第四十九話「夜逃げ」
『あっおかえりー。早かったわねん?』
住処に戻るといつものように、ワタシの目を盗んでドライフルーツを齧っている妖精さんに出迎えられました。
が、構っている余裕はワタシにはありません。
ワタシは妖精さんの横を通り過ぎ、洞窟の中に入って旅の支度を始めました。
置きっぱなしになっていた鞄の埃を落とし、穴が空いていないかを確認し、本を布で丁寧に包み、それを鞄の中に詰め、小さい鍋は鞄の横に括り付ける。
洞窟の外に置いていた作りかけのドライフルーツも回収し、奥に戻って食糧の残りを確認していきました。
『んー?アンタ、何やってんの?』
「タビノ、ジュンビ」
『旅って、アンタここ出てくの?なんで?』
「ニンゲン、ニ、ミツカッタ、ウワサ、サレテタ。ココ、ハナレマス」
『噂ぁ?…あぁ、アレね。“シェブナの森の幽霊”』
その言葉を聞き、ワタシはピタリと動きを止めて妖精さんの方へ顔を向けました。
「…シッテタ?」
『知ってたわぁ』
「ナンデ、オシエテ、クレナカッタ、デスカ」
『や〜ん顔が近い〜』
詰め寄るワタシに、調子の変わらない妖精さん。
『だってぇ、アンタ人間の事、好きじゃない?だからぁ、仲良くなるキッカケとかあればぁ、嬉しいかな〜って?』
「…ホントウ、ハ?」
『知らない方が面白いかな〜って♡』
「…」
『やん♡そんな顔しちゃ、イーヤ♡』
…まぁ、当然といえば当然なのですが、迂闊な行動をとったワタシが悪いのであって、妖精さんが悪いわけではありませんからねぇ。
彼女を責めるのはお門違いというものです。
それに、そういう性格だとはなんとなく分かっていましたしね。
こういう事もあるだろうと、納得しておく事にしました。
ただ、この次に作るドライフルーツは酸っぱい果実を多めにしようと決め、ワタシは溜め息を一つ吐いた後、残りの準備をさっさと済ませてしまい、日が落ちるまでの間、眠る事にしました。
そして、夜。
ワタシは目を覚ましました。
寝床から起きた後、洞窟内にあるワタシの痕跡を全て消していきました。
さっきまで使っていた寝床、火を使った跡、文字の練習に使っていた炭と木の板、地面にある筆記痕、など。
自作した物や拾った物は、洞窟の奥に魔法で窪みを作り、そこに隠しました。
…本当は壊してしまった方が良かったのでしょうけどね。
『ねぇー?本当に出てくの?居ても良くない?』
「サイショ、カラ、キメテマシタ」
『ふーん…あっそ』
ワタシは洞窟の外に向かいました。
一歩、二歩と歩を進め、洞窟の外に足を付けた時、ふと後ろを振り返りました。
そこには、ガランと広がるだけの何も無い洞窟がありました。
あぁ、名残惜しい。
文字を勉強する為、ただそれだけの理由で住み着き始めた洞窟でしたが、それでも、季節が一巡するまでの間、ずっとそこに住んでいましたからね。
少しだけ、寂しいと思ってしまったのです。
ですが、それだけです。
ワタシの意志は変わらず、改めて前を向き、歩き始めました。
一歩、二歩、三歩と進み、洞窟からは徐々に離れていきました。
もう戻る事も無いだろう。
夜の森の中へ身を溶かしながら、ワタシは、その時はそう思ったのです。




