第五十話「妖精の誘い」
夜の森を、歩く。
夜の闇に身を溶かしながら、ひたすら前へと歩く。
目的地らしい目的地は無く、人の居ない場所へ、落ち着ける場所へ、本が読める場所を探して、ただひたすらに歩く。
『ねぇ』
そんなワタシに痺れを切らしたのか、ずっと退屈そうに着いて来ていた妖精さんが話しかけてきました。
『アンタ、何処に向かってんの?』
「ニンゲンノ、イナイ、トコロ。オチツケル、トコロ。ホン、ヨメル、トコロ、デス」
『…もしかして、これから探す気?』
「ソノ、ツモリ」
『え〜!せっかく着いて来たのにぃ、面白く無さそ〜。損した気分〜』
そう文句を言いながらも、ワタシから離れる様子の無い妖精さん。
「ツイテ、コナイ、デモ、イイデスヨ?」
『それはそれで勿体無い気がするしぃ?どうしようかしら?んー、今からでも洞窟戻んない?』
「モドラナイ」
『えー?なんでよー。てんやわんやして、あたふたしてるアンタが、見ーたーいー』
…どうやら彼女、何かに苦労したり、失敗したりしたりする誰かを観察するのが好きなようで、それまでも気まぐれで人間に付き纏ったりしていたそうです。
彼女の言う“面白い物事”には、そういった事も含まれているようでした。
…ワタシが魔術に失敗して、焦げたり、水浸しになったり、発光したりしていた姿は、さぞ面白かったのでしょうねぇ。
まぁ、一番の目的はドライフルーツだったとは思いますけどね。
『あ』
と、妖精さんは何かを思い出したような声を出しました。
振り返って妖精さんの方を見てみれば、妖精さんもワタシの事をじぃっと見ており、何故かみるみる内にニヤけた顔をし始めたのです。
「…ドウシタ?」
『ンフフ、ちょーっと良い場所、思い出しちゃってぇ♪』
「イイバショ、デスカ」
『そ、良い場所♡』
「…」
『ねぇ、アンタさぁ、連れてってあげましょうか?』
そう言う彼女の顔は、明らかに何か企んでいるような、そんな表情を浮かべていました。
「…イヤ、ケッコウデ」
『本、あるわよ?』
本。
「…ホン?」
ワタシは思わず、その言葉に反応してしまいました。
『そ!本があってー、人間が居なくてー、すっごく住みやすい所!』
「…」
『一冊、二冊って話じゃないわよ?いーっぱいの本があるの!人間だってぜーんぜん来ない!だってアーシ達の秘密の場所だもん♪』
「…ヒミツノ、バショ」
『ンフフ、アンタの好きな魔術の本も、確かあったと思うわ♪』
「…」
絶対に“何か”ある。
それもちょっとやそっとではない、“何か“が。
ワタシは直感的にそう思いました。
『アンタの噂の事、教えてあげなかったお詫びもあるしぃ、と・く・べ・つに、連れてってあげても良いわぁ♪』
例えワタシにとって不利になるような“何か”ではなかったとしても、ワタシの知らない所で何か大変な事が起こるような、そんな気がしました。
もちろん直感を信じるのであれば、この誘いは乗らない方が良かったのでしょう。
しかし。
『ね?行きましょう?』
人間が居ない、特別、秘密の、妖精の場所。
おそらく、普通なら辿り着けないような、そんな場所。
何よりも、沢山の本があるという。
「…イキマス」
『そうこなくっちゃ♪』
ワタシの理性は、好奇心には、とりわけ知的好奇心には、とても弱いのです。
妖精さんに連れられて、ワタシは森の奥へ、奥へと、進んで行きました。




