第四十五話「気絶」
『あー楽しかったぁ♪』
魔樹との戦闘が終わり、空からゆっくりと降りて来た後、妖精の彼女はそう言いながらワタシの背後から顔を出しました。
『あんなに強いのが出るとは思わなかったわ!アーシちょっとビックリしちゃったぁ♪』
ワタシの前に踊り出て楽しげな様子でそう語り、クスクスと笑う妖精。
まずは、礼を言わなければ。
ワタシはそう思い、彼女の方へと向き直りました。
彼女があの瞬間に助けに入らなければ、あの広場に倒れていたのは間違い無く、ワタシの方でした。
例え気まぐれであっても、助けてもらったのは事実ですから、まずはお礼を言うのが筋というものです。
少なくともワタシは、ツキノ村でそう学びました。
「アリガトウ、ゴザイ、マシタ」
『んー?まぁ、お礼はするって言っちゃったしぃ、気にしないで良いわぁ』
「ソレト…キキタイコト、アリマス」
『あらぁ何かしら?んーでもそうねぇ…じゃあ一つだけね♡』
「ヒトツ」
『そ、一つ』
聞きたい事は色々とあったのですが、一つだけと限定されてしまったので、しばし思案した後、ワタシは一番不思議に思った事を聞きました。
「…サッキ、ヨウセイサン、ノ、ヤリタイコト、ワカッタ、ノハ、ナゼデスカ?」
『あーアンタの耳に囁いた時ね?んーそうねぇ…まっ分かりやすく言うとぉ、妖精だけが使う念話みたいなものかしら?特別な念話って事。まぁそれもちょっと違うんだけどねん』
「ナル、ホド」
『アンタ、あんまり分かってなさそうだから教えてあげるけど、妖精の声を聞ける事なんて滅多にないんだからね?凄い事なのよ?敬ってくれても良いのよ?…あってか、アーシからも良い?』
そう聞く彼女でしたが、ワタシの返答を待たずに、続けるようにして質問を投げかけてきました。
『アンタってぇ、ゴブリンの村から飛び出してきた系?』
「?ナンデ、ワカル?」
『思い出したのよぉ、月の子と虫の子と風の子が蛍と遊んでた時に、変なゴブリンを見たーって話』
「ヘンナ、ゴブリン」
『そ、変なゴブリン。そいつもう死にそうなくらいヘロヘロだったのに、なーんか妙に嬉しそうな顔してて、はぐれっぽくも無さそうな感じだし、ゴブリンの癖に邪気邪気して無かったーって、風の噂になってたわぁ』
いやぁ、この話を聞いた時は驚きました。
まさかあの日の事を誰かに見られていたなんて、考えもしませんでしたからねぇ。
当時は名前も分からなかった光る虫に混ざって、ワタシの事を観察していた者がいたなんて、分かる筈もありません。
もしかするとワタシと同じような者がいたのかもしれないとも思い、もう少し詳しく聞いてみる事にしたのですが…
まぁ出てくるわ出てくるわワタシであろう情報の数々が。
蛍のいる場所で気絶した事から始まり、鈴虫の音を聞いた事、星の美しい夜だった事、春だった事、近くに川があった事、川での行動とその後の行動、動物に追いかけ回された事、木の上に寝床を作っていた事、綺麗な石を拾って落とした事。
…えぇ、そうです。
ワタシ、その後もしばらく観察されていたそうなんですよ。
たまーに話題に上がる程度には有名だったそうで、一時は妖精の間でそれなりに面白がられていたらしいです。
驚きというより、衝撃ですよねぇ。
それが大体、ワタシが旅に慣れるまでの期間続いたらしいので、季節が一巡するまでの間、ずっと見られてた事になりますかねぇ…。
「…ワタシ、デスネ」
『あっやっぱりぃ?ボロボロになってくアンタ見てたら、あっもしかして?って思ったのよねん』
…妖精達の間でどのように噂されていたかは分かりませんが、少なくとも、ワタシにとって良い噂のされ方では無かったでしょうねぇ。
『アーシ、ゴブリンは嫌いだけどぉ、アンタの話は結構好きだったのよねぇ』
「…ソ、デスカ」
『そうよぉ、それなりに面白かったしぃ…だからぁ』
言いながらワタシの周りを一周し、ゆっくりと、上へ飛んでいきました。
『アーシ、今のアンタの事いっぱい広めちゃうわ♡生きてたらまた会いましょう?じゃあねぇ♪』
妖精はウインクをして、空の中へ溶けるようにフワリと消えました。
後に残されたのはヒラリと舞う花弁のみ。
辺りにはただ夜の静けさが広がって、もはや何も聞こえません。
花弁はゆっくりと落ちて行き、ワタシの目の前まできた頃、空がグルリと回ってそして…
ワタシは意識を手放しました。
次に目を覚ました時には、太陽はすっかり高くまで登ってしまっていました。
冒険者に見つかる事を懸念して、ワタシは重い体を持ち上げ、引き摺るようにして住処の方へ歩き出しました。
帰ってくると、出入り口にかけた魔法が解けかけていたので、何も考えずに掛け直しました。
あまり回復していない状態での“認識阻害”、そして“幻覚”の魔法。
うっかり強めにかけてしまったので、当然、魔力切れ。
ボロボロの体に追い討ちをかけてくる頭痛、吐き気、怠さ、眠気。
ワタシはそれらに抗う事無く寝床に倒れ込み、
そして、泥のように眠ったのです。




