから何やってんのよぉ。こっちよこっち』
いつの間にか食い入るように観察していたようで、ワタシは妖精さんに呼ばれてしまいました。
「イマ、イクマス」
そう返事をして、ワタシは建物の扉の前に向かいました。
扉を開けるとそこには、いわゆる、礼拝空間と呼ばれるであろう広い空間が広がっていました。
扉の真正面の壁には祭壇。
祭壇の近くの窓にはステンドグラス。
それに向かうように置いてある、いくつもの長椅子。
長く手が使われていないのか、薄くホコリが積もったそこは、寂しげであり、神秘的で、どこか温かみを感じられました。
しっかりと観察したいところではありましたが、一々立ち止まっていては、なかなか前に進まず、また妖精さんに呼ばれてしまうと判断し、さらに奥の扉へと進みました。
それ以降は、いくつかの部屋や、台所、水場、倉庫などを案内してもらい、建物の中を順に周っていきました。
『で、ここが本の部屋よ♪』
そして、いよいよ最後の部屋。
まだ案内されていない、本のある部屋。
沢山の本がある部屋。
十冊か二十冊か、あるいはもっとかもしれない。
ニヤニヤとしている妖精さんを尻目にして、まだ見ぬ本に胸を躍らせ、ワタシはドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開きました。




